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最後の宝玉!水の神殿と兄妹の花 第七話

 神殿を出たところで、セトはぴたりと歩みを止めた。

 後ろに続いていたマルグリットが、ぷへ、と急に止まったセトの背中にぶつかる。

「ちょっとお、急に止まらないでよ」

 一、二歩下がって文句を言うが、セトはある一点を見つめたままじっと口をつぐんでいた。

「セト……?」

 不思議に思ったリムがその視線の先を追うと。

「! 貴方は……!」

 木陰に隠れるように佇んではいるが、なにぶん二メートルを越す身長とそれに見合った体躯は到底隠し切れていない。異様な牛頭をもたげたその男を見た瞬間、ラズロとマルグリット、リムは臨戦態勢に入る。

「なんで魔王軍がここに!? 結界があるんじゃないの!?」

 マルグリットが険しい顔で問いただすが、シプレの元へとことこ歩み寄る少年のせいで緊張感が緩みだした。

「って、ちょっと、セト!?」

「おっさん久しぶりー! あれ、イフは今日は一緒じゃねえの?」

 片手をあげて挨拶をすると、シプレはうぅむ、と歯切れの悪い返事をした。

 その様子に、セトは怪訝そうな顔をして首を傾げる。

「元気ねえな、なんかあったのか?」

 友人のように話しかけていくセトにはらはらしながらも、リムもシプレの様子がおかしいことに胸のざわめきを覚えた。

 シプレは木陰から出てきて、その姿をはっきりと町に現す。そして、勢いよく頭を下げて腰を折った。

「坊主よ、どうか、頼まれてほしいことがある……!」

「……」

 必死に何かに縋るような様子のシプレに、一同は面食らった顔を見合わせた。


「何から話せばよいものか……」

 神妙な面もちでシプレが思案する。

 町の端、人気のないところまで移動し、シプレの話に耳を傾ける。

 只事ではない雰囲気におとなしくついてきたセトたちだったが、誰一人として騙されている、という発想は持ち合わせていない。彼の真摯な態度、そして、特にラズロとフラムには気になることが一つあった。

「おぬしらはイフの出身地を知っているか?」

「いや、イフってあんまり自分のこと話さねえから……弟が居るって言ってたぞ」

「ふむ、そうか……」

 シプレは一呼吸おき、セトを見据えた。

「あやつは弟を亡くしている……そもそも、両親も、弟も、ある者に殺されたのだ」

「殺された……!?」

 リムは口を覆い、その白い顔をシプレに向けた。

「イフはデルミエ村の出身だ」

「デルミエ村って、人間に襲われて焼かれた、っていう……」

「そうだ。しかし、真実はそうではない。おぬしらがこの町で遭遇したアスフォデルの実験、あれは、人間が魔物になるというものだったな。アスフォデルは十年前からその実験を繰り返しておる。その実験の最初の場があの村だった。人間に扮した魔物が村を襲い、イフの家族を殺した」

「そんな……じゃあ、イフはずっとそれを知らないままで……?」

「我が輩もアスフォデルの実験に関して詳しいことは知らなかった。もし知っていたら、イフを魔王様の元に連れてくることなんてしなかった……! 我が輩は、あの子に残酷なことをさせてしまっていた……」

 己のふがいなさ、悔しさにシプレは拳を堅く握りしめ顔を歪ませた。

 その痛ましい姿に、心の内の慟哭に、かけてやれる言葉は何も見あたらなかった。

「頼む、セトよ。イフのことを、どうか頼みたい。我が輩がいなくなったあとも、あの子がまっすぐに、優しいままで生きていてくれるよう、支えてやってほしいのだ」

「そりゃ、そんなの当たり前だ! でも、おっさんがいるだろ。傍にいてやればいいじゃないか」

 セトの素直な訴えに、ラズロは制止しようとした。シプレのその頼みを、何故自分たちにするのか、彼は察しがついていた。身を乗り出すセトの肩にふれようとするが、その先の言葉も見つからず、ラズロは一人手を引っ込めた。

 シプレはラズロのその動作に気付き、彼だけに優しく目を細めた。

 そして、セトに顔を向け、はっきりと首を振った。

「我が輩ではだめなのだ。我が輩は魔王様と繋がっている。今こうして貴殿らに話していることすら、魔王様に周知されている可能性もある」

「繋がってる、って、どういうことだよ?」

「我ら魔物は魔王様の一部から生まれたものたちだ。この体は魔王様と繋がっている。だから、魔王様が封印されたとき、我々も同じように封印された。魔王様と我らは命がすべて繋がっているのだ」

