最後の宝玉!水の神殿と兄妹の花 第八話
水の宝玉を持ち去ったやつは人間だった。
イフは神殿で話した怪しい男を思い返す。
自分の甘さが憎く、イフは苛立ちを覚える。
アスフォデルの実験に巻き込まれたらしい男とやりとりしていたら見失ってしまった。
そこで感じた違和感も拭えないまま、イフは魔王城へと向かっていた。確か、あの男はこっちへ逃げたはず。
魔王城が建つ草原の景色。と、前方に、あの男がうずくまっていた。
男の周囲には取り囲むように水の精霊が複数ぐるぐるとまわっている。
「どうした!?」
イフは苛立ちを忘れて必死になって男に駆け寄った。
「うぐう……」
うずくまっている男はその体で必死に水の宝玉を庇うように持っていた。その宝玉が青く光っている。
現状を見る限り、悪さをしているのはこの宝玉にしか見えない。
「おい、それを寄越せ」
イフが男の肩を掴み、強引に宝玉に手を伸ばした。
しかし、男の力は強く、その手を振り払って身悶えた。
「だめだ、おりはこいつで人生やり直すんだ!」
「その前に死ぬぞ、大人しく言うことを聞け!」
駄々をこねる男を叱咤する。
男はうぐぐ、と情けない顔をして、玉のような汗を流しながら、その宝玉を明け渡した。
宝玉がイフの手に渡ると、精霊たちは消え失せ、光も収まった。
「なんだったんだ……?」
イフは青い宝玉をじっと見つめ首を傾げた。
するとうずくまっていた男がすぐさま元気を取り戻し、イフを羨望のまなざしでじっと見つめた。
「な、なんだよ……」
「旦那、そのお宝取り扱えるのか!?」
「いや、そういうわけでは……」
どういう作用の仕組みなのか分からない以上、素直に頷くことはしなかった。しかし男はそんなことなど頭になく、イフにがばりと縋った。
「旦那、命を助けてくれた旦那ぁ! おりと手を組まねえか!? そのお宝をお姫様にふっかければ、大金が手に入りますぜ!」
「オレは金に興味なんかない」
ふい、とイフは男をかわして引き剥がした。
べしゃり、と地面に手をついた男は、それでもイフに興味津々だ。
「金じゃなくてもいいんすよ。なんだってもらえるはずでさ! 旦那は何がお望みです?」
「……」
邪な質問でありながら、イフはその問いかけに何と答えられるわけでもなかった。
自分が望んでいること。
それを、はっきりと口にはできなかった。
今までしてきたこと。疑念を前に立ち止まっている今は。
「オレはーー」
言い掛けた時。
「いたーーー!! し、それイフの仲間かよ!!」
聞き慣れた声が飛び込んできた。
騒がしく馴染みのあるその声に、イフは明らかに嫌そうな顔をして振り返った。
いつも会う度に無遠慮に話しかけてくる少年が駆け寄ってくる。後ろにはよく見た仲間たちもくっついている。
「その小汚いおっさん、水の宝玉持ってんだろ!」
びし、と人差し指を向ける。
「人を指さすんじゃありません」
「人を指さすなよ、失礼だな」
ラズロとイフの注意が同時だった。
「あぁ、すまん……」
「……」
素直に謝るセトだったが、敵対する相手と指摘がかぶったことに気まずさを覚えさらに不機嫌さを増すイフ。
「あの、水の宝玉をお持ちではありませんか? わたしたちが探しているものなのですが……」
リムが丁寧に男に尋ねると、男はそろ〜っと視線を明後日の方向へ外した。
「い、いやあ、知らないっすね」
「そうですか……」
しょんぼりするリムの様子に、イフはすっと自分が持っていた水の宝玉を取り出した。
「あっ、てめえ、それ!」
「水の宝玉は魔王さま側に渡った。これは諦めるんだな」
冷ややかに言うイフ。しかし、それに対する彼らの反応に、違和感を覚えた。
悲しそうな顔で、リムが見ている。
「イフ、それをわたしたちに渡してください」
食い下がらず、交渉を続けた。
「渡すわけないだろう。ついでにそこに残り三つと剣までのこのこやって来たんだ。それも奪わせてもらう」
「イフ、だめです、これ以上はーー」
『そうだ、それで良い』
