やいやい!専属騎士ラズロ 第一話
森を抜けると、その先には小さな村があった。
セトは村人たちに顔見知りのように親しげに挨拶を交わす。
リムは緊張したようにセトの後ろに隠れていた。
「みんな良い人たちだから、そんなに怖がらなくても」
セトは屈託なく笑う。
「あまり城外の人と話す機会はなくて……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけど」
「王族として恥じない行動をしなければなりませんね」
意を決したように、リムは行き交う人に立ち止まり丁寧にお辞儀をする。
それを受けた人は少しぎょっとしつつも、戸惑いながらぎこちない会釈を返す。
「リム、普通の人はそうやって挨拶しないよ」
「えっ、そうなのですか」
「もっと柔らかい感じで……と、あ、リム、こっち来て」
と、何かに気付きリムの手をとって引っ張った。
「えっ」
リムは吃驚しつつ、セトの力にそのまま従い後ろを着いていくことになった。
「あれ、俺の知り合い。というか、ラタローのいとこのリタローだ」
お店の呼び込みをしている小さな男の子に手を振るセト。
セトの存在に気付いた男の子は、ぴょんぴょんはねながらセトに手を振り返す。
「セト、今日は大きな動物を持ってきた」
「ちがうちがう。この人は……」
セトはリムに促すようにそっと手を引いてリタローの前に誘導した。
導かれるままリタローの前に出たリムは、なるほどラタローとそっくりな男の子を見つめる。淑やかな動作でリタローの目線に合わせてしゃがんだ。
「こんにちは。お店のお手伝い、えらいですね」
と、微笑んだ。
するとリタローは顔を真っ赤に染めて、セトの後ろにそそくさと隠れた。
「セト、すごいもんを捕まえただなあ」
「捕まえてないって」
「あなどれないぞ、この娘は」
「あの、わたし、何か間違っていましたか……?」
おそるおそる確認をとるリム。
「いや、間違ってない。リタロー、ちゃんと挨拶しないと失礼だぞ」
「ううむ」
リタローはおずおずと顔を出し、小さくお辞儀をした。
「こんにちは、だ。おりはリタロー。おねえさん、すごくきれい」
と、言ってまたさっと隠れた。
「ふふふ。ありがとうございます」
リムは微笑ましさに、思わず笑い声をこぼす。
少女の無邪気な、鈴を転がすような声に、リタローは更に恥ずかしそうにもじもじしている。
「最近は見慣れない人がよく来る」
リタローはそう呟いた。
「見慣れない……?」
「おねえさんみたいな人を知らないかって、きんれーなおねえさんがこの村に来たんだ。ばかきれーなおねえさんだっけよ」
「お前、そのときも物陰に隠れてたんだろ」
「……セト、男には逃げるという勇気も必要なんだぞ」
「そんな言葉、どこで覚えてくるんだ」
と、セトとリタローがやりとりしていると、リムは何か思案している様子で難しい顔をしていた。
セトが不思議そうに、どうした、と声をかけた。
「その人は、もしかしたらわたしの専属騎士、ラズロかも知れません」
「へー、専属騎士って女なのか。ま、リムのそばにずっといるなら、女の方がいいのか」
「いいえ……彼は男です」
非常に言いづらそうにリムは訂正した。
「でも、すっげえきれいな人なんだろ」
「おりも見た。ばかきれいな人だった」
「えぇ……ですから、たぶんラズロだと思われます」
「???」
セトとリタロー、二人で首を傾げていた。
「あれが男かあ……やいやいだなあ」
衝撃を受けたようにリタローがこぼす。
「リタローさん、その方は今どちらに?」
リムは確信したようにぐい、とリタローに顔を寄せた。
リタローは反射的にのけぞりながら、
「今はたぶん、村の外にいると思う。東の山の方に行った、って」
「では、そちらに向かいましょう、セト」
リムは疑い深く見ているセトを真っ直ぐな瞳で見つめた。
村の外にでると、その先には山の入り口が見えた。
「この山はプルミエの森にも繋がってるっぽいんだけど、実際はどこまで繋がってるのか、俺たちも知らないんだ」
「なるほど、では、危険であるかも知れないわけですね。今後、国の調査対象として頭にとめておきます」
リムは大まじめにそう返した。
「お姫様ってそんなことまでするのか」
感心したように目を丸くする。
「えぇ、国民の住みやすい国を作るのが我ら一族の責務です」
「はあ……やいやいだなあ」
セトはリタローと同じ鳴き声のようなものをこぼした。
それがどうしても気になったリムは足を止めてセトに向き直る。
「あの、リタローさんも使っていましたが、その、やいやい、というのは一体なんですか?」
リムは気になったことをそのままにしてはおけない性格でもあった。
「え、なんですか、って聞かれてもなあ」
これは方言のようなものであるが、実際翻訳するとこういう意味、という単語ではない。失敗したときや、驚いたとき、などに思わずこぼれる鳴き声のようなものであった。主に負の感情時に使われるが、これは地元の人間が絶妙なニュアンスで使う、他の言語に言い換えられない単語だ。(実際静岡県民が使うものだが、筆者は静岡県民の鳴き声だと思っている。)
「なんかこう、やだやあ、みたいな」
「セトの村の人は頻繁に、いやだ、という言葉も使いますよね」
方言に馴染みのないリムは興味津々という感じで聞いている。しかし、説明がうまくできないセトは責められているような気持ちで、んー、と悩んでしまった。
「地元の人間にしか分からない、翻訳し難い表現言語なんでしょうね……」
一言も説明が出てこないセトの苦悩を感じとり、リムは奥深いです、と頷いた。
「リムはいろんなことに興味もって、すごいな。知らないことを知ろうとするのも、優しくてあったかくて良いなと思う。リムは偉いお姫様なんだな」
セトはまじめな彼女に対して、感心したように微笑む。
しかしリムは目を伏せて、その優しげな顔立ちに影を落とした。
「わたしはまだまだです。戴冠式もまともにできず、こうして命かながら生き延びて……多くの人たちを犠牲にして今ここにいるのです。世間知らずなままではダメなのです……知らないことを知り、今、自分にできることを、とにかくやっていかなければ、わたしを守ってくれた人たちに会わせる顔がありません」
苦しそうに語り、先を急ぐように歩き始める。地面を踏みしめるその足はしっかりと前に進んでいる。セトはその様子に、それでも、と続けた。
「リムはすごいと思う。ほんとうに、そう思う」
リムはその言葉に前を向き、そして足を止めてセトを見た。セトもリムを見ていた。
「わたしが今こうしてきちんと立っていられるのは、セト、あなたがわたしに勇気をくれたのです」
「俺はなにもしてないよ」
リムは首を振った。
「セトがいるから、わたしのそばにいてくれるから、わたしはこうして立って、進むことができるんですよ」
木々が優しく葉を揺らす。まだ輝き続けている太陽が、二人の足下を照らしている。
「俺はいつだってリムのそばにいるよ。いつだって助けられるように」
二人はお互いを見つめ合っている。リムは潤んだような瞳で何か言おうと口を開いた時。
「プリムヴェール様……?」
涼やかで凛とした声が二人の耳に届いた。