最終決戦!愛に広がる空 第二話
魔王城はあの日、突如として現れた禍々しい雰囲気を放つ建造物だ。
もともと祠のあった場所に出現し、黒い霧を携え佇んでいる。
ついに、決戦の地に来たのだ。
重い扉を開くと、見慣れた魔物が立っていた。
「レディを待たせるなんて、いい男じゃないと許されないわよ?」
舐めあげるような視線で、コルシックが揶揄する。
「待ちくたびれたわよ。あんたたちをどうやって殺してやろうか、たくさん考えて考えて、そろそろ飽きてきたところなの」
八本の足を床でかちかち鳴らしながら、今にも飛びかかりそうになる自身を抑えている。
「王様と王妃様はどこにいるのでしょう?」
ラズロが落ち着いた様子で尋ねた。
その質問に、ひどく残念がった表情でコルシックは肩を竦めた。
「他の人の話をしないでよ。モテないわよ」
「質問に答えてください、失礼な人ですね」
即座に切り返す。一瞬イラッとしたコルシックだったが、ふふ、とそれを不適な笑みに変える。
「今頃あの変態研究者の実験に苦しんでいるところじゃないかしら? アタシは全く興味ないから知らないけど」
「実験……!?」
「人間を魔物に変えるって言うのにご執心なのよ。人間なんて醜くて見てられないのに、よくやるわね。美学ってそれぞれだから、口出ししないけど」
「そんな……っ」
リムがひどくショックを受け、足下がぐらつく。それをラズロが支えた。
「リム様は先に地下室を探してください。あれの相手は、私一人がやります」
「ラズロを置いてくってこと!?」
マルグリットが身を乗り出す。
「えぇ。大丈夫です。私一人で十分ですから。あなたがたはリム様をよろしくお願いいたします」
「そんなこと、」
「わかった」
セトはラズロに縋ろうとするリムの手をそっととり、頷いた。
「行こう、リム」
「……っ」
何か言いたげだったが、リムは覚悟を決めて頷いた。
「必ずわたしの元に戻ってきてください」
そういうと、セトとマルグリットと共にコルシックの脇を通り過ぎた。
「誰も逃がさないわよ!」
コルシックが三人の前に立ちはだかろうとした。
しかし。
がくり、とバランスが崩れ、床に倒れかける。
それを、残りの五本の足でくい止めた。コルシックは忌々しそうな顔で傍らに落ちた足を見た。
「……なん、」
「さて、前回は敗北に帰しましたが……今回はどうでしょう?」
剣を携え、軽く揃えられた流れるような髪をさらりと揺らし、麗しい瞳でコルシックを見据えた。
余裕の言葉を放つ彼を、コルシックは睨みあげる。
「こんの……!」
剣を一つ払い、それを自分の目前に立て、柔らかな微笑をたたえた。
「私に迷いはありません……さあ、覚悟を決めて、挑んできなさい」
階下へ繋がる階段をおりながら、それでも気が散っているようなリムをマルグリットが背中を押して進ませる。フラムが先導するように先を飛んでいく。
「大丈夫だって」
「そうだぞ。すぐ追いつくって。ラズロは大丈夫だ」
「え、えぇ……」
曖昧な返事をするリムの前に立ち止まり、一段下からセトが彼女を見上げる。そっと手をとり、力を込めた。
「絶対に、必ずリムのところへ戻ってくるよ」
「……」
信じて疑わない瞳に、リムは心の底から熱い希望が差すのを感じた。
「えぇ」
今度はしっかりと頷いた。
階段をおりきると、冷たい空気が沈んでいた。足音が反響する静けさに、三人は息をのんだ。
進んでいくと、牢屋が並んでいた。
「お父様、お母様!」
リムが牢屋を一つ一つ確認しながら進む。セトもマルグリットも、薄暗い牢屋内をのぞき込む。
「リム……? その声はリムですか?」
女性の声が応えた。
廊下の一番奥から聞こえてきた。リムは声のする方へ駆け寄り、牢屋の中を見、その表情を苦しそうに歪めた。
「あぁ、お母様……!」
「ほかの人も閉じこめられてる!」
王妃の横には王様もいた。
王妃はゆるく流れる金色の髪を揺らし、格子に駆け寄った。リムと同じ紫色の瞳を潤ませ、我が子を見つめた。それを傍らで支える王様。潔い剃髪が、彼の実直さを表している。