一瞬にして張りつめた空気。冷気が漂い、悪寒が背筋を走った。
感じたことのある嫌悪感。あの暗雲の気配によく似て、さらにそれより一層濃い。
イフの影から、黒い靄がわき上がり、朧気な姿で揺らめいていた。
「魔王さま……!」
イフが振り返り、靄を視認して驚きの声をあげた。
「あいつが、魔王……?」
セトが剣の柄に手をかけた。
形の定まらない闇。黒い靄は人の形をしているようで、獣のような、何とも確定しがたい姿をとる。
『すべてを奪い尽くすまで止まることは許されない。お前は復讐のためだけに生きている……』
靄が優しくイフの頬を撫でた。それに、苦しそうな表情で応えるイフ。彼の苦渋の表情に、セトは胸が痛み、ついには口にしてしまう。
「イフを散々騙しやがって! お前はイフの村を魔物に襲わせて、イフの居場所を奪ったんだろうが!」
留まりきらない怒りが、セトの中には渦巻いていた。
その言葉を聞いたとき、イフは、ゆっくりとセトの方を振り返った。
「なんだよ、それ……」
凍り付いた表情で、彼はセトを見ていた。
「あの村の事件は魔王が引き起こしたことです! アスフォデルの実験で、魔物を人間の姿に変えてーー」
「なん、で……」
イフの瞳が揺れた。動揺のあまり、一、二歩引き下がる。
「旦那……?」
傍らにいた男が、イフの様子の変化に怪訝な顔をした。
イフの影が揺れ、靄が愉悦の色を浮かべて凪いだ。
『捨て駒としてとっておいたが、随分良い仕事をしてくれた。しかし、お前の仕事はまだ終わりではないぞ』
舌でなめるような声色。その囁きに、絶望に染まる彼の瞳を掴んで離さない。
『愚直で愛らしい人の子よ……そうだ、我がお前の家族を殺し、村を焼いた』
イフに反応はなかった。
ただ、ひたすらに、瞳に映る闇に魅入っていた。
「オレ、が」
声が漏れる。
「今まで、やってきた、ことは……」
脳裏に駆けめぐる、自分がしてきた業。
腹の底からわき上がるような黒い感情。呑み込みきれない、悲しみ、怒り、慟哭すべてがイフの体を支配した。それを自分のことのように寄り添う、優しい影の手。
『すべて我のためによくやってくれた……お前の居場所はもうどこにもない』
そう耳元で囁かれたとき、イフの中で一本の糸が切れた。
一気に力が抜け、イフが膝から崩れ落ちた。
「イフ!?」
セトが呼びかける。しかし、もうその声も届かない。
「うぐ……ッ」
胸の苦しさに身を悶えさせる。胸をつかみ、自分の中から這い出てくる何かに、恐怖し体を支配された。
手に持った宝玉が氷のように冷たい。
水の宝玉は澄み渡った青色を忘れ、黒く澱んでいく。
「あ、ぁがあぁあ」
喉の奥から血の混じるような嗚咽が漏れる。
イフの周りに黒い靄が取り囲む。彼を呑み込もうとするその影に、リムは思わず彼の元へ飛び出した。
「イフ、その宝玉をーー!」
「リム様!!」
イフに触れた瞬間、リムとラズロは膨れ上がった黒い塊に呑み込まれてしまった。
あとに残ったのは、漆黒の巨大な球体。
「リム!? おい、リム!!」
セトは球体に駆け寄った。そして、拳を握りしめてそれを割ろうと振りかざした。
「だめ!」
それをマルグリットが飛びついて制止した。
「なんでだよ! リムとラズロが飲み込まれちゃったんだぞ!」
「なんか変な感じがするの! 無闇に触るのは危ない気がする!」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!」
「分かんないけど……」
感情にかられて怒鳴るセトに、マルグリットは怖じ気づいて悲しそうな顔をした。彼女のその表情に、セトははっと気が付いて、振り上げた拳を静かにおろす。
「ごめん、心配してくれたのに怒って……止めてくれてありがとな」
「ううん……リムはセトにとって、すごく大事な人なんだもん。気が動転するのは分かるよ。でも、ラズロも一緒だし、大丈夫だって信じよう」
「あぁ……これ、イフが作ったんだよな?」
セトが球体を見上げる。
