最終決戦!愛に広がる空 第一話
「んで、イフは一体どこに消えたんだ?」
セトとマルグリットはシプレも交えて作戦会議。フラムは三人の頭上でふよふよと飛んでいる。
「おそらく魔王さまの城に戻っている。イフからは魔王さまの気配もした」
「イフのあの周りの黒いやつ、あれから魔王の声も聞こえたな……」
「イフに話しかけてたよね。余計なことばっか言ってさ」
もーっ、とマルグリットが頬を膨らませた。
「イフが取り返しのつかぬことをする前に、我が輩はイフを止めにいこう」
早速立ち上がるシプレ。
「俺も……って言いたいとこだけど、魔王の城にはリムの父さんや母さんが捕まってると思うんだ。ほかの人たちも……みんなを見つけなきゃ」
「うむ、あの日に捕まえた人間たちは地下にいるだろう。そこまで同行してやりたいが……」
「いいや。その気持ちだけで嬉しいよ。シプレはなるべくイフと一緒にいてやってくれ」
合わせたわけでもなく、リムと似たようなことを言う彼に少し驚いた顔をし、すぐにがはは、と剛胆に笑った。
「あぁ。今あいつは孤独の中にいる。助けてやらねばならん」
「うん、イフをよろしく」
シプレは強く頷くと、魔王の城をみあげた。
「さあ、最後の戦いだ。気張れよ、勇者よ」
「……分かった」
セトが彼の背中に応える。シプレは満足げに微笑み、ゆっくりと歩きだし、やがて走り出した。
遠くなっていく彼の背中を見守り、見えなくなるとセトは自分の手を見つめた。
「絶対に魔王を倒そうね」
マルグリットがセトに言った。
「あぁ、絶対に!」
顔を上げ、いつもの勇気に満ちた顔で、セトは頷いた。
「リムさま……本当に、ご心配をおかけいたしました」
「ほんとうに、ほんっとうに怖かったんですからね!」
彼の短くなった髪を梳きながら、リムは背後から刺々しく文句を言う。
不格好に髪を切られてしまったので、整えてください、とラズロがお願いしたのだった。それは、彼女が傍にいるための口実でもあったかもしれない。
「ですが、リムさまが無事で私はよかったと思いますよ」
「よくありません!」
のほほんと口走る彼に、リムは全力で否定をした。
本心ではあるものの、彼女をこれ以上怒らせるべきではないか、と、ラズロが大人しく髪を整えてもらうことにする。
しばらく、リムはラズロの髪を整えていたが、
「居場所がないまま、覚悟を決めて生きなさい……」
手を止め、やわらかな唇で、あのときにいったラズロの台詞を言った。
「辛く厳しい言葉だと思います。残酷で……でも、あなたがまるでそう生きているかのような、決して見放したわけではない、そんな気がしました」
「……」
「以前フラムが、ラズロは迷いながらも進む覚悟を決めている、と言っていました」
「……そんなことも、言いましたっけ」
ちょっとはぐらかしたような様子で返す。
「ラズロは、居場所がないまま、ずっとわたしの傍にいてくれたのですか?」
「……そういう、わけではなく」
ラズロの口は重かった。今まで、ずっと、幼い頃からずっと抱いていた、己の枷。
人生で一番大切にしている人にさえ、隠してきたこと。
リムが優しく彼の髪をなでる。
「髪を伸ばす理由……自分への戒めだと言っていましたよね。それと、関係がありますか?」
「……そう、ですね」
ここまできたからには逃げられないだろう、とラズロは悟った。彼女は、自分を決して離さない。逃げようとしている手を、迷う自分の手を、しっかり掴んで引き寄せてくれる。
「外見や、才能に期待され、多くの人からの羨望の眼差しに耐えてきました。母から、父から、王様から、民から……期待に添い、応えられることはもちろん誇らしいことです。ですが、これが本当の自分の姿なのかと問われると、確かに頷くことはできないままでした」
幼い頃、少女のように育てられてきたことを思い出す。母の喜ぶ姿が、時折不気味に思え、そんなことを思う自分を責めてきた。父から剣舞を教えられ、その才覚を現したとき、父の熱い期待が重かった。そつなくなんでもこなしてしまう自分に、自分の輪郭が曖昧になっていく様を覚え、恐怖した。
