おしまい!勇気と愛の物語 ☆
女神と勇者と姫の奮闘により、魔王討伐の知らせが世界中に広がった。
リムが一番に喜んでいたのは、祠の警備が必要なくなったために宝石店を実家に持つ彼が警備兵士を外されたことだった。今は城内での勤務に変わったため、すぐに家に帰れる状態となったのだ。リムは城に戻った際、異動通告と、それから、あの少年に誕生日プレゼントを送った。
マルグリットは妖精族の魔法の書を里に持ち帰り、長老に人間との誤解があることを説いた。長老は渋い顔をしていたが納得し、その話は妖精の里に知れ渡ったが、その後彼の元にイディカを連れてきたのがまずかった。「こんなもやし男の何が良いのだ」と、結局長老とマルグリットの亀裂は深まるばかりであった。
「で、あたしはおじいちゃんと喧嘩して里には残らないで、妖精族と人間族を繋げる親善大使、っていうのになったんだよ」
得意げに子供たちに説明するマルグリット。
大人しく椅子に座る子供たちはきらきらした目で、マルグリットの珍しい緑の髪やとがった耳を見つめている。
「そこに何故かおれも巻き込まれている」
そろっと手を小さくあげるイディカ。そう、彼も何故か親善大使となってしまったようだ。
「妖精族と人間族のはじまりの交流は、マルグリットのお母様と、イディカのお母様によるものだと思いますから」
指名したこの国の姫、リムは教壇の傍ら、嬉しそうに補足した。
「では、今日の授業はここまでです。みなさん、気をつけて帰ってくださいね」
のんびりした空気の漂う、ここはプルミエ村。
リムとラズロの計らいにより学校が建設された。小さな建物ではあるが、村の子供たちが学ぶにはじゅうぶんだ。
「リム先生、質問です!」
しっかり者の女の子が手をあげた。
「はい、なんでしょう」
「リム先生とセトはいつ結婚するんですか?」
「えっ……!?」
唐突な内容に、リムは顔を真っ赤にさせた。
「マルグリット先生が言ってたよ。水色の花束を渡されたことある、って!」
「それってぷろぽーず!?」
浮ついた空気に舞い上がる子供たち。
「えっと、えーっと……!」
リムは両手で顔を覆い、わたわたと困惑する。
「ふん、セトにそれだけの懐があると思うか……? おりはラズロ氏か、もしくは最近加入したらしいイフ氏が有力候補と思うぜ」
最近学んだ語学を披露するように、ラタローが流暢に喋った。
「そんなことあるわけないじゃん! セトとリム先生は両思いなんだからっ」
「気持ちだけでは食っていけないんだぞ」
「そんな発言してると将来結婚できもしん!」
「建設的な思想を持っているのだ。モテモテだぞ」
「気持ちを大事にしんとか、しょんない男じゃんねぇ。やだやあ」
「夢見がちな女衆らには分からん言葉だい」
「イケメンだったら許せるけん、ぶしょったいあんたがペラペラしゃべくっちゃってるのが気に食わんね!」
女子生徒と男子生徒が喧嘩をはじめたらしいが、この村独特の言語が入り交じっているせいでなんの論争をしているのかさっぱりな先生一同。
「もう、みんな喧嘩しないの! リムとセトはちゃんと結婚するし思い合ってるし、セトは手に職があるから大丈夫だって! 最近長い文章も読めるようになってきたし!」
「マルグリット、恥ずかしいことをここで言わないでください!」
リムは小さく、しかし鋭い口調でマルグリットに抗議した。
「おれ、もう帰っていいか……?」
ぽつんと輪に入れていないイディカは一人呟いた。
ところどころ不可思議な穴が空いていること以外は、のどかで美しい村だ。
イフは埋め立て作業を中断し、休憩に入るよう部下たちに伝える。
自分も腰を下ろし、晴れ渡る空の下、心地よい風に吹かれて目を細めた。
プルミエ村は、かつて自分が生まれた村によく似ている。しかし、やはりもう二度とあの場所には帰ることはできないと、イフは知っていた。
そして、それでよいのだと、一人微笑む。
魔王が消え去ったあと、イフはリムに連れられて、城へと招かれた。自分の犯した罪がどれほど許されないものか、重々承知だったイフは死を覚悟していた。