その隣の牢屋には騎士らしい甲冑の男たちもいる。
「お父様、お母様、お体は大丈夫ですか?」
「え、えぇ……魔物が来て、私たちに何か投薬をしようとして……」
「大きな体の魔物が来てその魔物たちを追い払ったんだ。助けてくれた魔物は、自分ができるのはここまでだ、もうすぐ勇者が来るから、それまでの辛抱だ、と……」
王妃の肩を支え、王様が続けた。
「シプレ……」
リムは檻を掴む手に力を込めた。
「彼は一体何者なのですか……魔物なのに、わたくしたちを助けるような真似をーー」
「彼は我々の味方です」
そこに、涼やかで凛とした声が響く。
リムが目を見開き、声の主に振り向いた。
こつこつと迷いなくこちらに近づいてくる男性。美しい顔立ちに銀色に煌めく髪。冴えた水色の瞳を彼女の向け、優しく微笑んだ。
「早々に片づけて、只今戻りました」
「ラズロ!」
リムが喜びの声をあげた。
「想像以上に早ぇな!」
セトが驚嘆した。その反応に、ラズロが肩を竦めた。
「コルシック……彼女が鍵を持っていることに気付きまして。早く届けて王様と王妃様を助けねばと思いまして」
王と王妃に軽い会釈をし、滑らかな手つきで鍵を解く。
がしゃり、と扉が開き、王と王妃がリムを抱き留めた。
「あぁ、お父様、お母様……!」
「よくぞここまで来てくれた……!」
王がリムをしっかりと抱き、目に涙をためた。
セトは王の頭部のことで頭がいっぱいだった。視線がそれを物語っていて、マルグリットが横っ腹をこずく。
「セト、失礼だって」
「いや、だってすげえ光ってるじゃん……」
「こほん」
ラズロが無言の圧力。
ばっと口元を抑え、これ以上好奇心に口を滑らせないように自戒するセト。
ラズロはほかの牢屋も開けていく。
「あなたがたは祠を警備してくださっている方々ですね」
「あぁ、ラズロ様……! 助けてくださりありがとうございます……!」
「よく耐えてくださいましたね」
王と王妃に支えられ、リムが兵士に微笑んだ。
「いいえ、我々が警備していたにも関わらず、このような事態になり、なんとお詫びしても足りず……!」
「無事でいたことが一番の詫びと受け取りましょう。ただ、あなたたちには今すぐ仕事を依頼したいのです」
「はて、なんでしょう……?」
検討がつかず首を傾げる兵士。リムは二人の元を離れ、セトとラズロの前に立つ。
「王と王妃を、無事に城まで送り届けてください。わたしたちにはまだやるべきことが残っているので」
その言葉に、王も、王妃も熱のこもった瞳で一人娘を見つめた。
兵士はとんでもございません! とびしっと背筋を伸ばす。
「頼まれなくとも無論でございます! 必ず、無事に王様と王妃様を城へ送り届けます!」
「頼みましたよ」
と、いうと、兵士ははた、とリムのつけているブローチに目が止まる。
「あれ、その宝石は……」
「これですか?」
リムはブローチを手にとった。
「その宝石、俺が作ったのと似てる……」
そのつぶやきを聞き、リムとセトが顔を見合わせた。
「え、じゃああんたが宝石店の子の父ちゃんか!」
「息子に会ったのですか!?」
また二人は顔を見合わせ、今度はぱっと顔を明るくさせて頷いた。
「えぇ。もう一度戴冠式のお祭りをしたときに、偶然会いまして」
「父ちゃんにすっごく会いたがってたぞ」
そう伝えると、兵士は涙ぐんだ。
「そうか……元気なのですか……あぁ、よかった……!」
震える彼の肩を、王様がぽんと叩いた。
「では帰ろう。みなで、無事に!」
「リム、どうか必ず無事に帰ってきてね」
王妃が潤んだ瞳でリムの手をとった。
「大丈夫です。セトがそばにいますから」
「セトさん……どうかリムをよろしくお願いいたします」
「おう、任せろ! 俺はリムを守るし、ずっと一緒にいるって約束したからな!」
胸を張って応える。相変わらずの応えに、リムはくすくすと肩を揺らして笑った。
「ラズロも、マルグリットも、フラムもいます。お母様、ご安心ください」