「うん。イフの体から、すごく強い、嫌な力を感じた……」
「闇の魔法じゃな。あれだけの力、魔王が力を加えていたように見える」
「闇の魔法……俺のせいかもしれない。イフにほんとうのことを言って、イフを傷つけた」
「でもいずれ知らなきゃいけないことだったでしょ。それに、もうこれ以上イフには辛いことをさせたくない、って思って伝えたんでしょ。セトの判断は正しかったよ……」
そういいながらも、マルグリットの声色にいつもの元気はない。
残酷な事実を伝えてしまった。そのときの、彼の顔が忘れられない。
「あれもこれも、全部魔王のせいでしょ! うちの里も襲ったのも、イフの村を襲ったのも! 矛先は全部魔王に向けるべき!」
酷く傷ついてしまっているセトを鼓舞しようと、マルグリットが怒り散らす。その様子を見て、少しだけ普段の調子が戻ってきた。
「そうだな。とにかく今はこの変な丸いやつだ! フラム、なんとかできねえのか?」
「なんだこの丸いのは」
フラムに尋ねたが、返ってきたのはさらに野太い声と驚きの色。
二人と一匹が振り返ると、そこにはシプレが立っていた。
「おっさん……」
「おぉ、坊主。先ほどぶりだな。イフが戻っていないから様子を見にきたのだが……ふむ、そうか……」
黒々とした球体を見上げ、シプレは何かを悟ったように頷いた。
「ごめん、おっさん。俺、イフにほんとうのこと……」
「成る程な。それでこのザマか」
その言葉にはどこか怒りのようなものも含まれていた。
「禍々しい負の感情が取り巻いているな。魔王さまの気配もある……小さい頃もあったなあ。こんなあからさまなものではなかったが、引きこもりがちだった昔を思い出す」
シプレはあくまでも冷静だった。
「これどうすればいいんだよ。リムとラズロも一緒なんだ。二人は無事なのか?」
「むむ、二人も閉じこめてしまったのか。そうか」
「イフ、すごい傷ついちゃって、魔王にそそのかされて、こんな……これ以上イフに酷いことさせられないよ。ねえ、力を貸して」
セトとマルグリットが眉をさげてシプレに懇願した。
ふむ、とひとつ頷き、二人の頭をわしわしとなでるシプレ。
「イフの心配もしてくれてありがとう。ここからは親代わりの我が輩の責任でもある」
そう言うと、ぐるぐると腕を回しながら拳を一つ突き出し、球体を見据えた。
「根性を叩き直してやろう」
「うぅ……」
冷ややかな空気が肌を撫でる。
倒れていたらしいリムは半身を起こした。
「ここは……?」
周囲を見回すと、終わりが定かではない闇が続いていた。光がないにも関わらず、けれど自分の姿はよく見える。自分の手元を見ると、そこにはラズロが倒れていた。
「ラズロ、大丈夫ですか?」
自分が思わずイフに飛びかかったのに、ラズロが止めようとした。そしてこの暗闇に巻き込まれてしまったのだと悟った。
「リムさま……ここは一体……?」
お互い怪我をしているような様子はない。しかし、自分たちが今どこにいるのかが全く分からなかった。
「イフは……!?」
リムが突然立ち上がる。ラズロも身を起こしあたりを見回した。
二人はある一点で視線が止まった。
黒い靄が揺らめいているのが見える。黒に溶け込むように判別しづらいが、そこだけ空間が揺れているような気がした。
「イフ……?」
リムがおそるおそる問いかけると、その靄がぐるりと震えた。
「イフ、あなたは……」
「もう何も戻らない」
鋭く、冷たい彼の声が響いた。
「オレの居場所はどこにもない。オレはずっと間違い続けていた……」
「それは、魔王があなたを騙していたからで……!」
靄の中からゆらりとイフが姿を現した。彼の周囲を黒い靄が誘うように漂っている。
「全部オレが、自分の意思でやってきたことだ!」
イフがリムを睨む。その瞳は鋭さよりもさらに鋭利に、怒りに燃えて光る。
『そう、お前が自分の手で、意思で、心でやってきたのだ……人間への憎しみで……これからは魔族への憎しみに身を焦がすか? それも良いだろう……もっと、もっと憎むが良い……』