しかし。なんともお人好しなリムと、その両親と、国民に許され、イフは今、リムの専属騎士として雇われている。先代であるラズロが教育係としてついているが、ラズロはあまり口を出しては来ない。
「セトより物覚えがよく常識がそもそもあるので言うことがない」
と、リムに報告していた。
認められることは嬉しいが、セトと比べられていることがそもそも癪に障る。
リムが定期的にこの村に授業を開きにくるために、イフも付き添いで通っている現状だ。そして、とんでも女神が空けた穴を塞ぐ工事の指揮をとったりもしている。
イフから離れたところで、作業員たちが輪になって休憩している。その中には水の宝玉を盗んだ小汚いおじさん、ワタローの姿もあった。
「どうも、お疲れさまです」
不意に、後ろから声をかけられた。
「大したことはしていない。ほとんどの力作業はあそこのやつらがしてくれてる」
「指揮をとり、安全を確保することも立派な仕事ですよ。それを任されているのですから、貴方も労われるべきです」
ラズロの発言はことごとく正しいと思えるために、イフは口をつぐんでしまう。かつて、常に一緒にいた力こそパワーな父親とは正反対だ。
けれど、きっと、今のイフの姿を見て、彼も同様に褒め称えてくれるのだろうと、当たり前のように、イフは思えた。
傍らに立つラズロを見上げ、ふ、と微笑む。
「……よく笑ってくれるようになりましたね」
「笑ってない」
「リム様が、あなたが笑顔でいると安心する、と仰っておりましたよ」
「……」
まるで子供のような扱いだ。まあ、子供みたいに暴れ回った事実があるから、否定はできないのだけれど。
「あのボケ脳天気野郎はどうした」
「呼んだか?」
にょきっと視界の端から顔を出すセト。
それに驚き、一瞬倒れかけるが、それを横のラズロが支えた。
「ラズロもいるじゃん。というか、そのボケ脳天気野郎って失礼にもほどがあるぞ」
「そのまんまを表していて、良い響きだと思うが」
「相変わらず皮肉っぽいなあ」
と、セトがじっとイフを見つめる。その眼差しに、怒ったように眉をひそめる。
「なんだ」
「いやあ、イフ、白い服似合わねえなあ……って」
「……うるさいっ」
姫の専属騎士でもある彼が魔王軍支給のあの黒い装束で過ごすわけにもいかず。白を基調とし、赤いラインの入った清純な騎士服を身にまとっている。ちなみにこれはラズロ夫人が彼にプレゼントしたものだったりする。
「ふん、お前だって成長しないだろ」
「何を! これでも毎日宿題やってるんだからなっ」
子供のような張り合いに、イフははあ、とため息をついた。
「リムさまは随分寛大だな。お前みたいなのを選ぶなんて」
「むぐ」
「あれ? ですが、イフも賛成しているではありませんか」
「……どういうことだ」
城で口を滑らせたか……!? と記憶を辿るが、心あたりがない。
にやりと笑うラズロをおそるおそる見上げる。
「私の母がリムさまとくっつく気はあるか、と貴方に迫ったでしょう」
「う、あれは……っ」
「やっぱ俺、ラズロのかーちゃんに嫌われてんだなあ」
「まあ、もうそれも諦めたようですけど。なにせ、イフが「俺よりもっと相応しい奴がいますよね」って言ってくれたみたいですから」
「そりゃあ……やいやいだなあ」
驚いた顔でセトがイフの顔を見るが、イフは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「私の言葉もあまり聞かない人ですけど、イフの発言には耳を貸すんですよねえ」
やれやれと肩をすくめる。
「休憩は終わりだっ。作業の邪魔だからどっか行けっ」
せめての悪態をつきながら、イフは作業員たちの輪に歩き出してしまった。
その背中を見つめて、セトは笑顔を咲かせる。
「イフ、元気になってよかったー」
「えぇ。私も、彼がああやってきちんと仕事をしてくれて安心しましたよ」