「その飛んでいるトッカーゲがフラムというのか……? これはまた興味深い……」
ふむふむと観察する王に、フラムが気まずそうに顔を歪めた。
「うむむ……こんなところに長居する余裕などないぞっ、早く魔王の元へ行くのだ!」
音を立てて翼をはばたかせ、はぐらかすようにフラムが急かした。
腹の底から、どうしようもできない悲しみがわき上がる。
後悔、悲壮、寂寥、慟哭。体が冷たく震える。
気が付くと、自分は魔王城に戻ってきていた。
広い大広間。そこに、アスフォデルがいた。傍らに、大きな機械が鎮座している。
「闇の魔法……絶望に落とされたものだけが使える、絶大で強靱な力。それをお前が使うことになるとはのう」
興味深げに瞳を輝かせ、にやついた口元で紡ぐ。
「オレ、は……」
視界が揺れる。自分がきちんと立てているのかさえ、自信がない。
イフは酷く痛む頭を手で抑えた。
「この力があれば、魔王さまはもっと強くなれる……どうせ捨て駒として使われる命だ、魔王さまの一部になれるなんて光栄であろう」
アスフォデルはよいしょと機械の操縦部に乗り込んだ。
「我が最高傑作でお前を殺す。そしてお前の力は魔王さまのもとへ還るのだ。お前は家族に会える。幸せな最期だな」
くつくつ笑う。機械が腕をあげた。
自分の頭上に影を落とす。
ひどい倦怠感が身を包んでいる。
もう、なにもかも、考えることが嫌だった。
「……」
周囲を優しい黒い靄が漂っている。
自分を今まで突き動かしてきた衝動。それが目に見える形で寄り添っているようで、愛おしさすら感じられた。
復讐心。もはや、それもどうでもよかった。
「あぁ、これで、楽になれるのか……」
イフは顔をあげて、振り下ろされるその豪腕を見据えた。
それは、彼にとっては希望の光だったようにも見えた。
しかし。
「ふんぬっ!!」
地を揺るがすほどの咆哮。振動に、イフはバランスを崩して床に手をついた。
「シプレ……?」
目の前に立ちはだかる、大きな背中。
牛頭をちらりとこちらに向け、その瞳は怒りに満ちていた。
「何をしているっ! 戦うことを諦めたのか!?」
激怒する彼に、イフは首を振った。
「あんたには関係ないじゃないか。いいだろ、オレが自分の命をどう扱おうがーー」
「許さん!!」
シプレはそう叫び、機械の腕を押しのけた。そしてそのまま機械に向かい、体当たりをする。
なにをしておるっ、とアスフォデルが文句をとばすが、シプレには何も聞こえていない。
「許さん、許さんぞ! 我が輩がどれほどお前を大事に育ててきたか! お前はそれが分からんのか!!」
怒りに満ちた拳で、機械の胴を殴りつける。
「我が輩が配った心を勝手に捨てるな! 我が輩が守った命を勝手に捨てるな! そのようなこと、我が輩が絶対に許さん!!」
止まらない彼の怒りの鉄拳。
イフは、その場に座り込み、潤んだ瞳でその背中を見つめた。
「だって、もう、オレには居場所がないのに……生きていたってーー」
「生きて居場所を作るのだ!!」
だん、と倒れ込んだ機械の胴元に会心の一撃を落とす。ぐしゃりと穴の開いた機械が、その駆動音を小さく失っていく。
アスフォデルが、腰の抜けた様子でおろおろと脱出してきた。
「お前がお前のためにお前の居場所を作れ。必ずできる。必ずある」
振り返り、イフの元へ歩み寄る。
「さあ立つのだ。自分で立て。お前は、もうあの頃の小さなお前ではない」
そう言いながらも、シプレは大きな手のひらをこちらに向けてくれる。イフはその声に導かれて、足に力を入れた。立ち上がり、自分を育ててくれたその手をとる。
イフの手は震えていた。シプレがその手を重ねて、力強く握る。
「大きくなったなあ」
「……みんな、自分勝手なこと言いやがって」
彼の口から出てきたのは相変わらずの悪態だった。
シプレはその頭をわしわしと撫でた。
と、イフは彼の背中越しにアスフォデルがこちらに手を向けているのに気付いた。
「おい、シプレーー」
「むむッ」
