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やいやい!専属騎士ラズロ 第二話

 はっとそちらの方を見ると、二人は同じように目を丸くしてその人物に目を奪われる。

 セトは驚きの目で、リムは歓喜と安堵の目でその人を見ていた。

「ラズロ!」

「ばか美人じゃんか……!」

 二人は同時だった。

 ラズロと呼ばれたその美人はリムのほうを向き、優雅にお辞儀をした。その光景は一つの絵画のようにも見えた。

「ご無事でなによりです、プリムヴェール様」

「いいえ、いいえ! 貴方のほうこそ……よく……!」

 リムはあまりの嬉しさで言葉に詰まりながら、ラズロに駆け寄ってその手をとった。

「私も姫様が逃れた後、後を追うようにと国王陛下に命じられて逃げおおせました」

「お父様が?」

「はい……そのあとの国王陛下や従者たちの安否は、まだ確認がとれておりません……」

「そうなのですか……」

 リムはラズロの手を握る力をぎゅっと強めた。

 しかし、彼女は俯くことをせず、真っ直ぐにラズロを見上げる。

「でも、だいじょうぶです。きっとみんな無事です」

 その言葉に、ラズロは一瞬驚いたような目をしたが、やがて優しく微笑んだ。そして、後ろにいる少年に目を配る。

「そちらの方は?」

 リムに紹介を促すと、リムはぱっと花が開くようにほほえみ振り返った。

「この人は魔物に追われてるわたくしを助けてくださった方です。プルミエ村の少年で、あの勇者のご子息でもあるのです」

「ごしそく」

 セトは首を傾げた。

 ラズロはそんなセトの様子など気にせず、リムと同じように微笑んでセトに頭をさげた。

「なんと、姫様を助けてくださったようで、私からもお礼を申し上げます。私はマグノリア・ラズロ。姫様専属の騎士を任されております」

 セトはいやいやべつに、など両手で手を振りながら謙遜をする。それよりもセトはラズロの、容姿はものすごい美人で女性と見間違うほど可憐であるが、その声帯から届く声はしっかり男性の声なので、目と耳での情報に混乱していた。

 セトとは頭一つ分以上の身長の高さがある青年だ。肩幅や体つきは男性らしさが見受けられるものの、流れるような銀色の長髪を一つにしばり、清水響く麗しい瞳は見つめられれば時が止まるような美しさを称えている。

「私もいち早く姫様のもとへ、と思いましたが、どうやらこの付近に魔物がいるようでして。村に被害が及ぶ前に退治をせねばと見回りをしておりまして」

「わたしを追ってきた魔物たちでしょうか……」

「おそらくそうでしょう。村にはまだ被害はありませんが、早く見つけださなければ」

「えっと、それはあれのことじゃねえの?」

 セトはそう言って森の入り口を指さした。

 二人がその指の先をたどると、大きなクモーナの巣があった。それはそれはとても大きい、立派なクモーナの巣が。クモーナというのは虫であり、八つの足を持つ生き物である。馴染みやすく表現すると蜘蛛である。しかし、その巣の主はただのクモーナではなかった。主はいそいそと糸を編み込み巣を拡大させている。上半身は人間の女性の形をしているが、下半身は蜘蛛の体である人物がいそいそと蜘蛛の巣を形成している。

「なるほど」

 そう言ったかと思うと、ラズロは腰にかけた剣を引き抜きその蜘蛛の巣の端を一閃した。三人がいた場所と森の入り口は離れていたのに、だ。あの一瞬で間を詰め、ラズロは今、その蜘蛛女の目前にいる。

「なっ、なによアンタ!」

 耳に障る金切り声をあげる蜘蛛女。

「先手はとりたいのです。戦うことは苦手でして」

 ラズロは長い髪をさらりとはらい、そう蜘蛛女に言い放った。言いつつ、また剣を静かに構える。

 セトもその動作に我に返り、剣を構える。

「野蛮な男ね……! レディが化粧してるのよ、待てないの!?」

 イヤになっちゃう、と蜘蛛女はそっぽを向いた。

「あ、こういう時が、やいやい、と言う状況ではありませんか!?」

「どちらかというと、やだやあ、かなあ」

 応用したいリムに、つい補足するセト。

「なに好き勝手言ってんの、脳天気な坊やたち」

 蜘蛛女はにやりと笑う。

「脳天気なのはあなたでしょう」

 蜘蛛女の首元に剣を添え、ラズロが冷たく言い放った。

 しかし、この状況でさえも蜘蛛女は余裕の笑みを崩さない。

「切ってみなさいな。貴方の体がバラバラなっちゃうけど、それでも良かったら」

「これは……ッ」

 ラズロは自分の腕が動かないことに気付いた。目を凝らせば、剣を持つ右手に糸が巻き付いている。

 一度離れようと体を動かすと、頬に熱い何かが流れる。

「ラズロ、動かないで!」

 リムの必死の声に、ラズロは合点する。

 視線だけを動かし、自分の周りに強度の高い糸が張り巡らされているのを確認する。切れた頬から血が滴り、地面に落ちた。

 苦い顔をするラズロに、蜘蛛女は大きく口を開き、ずい、と近づいた。

「人間が絶望する顔ってほんとに醜くて好き。この世界全部醜さにまみれて、ワタシだけが美しくなれば、きっと魔王さまはワタシを見てくれる……」

 闇を深く染めた瞳を細め、蜘蛛女は恍惚に浸る。

「ラズロを解放しなさい!」

「先に手を出してきたのはそっちでしょ。悪戯な子にはお仕置きをしなくっちゃ」

 蜘蛛女はラズロから離れ、セトとリムと対峙する。

「大事なお嬢さんを目の前で殺される。そんな光景、見たくなあい?」

 蜘蛛女は瞳をぎらつかせ、口から糸を吐き出す。

「危ねえ!」

 セトはリムを抱えて攻撃を避ける。勢いのあまり倒れ込む二人。

 二人が立っていた場所にはどろどろと溶けた糸の塊があった。

「色々出してくるな、あの魔物……!」

「ラズロを助けることを優先しましょう。人質がいては不利です」

「そうだな……!」

 小声で頷き合い、二人は立ち上がる。

 セトは鞘から剣を抜き、蜘蛛女に鋒を向けた。

 その輝きに蜘蛛女は忌々しそうに顔を歪めた。

「お前、その剣は……!」

「悪いけど、その人を返してもらうぞ!」

 セトは大きく息を吐き、蜘蛛女に向かって走り出す。蜘蛛女は体勢を低くし、口から糸を繰り出す。それらを俊敏に避け、蜘蛛女の目前まで迫った。


「ラズロ、大丈夫ですか!?」

 今までの人生で一番長く隣にいた少女が自分に駆け寄ってくる。

 ラズロはやっと再会できたことと、そして自分の不甲斐なさに少女から目をそらす。

「申し訳ありません、このような失態を……」

「謝るのはあとです! とにかく、この糸をどうにかしないと……!」

「触ってはいけません!」

 糸に触れようとするリムを叱咤する。

 リムは咄嗟に手を引っ込めるが、行き場のなくなった両手は胸元で組まれ、悔しさに震えていた。

「では、どうすれば……」

 彼女の後ろでは少年と蜘蛛女が戦っている。蜘蛛女と互角に戦っているようにも見えるが、ラズロには一つの懸念があった。

 そうでなくとも、自分が加勢すれば有利になる。糸を憎らしげに見つめ、ラズロは押し黙った。

 少女はただ、なにもできない自分にもどかしさを感じ俯いていた。

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