「だから、魔王を倒した後、あなたは、ここには……」

 リムは補足しようとするが、自分たちが望む未来の先に、彼がいないこと。それを言葉にはできなかった。

「そうだ。我が輩も死ぬだろう」

 リムが途中でやめた言葉を、シプレははっきりと言い放った。そこには恐怖など一切なく、腹は決まっているようだった。

「そうすればまたイフは一人になってしまう。しかし、元々あの子の生きるべき場所は、人間とともにある。優しく、そしてか弱いあの子のことだ。きっとまた寂しくて泣いてしまうことだろう」

 いつかの小さな彼の姿を思い出しながら、熱のこもった瞳でセトを見つめた。

「どうか、イフが強く生きていけるよう、そばにいてやってはくれんか」

「……」

 セトは口をつぐみ、黙っていた。

 シプレのその決意が、優しさが、強さが、体を駆けめぐり、喉を熱く焦がす。

「わかった、イフのことは任せろ」

 震えてしまいそうな声色で、セトは強く頷いた。

「おぬしに頼めば間違いはないだろう」

 シプレは満足したように微笑むと、その巨体をゆっくりと立ち上がらせ、背中を向けた。

「せめて」

 セトはその背中に声をかける。

 シプレは立ち止まった。

「せめて、最後まで、イフのそばにいてやってほしいんだ」

 セトは懇願した。しかしすぐに首を振る。

「違う……おっさん、イフと一緒にいたいなら、最後まで一緒にいたって良いと思う。イフが本当のことを知ったとしても、おっさんのこと、きっとすごく大切に思ってるから」

 そう語りかけると、その背中が急に寂しく、小さくなったように見えた。

 シプレは振り返らず、頷いたように見える。

「当たり前だ。最後まで世話を見てやるさ。我が輩は、あの子の家族なのだから」

「……任せた」

 迷いのない言葉に、愛情に、セトはただ短く答えた。

 シプレは町を去ろうと歩みを進める。

 セトたちはその背中と反対方向へ踵を返す。最後の宝玉を追いかけなければならない。

「あの、ちょっとすみません」

 その中を、リムが一人はずれてシプレを追いかけた。

 まだ彼は隠していることがある。

 その背中に、何かもっと大きなものを背負っている気がして、リムはシプレを呼び止めた。

「……お姫様か。すまない、散々人間たちに酷いことをした我が輩が、こんな頼みをできる立場ではないと、理解している」

 振り返ってくれたシプレは弱々しくこぼした。

 どこまでも優しい彼に、リムは必死になって首を振った。

「そんなことではありません。シプレさん、魔王と繋がっている、と仰っていましたよね? では、今こうしてわたしたちと会っていることも、危険な行為なのではないですか?」

「ふむ……」

「ですが、この水の町は結界が張られていて、魔物が来たら水の守護神さまがすぐ察知できるようになっているみたいなんです。でも、シプレさんがきても水の守護神さまは分からなかった……貴方と魔王との繋がりが、薄くなっている、という可能性はーー」

「お姫様よ、貴方に、もう一つ頼みがある」

「え……?」

 リムの推測を遮って、シプレは少女に向き直った。

「イフを許してやってほしいとは言わない。ただ、あの子をどうか貴方の元で引き取ってほしい。ほかの人間たちはイフのしたことを許しはせんだろう。だから、貴方が彼を、どうか人間たちに受け入れて貰えるよう、尽力してほしいのだ」

「……」

 シプレはもう、自分がいない先のことしか考えていないのだ。

 彼と、自分の愛する子供が一緒に生きていく未来を望みながら、それは儚い望みだと知りながら、思い知りながら、彼は覚悟を決めている。

 彼の最後の頼みに、リムは真摯に頷いた。

「必ず引き受けます。この国の姫として、そして、一人の人間として」

 その言葉を受け取ると、シプレは再び歩き出す。

「シプレさん」

 その背中にリムは呼びかけた。

「最後まで、どうか最後まで、イフの手を離さないであげてください」

 今まで生きてきた彼を支えてきたのはシプレだ。彼さえいてくれれば、イフはきっと強く生きていける。

 シプレは振り返らずに右手をあげて振った。

 リムはそれを確かにみとめて、くるりときびすを返しセトたちを追った。


 リムの気配が遠ざかっていく。

 それを確認し、すぐさま音を立ててシプレは膝をついた。

 自身から漏れ出す黒い霧。自分の一部が少しずつ削られている気配を感じて、疲労感がどっと押し寄せる。

「まだ、まだ持ってくれよ……」

 自分の体に言い聞かせ、力を振り絞り立ち上がった。よたよたとおぼつかない足取りで向かう。

 手を離さない。最期まで。

 その覚悟だけが、今の自分を動かす力だった。

 頭上に広がり続ける暗雲の闇。その根源へと、ただ歩を進めた。


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