「ラズロはリムから離れて寂しくないのか?」
「寂しい……わけではありませんが、誰かの世話をしていないと落ち着かない自分に気付きましたね」
「職業病?」
「そうでしょうか。元々の性格もあるのでしょうけど。ですから、今は観葉植物にはまりましてね。城の庭師から庭園いじりも学んでいるところです」
「余生を楽しそうに過ごしてて良かったよ……」
「余生、ですか……」
以前のセトからは決して出ないであろう複雑な語録に、ラズロはふむ、と感心した。
と、そこに更にセトの足下にダイブしてくる少年が一人。
ラタローだった。
「セト、リム先生みたいな可愛くて優しくて賢いおなごを、決して悲しませるんじゃねえぞ」
「急に何を言い出すんだお前は……」
「ラタローさんですね。こんにちは。授業は終わりましたか?」
「こんにちはなんだぜ。授業が終わったから、今はユキの散歩中だ」
後ろからのっそりとついてくるヤッギーナに視線を向けた。
「そういえばセト。リム先生が女神の丘に行くって言ってたぞ」
「丘? なんでまた?」
「あそこから王都が見えるんだぞって教えたら、是非行ってみたい、って。イフ氏もラズロ氏もここにいるから、一人で行ったんじゃねえか?」
「魔物がいないって言っても、森を通るからなあ……ちょっと心配だな」
「……女を悲しませるんじゃねえぜ」
「だからどこで覚えるんだよ……」
ま、ちょっと様子見てくるわ、とセトは早速丘へと向かった。
残されたラズロは、セトを見送るだけで、ついていく気配はなかった。
「愛した女の幸せを優先する……それこそ男ってもんだぜ」
佇む彼の足にそっと手をつき、ラタローは慰めの言葉をかける。
「……やいやいですね」
ラズロがそう小さく呟くと、やいやいだなぁ、とラタローは鼻をすすった。
女神の丘にはあれ以来訪れることはなかった。魔王を倒してからは王都にいたり村に戻ってきたら姉が別れの言葉も告げずいなくなっていたり、家のゲームがすべてなくなっていたりで、いろいろ忙しかったのだ。
村長には最後に挨拶をしてきたらしく、そのときの彼女の言葉はこうだった。
「突然現れたんだから、突然消えるでしょ。それに、もう約束は果たしたからね」
とのことだった。
セトは丘に立ち、崖の際に立つ。この場所に来たとき、女神に会ったのだ。
しかし、今は風がそよぎ、木の葉が舞うばかりだった。
「ま、元気にやってんだろ」
村に残した穴たちを塞がずに帰ったのだから、今現れても非難の嵐であろう。
一人納得しながら、セトはリムの姿を探した。
すると。
「セト」
何度も聞いた、優しく柔らかい声。
セトは振り返り、彼女に笑いかけた。
「ここからの王都も綺麗だろ」
「えぇ、とても。空が晴れ渡っていて……うつくしい場所ですね」
どこまでも澄み渡る青空をあおぐ。
穏やかな日の光が、二人を包んだ。
「でも、こんなにも空が美しく見えるのは、きっと、セトが一緒にいるからだと、思います」
リムが頬を染めて、恥ずかしそうに、けれど確かにそう告げた。
「俺も。リムと一緒にいると、いろんな物がきらきらして見えるな」
「ふふふ」
セトの言葉に、くすぐったそうに微笑むリム。
そこに、一陣の風が二人を包んだ。
セトの傍らに立っていたリムはその祝福の風に一瞬目をつむり、少し体勢を崩し一歩下がった。
それにはっとしたセトは、反射的に彼女を抱き寄せていた。
「えっと」
「落ちちゃうかと思った」
崖の下を見ながら、セトはほっと息をついた。
そんな彼の言葉に、行動に、胸がいっぱいになり、リムはぎゅっとセトに抱きついた。
「セト、これからも、ずっとわたしと一緒にいてくださいね」
心のずっと深い場所から響く高鳴りに、のどの奥が熱くなる。うるんだ瞳で、彼女は微笑んだ。
セトも強く抱きしめかえして、確かに頷く。
「おう、もちろんだ!」
こうして、世界の平和は永遠に約束され、人々が青空を見失うことは二度となかった。
おしまい
今までお付き合いくださり、ありがとうございました!




