はじまり!勇気の物語 第五話
「セトとともに旅に出ると言っても、まだ不安があるんじゃが……」
村長宅に着き、村長にことの顛末を伝えると、彼はううむと困ったようにうなった。
「えー、俺じゃ頼りないっていうのかよ」
「森で狩るような動物たちとは違うのだぞ。現に、そのシプレという男に歯が立たなかったのじゃろうに」
「うぐ……」
「私がこなかったら大変なことになってたんだから」
姉が横で口を挟んだ。
「セトさまのお姉さま……不思議に思ったのですが、貴女が使ったのは魔法ではないですか?」
少女、プリムヴェールは姉を不思議そうに見ながら聞いた。思いっきり泣いて落ち着いたのか、今は本来の彼女が持っている優しい雰囲気をたたえて村長の前にちょこんと座っている。
プリムヴェールの言葉に、姉はえっへん、と自慢げに胸を張る。
「ええ、そうよ。なんてったって、女神さまですから」
「あぁ、セトさまのお姉さまは女神……って、えぇ!?」
思わず立ち上がるプリムヴェール。
セトは、へー、という薄い反応。
「せ、セトさま、大変なことなんですよ、女神さまが姿を現しているだなんて!」
「そうなの?」
「お告げや式典で声でしか存在を確認できないような種族なのです。その女神族が一体、どうして……」
「事情があってこの子の姉をすることになって。それからはずっとこの村にいるのよ」
「では、村を歩いていたときに見たあの大穴は……」
「あぁ、あれね、私がやったの」
「はあ……」
プリムヴェールはすっかり突っ込む気力もなくして、そのまますとんと座った。
「セトがいたずらだの言うこと聞かないだのするから、制裁として、こう……どかーん、と」
「女神なら丘の上でも見たけど」
口々に自分勝手に話をする姉弟に、プリムヴェールは、そうなんですね、という薄い反応しかしてくれなかった。彼女は考えることをやめたらしい。
「この二人の言うことはたいてい無視して正解じゃ」
村長はプリムヴェールにこっそり助言した。
「とにかく、じゃ。魔王が復活した今、おぬしら二人にこの世界の命運を託すしかなさそうじゃ」
「姉ちゃんは来てくれねーの?」
セトが何気なく聞くと、姉はやれやれと言った風に首を振った。
「私はそこまでできる契約じゃないの」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの」
姉は内緒話をするようにこっそりセトに言った。
「丘の女神が、村長が宝玉の場所を知ってるって言ってたけど」
「四つの宝玉についてですね。村長さま、何かご存知ですか?」
村長はうむ、と頷いた。
「一つなら知っている。森を抜け、火山を目指しなさい。その火の神殿に、宝玉があるはずじゃ」
「火山ですね。麓のニノヒ村でしたら視察に行ったことがあります。場所なら分かりますので、早速行きましょう」
プリムヴェールは颯爽と立ち上がった。
「おう、何があっても、お姫様は俺が守る!」
セトも意気込んで立ち上がる。
姉はこの村に残るらしく、村長と二人に見送られ、セトとプリムヴェールは村をあとにした。
もちろん、ラタローとユキちゃんにもしっかり挨拶をして。
森へ向かう途中、プリムヴェールがふと足を止めた。
「あの、セトさま」
「うお?」
いつの間にか通り越していたプリムヴェールを振り返る。
「わたくしのことはどうか、リムと呼んでください。姫であることは、なるべく伏せておきたいので」
「そうなのか。わかった。俺のことも、べつにさまとかつけなくてもいいよ」
「えぇ。では、よろしくお願いいたしますね。セト」
「う、うん……」
リムは優しくそう微笑んだが、セトはなんだかいたたまれないような気分になり言葉を濁した。
「どうかなさいましたか?」
リムがセトの顔をのぞき込むと、
「その、難しいしゃべり方ってなおらないの?」
と、セトは困ったように提案した。
「難しいしゃべり方、と言いますと?」
検討がつかず聞き返される。セトもなんと説明したらよいのか、言葉を探しながら思案する。
「なんだろう、こう、もっとふつうに喋ってくれ方がいいかな。俺、そんなに頭良くないから」
「とはいいましても、これ以上ふつうに喋るとは……?」
「いや、まあ、なんとなく言いたいことはわかるんだけどさ」
セトは決まりが悪そうにうーん、とうなった。
リムもなんとかセトの主張を飲み込もうと、戸惑いながらも頷いた。
「わかりました。以後、気をつけてみます」
「イゴ……?」
「えっ」
「えっ……?」
二人はお互いを見つめ合った。
リムは半ば信じられないものを見るようなまなざしだった。
「いいえ……これからは、じゅうぶん、気をつけますね」
五歳児に話しかける気持ちでいよう、とリムは心得たのだった。
「とにかく、まずは森を抜けた先にある村に行きましょう」
「おう。そこって、狩った動物を売りに通ってるから、知り合いが多いぞ」
「それは心強いです。わたし、城の外に出ることはほとんどなくて……土地勘がないのです」
「とちかん」
「……迷子になってしまうかもしれないので、セト、よろしくお願いしますね」
「わかった!」
セトは合点がいったように強く頷いた。
「彼が無事であれば、わたしの後を追ってきてくれると思うのですが」
リムがふと、寂しそうな表情でこぼした。
「彼って?」
「わたしの専属騎士です。彼は非常に頼りになる男です」
「じゃあ、そいつが仲間になれば安心だな!」
「えぇ……セトがいてくれるだけでも、じゅうぶん心強いですが」
リムはにっこりと笑ってセトに言った。
「おう、リムは俺が守る! 任せとけ!」
セトはその言葉に、胸を張って答えた。
リムもその返された言葉が、真実であることを知っていた。何度も自分を助けてくれた彼。
二人は並んで歩き始める。
互いを思いながら、ゆっくりと。
まだ残るプルミエ村の青空が、二人を静かに見送った。