「あなたと出会ったとき、幼く臆病な姿を見せながら、懸命に一国の姫として立ち振る舞おうとする姿に、私は心を打たれました。あなたの姿が、自分の震えている心を映したような気がして……それと同時に、あなたを守りたい、と、願ったのです」
やわらかく温かい、幼い手に触れられたとき、心細かった自分の心が溶けていくような気がした。
「それは、それだけは私の本当の気持ちでした。今まで、周囲からの期待にしか従わなかった自分が、はじめて成し遂げたいと思った願望」
そうして、一人の少年は覚悟を決めた。
「あらゆるものからの期待も羨望も、たとえどれほど恐ろしくとも、あなたと共にいるためになら受けてしまえばいい、と。あなたの傍らに立つ者として相応しく思われるためになら、臆病な自分を殺して、不気味な周囲の期待も飲み込んで、居場所がどこにもなくとも、自分などどこにもいなくとも、この一つの願いだけを頼りに、生きていこうと、決めたのです」
ラズロはそう口にした瞬間、今までずっと見ないようにかき消していた感情が、怒濤のように押し寄せてくるのを感じた。
(あぁ、リムさまは、一体どんな顔をしているのだろうか)
今まで、ずっと、自分の願望のために、彼女までも騙して、生きてきた。本当は曖昧なだけの自分が、ずっと傍にいたという事実に、呆れるだろうか。
ラズロはそっと後ろを振り返った。怖いという感情もあったが、あまりにもリムが何も言わないので、耐えられなくなってしまった。
彼女の顔を見て、ラズロは驚きの顔をした。
「リム、さま……」
自分がずっと想ってきた少女は、静かに涙を流して微笑んでいた。
「すみません。すごく、すごく嬉しくて……」
「嬉しい、ですか……? こんなに情けない話をして、呆れたりはしないのですか……?」
思わず完全に体をリムの方へ向けながら、おずおずとラズロが問いかける。
リムはその優しい涙を拭いながら、何度も首を振った。
「嬉しいですよ。とても。怖くても、わたしの傍にいるために、ずっと我慢していてくれたのですから……こんなにも自分を想ってくれる人がいるなんて、なんて温かい気持ちでしょう……」
拭っても拭ってもあふれてくる涙。けれどそれは悲しみではなく、ほんとうに、嬉しいのだと彼には分かってしまうのだった。
恥ずかしさに、俯く。さらりと、短くなった髪が頬を撫でた。
戒めのために伸ばしていた髪は、綺麗に切りそろえられている。
「……ふふ」
思わず、ラズロは笑った。
溶けて、なくなっていく、臆病な心。
あとに残っているのは、ずっと守ってきた、あなたへの愛しい気持ち。
「軽くなってしまいましたね」
ラズロは嬉しそうに呟いた。
シプレと別れ、二人の様子を見に来たマルグリットはリムを見て、あー! と声を上げた。
「また泣いてる! 今度は何したの!」
と、ラズロを責めた。
困ったように微笑むラズロの前にでて、リムが首を振る。
「いいえ。大丈夫です、もう大丈夫です」
涙を拭って、嬉しそうに微笑んだ。
「セトも前に無茶したって聞いたんだからねっ。男の子ってどうしてそんなに無茶したがるのかなあ。イディカは全然臆病だけど」
ここで突然ディスられるイディカ。彼は今どうしているだろうか、と思い馳せる。食事はとっているだろうかと心配しながら、立ち上がりセトとマルグリットを見た。
「心配をかけましたね。二人にも迷惑をかけました」
「シプレのおっさんが治してくれたんだからな」
補足するセトの言葉に、少しだけ元気がない。
リムも暗い顔をしそうになるのを、マルグリットがぱん、と一つ手を叩いて空気を変えた。
「じゃ、気を取り直して、ついに魔王城だね! シプレの話によると、地下室に王様たちが閉じこめられてるみたい。たぶん、城のどこかに妖精の魔法の書も、人間の魔法の書もあるはず。探しにいこっ!」
意気込み、ずんずん歩き出す。
「イフとシプレのことはもちろん心配です。でも、きっと大丈夫。わたしたちはわたしたちにできることをしましょう」
マルグリットの鼓舞に、リムも賛同しそれぞれの顔をよく見て諭す。
「そうだな。早くリムの父ちゃんも母ちゃんも助けに行こう!」