シプレを守ろうとアスフォデルとの間に立とうとした。
が。
シプレがイフを抱きしめ、それは叶わなかった。
「んグゥ……ッ」
シプレが膝をつき、倒れた。
イフも彼の前に座り込み、顔をのぞき込む。
シプレの胴体は大きく穴を開けている。空洞からは黒い靄が漂い、消えていく。
「止めを刺さずに背を向けるとは……詰めの甘い男じゃ」
アスフォデルはにやりと笑う。自分の影から、魔王の黒い姿がある。
「おい、シプレ、シプレ……!?」
すがりつき、揺する。シプレは顔をゆがめて、それでもなお笑った。
「イフ、生きろ……居場所は必ずあるさ。大丈夫だ、お前の優しさを、誰も裏切ったりはせん」
イフの腕の中で、シプレは黒い靄となって消えていく。
「なんで、だめだ! 嫌だ! アンタまでオレを置いていくなよ!」
軽くなっていく彼の体を、必死につかみ取ろうとする。しかしそれは夢のように儚く、彼の手をすり抜けていく。
あとには何も残らず、ただ、座り込んだイフだけがいた。
「……」
イフは虚空を見つめた。
心が異様に静まりかえり、何も考えられなかった。
そこに、よたよたとおぼつかない足取りで、アスフォデルが近づいている。
「お前、お前さえ殺せればよいのだ……!」
片手には機械の破片が握られていた。
「すべては魔王さまのために!」
腕を振り上げ、放心状態のイフに向かって振り下ろした。
イフはその瞬間、瞳を閉じた。
そして、自分の頬を風が撫でる。
優しく、勇ましく、刺すように、柔らかく。
金属をはじく音と、それが床に落ちる音が遠くで聞こえた。
イフが顔を上げると、そこにはセトがいた。
「お前、なんで、」
「イフ、てめえ、コノヤロー!!」
くるりと片足を軸にして体を反転させ、その勢いのまま拳をイフの顔面に殴りつけた。
あまりの不意の攻撃と勢いに、べしゃり、とイフが床に倒れ伏した。
「ちょお、セト!?」
セトを追いかけて走ってきた一同。その光景に、マルグリットが驚きの声をあげた。
セトはしかし彼女の声も届かず、イフに馬乗りになり、胸ぐらを掴んだ。
「何をボーっとしてんだよ!! 死んじゃうだろ!?」
「……」
素直すぎる彼の言葉に、しかしイフは思考が停止していた。
「なんで、助けるんだよ」
出てきたのは、そんな皮肉のかかった言葉だけだった。
その言葉に、さらにセトが怒りの方向に顔を歪ませた。
「はあ!? そりゃ助けるだろ! おっさんと約束したんだからな!」
「シプレと……?」
あっけにとられた様子で一瞬押し黙るが、震えた声でイフは言う。
「もう意味なんかないじゃねえか……ずっとこの世界は暗闇のままだ。あの雲だって全部飲み込んで……」
「うるせえ! だったら俺がお前に青空を見せてやるよ!!」
セトは力の限り叫んだ。
その言葉に。強さに、イフの瞳が、わずかに光る。
「で、おっさんはどこにいるんだよ? お前を助けに行くって言って先に向かったはずーー」
「死んだよ」
自分でもおそろしく、冷たく、言い放っていた。
「……は?」
セトは一瞬、両手の力が抜けそうになり、また掴みなおした。
「死んだ?」
「そうだよ、オレを庇って死んだんだ。オレはまた、何も守れないまま、全部傷つけて、それでお前にこうやって無様に生かされてーー」
流れ出る皮肉が、痛みが止まらなかった。しかし、ぽたり、と水滴が落ちてきて、イフは口をつぐんだ。
「……なんでお前が泣くんだよ」
「だって……っ」
セトがぐしゃぐしゃになった顔で泣いている。その顔に、イフは苛立ちが芽生え、唇を強く噛みしめた。
「なんで、お前が泣くんだよ……!」
腹の底から怒りがわきあがり、胸ぐらを掴む彼の手を強く握り引き剥がそうとした。しかし、手が震えてうまく力が伝わらず、その手を握り返すことしかできない。
「オレの方が悲しいのに……ッ、なんで、お前が勝手に泣くんだ……!」
ぼろぼろと止めどなく涙が溢れてきた。
心が痛い。
どうしようもなく痛かった。
何もないはずの心が、その在処を訴えるように、痛かった。