魔王の声が空間に響いている。
イフは苦しそうに顔をゆがめていた。
「魔王が唆しているようですね。イフは完全に混乱しています」
「どうにかしないと……イフ、わたしの話を聞いてください!」
リムが彼に近寄ろうとした。
その瞬間、
「オレに近寄るな!」
悲痛な叫び声をあげて、イフがリムに威嚇した。同時に、イフを取り囲む靄が鋭い刃となり、リムに向かってきた。
「リムさま!」
ラズロがリムの前に躍り出て、その刃を剣でなぎ払う。勢いを失った刃は砂のように溶けて消えていく。
「わたしは貴方を助けたいのです! どうか、わたしの話を聞いて!」
「うるさい、うるさい! もう何も、誰も信じたりなんかしない! 何もない、オレにはもうなにもない……!」
「今のあなたにだって大切な人がいるでしょう!? ずっとあなたを見ていてくれた人が! あの人は、今のイフを見て悲しむと、わたしは思います。どうか、いつもの優しい貴方に戻って……」
イフは頭を抱え、苦悩している。止めどなく黒い靄はわき上がり、刃を出現させ攻撃してくる。
勢いが増す攻撃に、ラズロは顔を歪めた。
近づきもできず、ただ防戦一方だ。
「わたしたちはあなたの優しさを知っています。あなたが今まで、どれだけ孤独だったかも……! わたしたちはあなたを絶対にーー」
「黙れって言ってんだろ!!」
腹の底から、慟哭の音をあげて、イフが絶叫した。
無数の刃がリムを取り囲み、一切の迷いなく彼女に降り注いだ。
「っ!?」
リムは腕で自分の顔を覆い、目をつむった。
倒れ込むほどの衝撃に背中を強打する。温かく、優しい重みを感じて、リムは目を見開いた。
「ラズロ……!?」
ラズロが自分に覆い被さっていた。
長髪だったはずの彼の髪は切り落とされ、さらりとリムの頬を撫でて流れていく。彼の全身に刃が突き刺さり、やがて霧散して消えていった。しかし、傷口からは次々と血が流れ出てくる。
「ラズロ、ラズローー!!」
揺り動かすと、ラズロはリムに向かってほほえんだ。
「ご無事ですか、リムさま……」
掠れた声で、少女に声をかける。その声色があまりにも優しくて、リムは気が付かないうちに瞳から涙を流していた。
「そんな、どうして……!」
「大丈夫です……貴方は、私が必ずお守り致します……ずっと、いつまでも……!」
ぐ、と力を込めて、ラズロは立ち上がった。その右手には剣がしっかりと握られている。
まだ戦うつもりのラズロに、リムは腕を掴んで止める。
「だめです、動いてはいけません!」
「……」
ラズロは何も言わず、リムの手をやわらかく触れて引き離す。そして、イフに対峙した。
「イフ、あなたにいくら優しい言葉をかけたとしても、あなた自身があなたを許せないのでしょう。ならば私もあなたを許しはしない」
鋭い瞳で、イフを見据えた。
「覚悟を決めてその罪を背負って生きなさい。居場所がないまま、その孤独に焼かれながら生きていくのです!」
剣を構え、イフの目前へ駆け出す。
と。
「ふんぬっっ!!」
ガラスが割れるような派手な音が、二人の間に割ってはいる。剛胆なうなり声も共に空間を裂き、光が射した。
突然の神々しいまでの光に、三人は目を細めた。
空間の外からやってきたのは、シプレだった。
「まぁたお前はべそべそ泣きながら部屋に閉じこもっておるのか? 人間には幼児返りという症状があるらしいが、それが発症したのか?」
その逞しい体躯を張り、イフに煽りをかけるシプレ。勇ましいまでの姿ではあるが、その顔は悲しみに満ちあふれていた。
「シ、プレ……」
彼の姿を見たとたん、イフが弱々しく動揺し始めた。
黒い靄がイフの足下に吸い込まれいなくなっていく。
「すまない。我が輩がもっとお前のことを気にかけておれば、もっと早くに気付いて人間の元へ返してやれたというのに……」
「ちが、……」
「悲しいな。どうしようもない怒りも分かる。自分の心の制御ができなくなるほど取り乱すのも分かる。我が輩はそれがとても悲しく、悔しい。誰よりも優しいお前が、人を傷つけなければならないほどに追いつめられてしまったことが、とても悔しい」
一歩、シプレはイフに近づいた。
イフは一歩後ずさる。
「しかし他人に迷惑をかけるな。かけるのなら、我が輩だけにしろ。悲しいと言ってくれ。嫌いだと言ってくれ。すべて我が輩が受け止めよう。お前は自分の心を人に見せるのが下手だから、まずは我が輩と話をしよう」
シプレが手を伸ばす。
イフは、しかし。
「ちがう、……ちがう、こんな、こんな、全部、ちがう!!」
黒い靄が再びイフを取り囲み、彼を飲み込もうとする。
「イフ、これ以上はーー!」
シプレがイフの手を掴もうと身を乗り出す。
けれど、その手は空を切り、何もない闇を掴んだだけだった。
姿を消してしまったイフのいた場所を眺め、シプレは立ち尽くした。
少しずつ空間がばらばらと崩れ落ちていく。頭上には暗雲が現れ、さきほどの草原が姿を現しつつある。
すべての闇が溶けきる前に、誰かが倒れる音がした。
「ラズロ!」
リムがうつぶせに倒れ込んだラズロに駆け寄った。
彼を抱き起こし、状態を確認する。
出血がひどく、顔面を蒼白にして、呼吸も浅い。
「ラズロ、ラズロ、しっかりしてください!」
涙を流しながらリムは彼の胸に両手を重ねる。そこに力を込めると、淡い緑の光が集まってきた。
「いやです、ラズロ、目を覚ましてください……!」
ぼろぼろと流れる涙を拭うこともせず、必死に治癒魔法をかけるリム。
しかし、ラズロの意識は戻らず、傷もうまくふさがらない。
「ラズロ!? なんでこんな……!?」
マルグリットが駆け寄り、リムと同様、ラズロに魔法をかける。
二人の様子に、フラムが焦りの隠せない口調で言い放つ。
「まずいぞこれは……おぬしら、動揺が大きい。もっと集中せよ」
「でも、だって……!」
リムが首を振った。ラズロの体温がどんどん冷たくなっていく。
ラズロは目をつむったまま、何も動かない。
「どれ、見せてみろ」
シプレがリムたちに覆い被さるような形でラズロを見下ろした。
「イフを助けようとしてくれた恩人だ。死んでくれるな……!」
拳をラズロの両隣に押しつけ、目をつむり集中する。すると、地面から緑の光たちがふわりと浮かびあがり、ラズロを優しく照らした。
温かな光に包まれ、ラズロの傷口がみるみる塞がっていく。
やがて光もなくなると、ぷはあ、とシプレが大きく息を吐いてどかりと座り込んだ。
「魔法はやはり性に合わんな! 筋肉の躍動こそ我が人生!」
と豪語した。
「リム、さま……?」
か細い声で、彼女の名前を再び呼ぶ。
目を覚まし、半身を起こした彼を、リムは涙で潤んだ瞳で映す。
「あぁ、ラズロ……!」
たまらなくなって、リムはラズロに飛びついた。
「わっ……と。リムさま、そういったスキンシップは反応に困りますので、控えていただきたく……」
しっかりと抱き留めながら、ラズロは弱々しい口調で言った。
そんなおどけも全く聞こえていない様子で、リムはまた涙を流して彼の胸に頭を押し当てた。心底心配してくれたらしい彼女の様子に、ラズロはふっと微笑み、その小さな頭を撫でる。
「ご心配をおかけいたしました。シプレも、本当にありがとうございます」
「おぬしに死なれてしまったらイフが本当に立ち直れなくなってしまうからな。死んでも死なせるつもりなどない」
「はは……それもそうですね」
「ラズロ、本当に大丈夫なのか?」
セトがラズロの正面に座り、真剣な眼差しで問う。
「えぇ、この通り」
短くなってしまった髪を揺らして、いつもの、いつも以上の可憐な微笑を見せる。
その顔をしばらく見つめ、セトは詰まっていた息を大きく吐いた。
「だはーっ。もう、ほんとに冷や冷やしたんだからな! リムもまだ泣いてるし……」
「だって、だって……!」
言葉に詰まってうまく続かないリム。
「あはは、こんなに泣いてるリムはじめて見た〜」
かわいい、とマルグリットは彼女の頭を撫でた。




