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最後の宝玉!水の神殿と兄妹の花 第六話

 水が絶え間なく流れ続ける音がする。

 空は変わらない暗雲に覆われている。しかし、その下にいる人々は、誰もが顔をほころばせ、祝福に満ちていた。

 神殿を囲うように、水色の花が咲いている。

「結婚式、ってすごいな」

 参加者たちの後ろについていきながら、セトはそわそわした様子で眺めた。

「わたしも、はじめて参加しました。みなさん、本当に嬉しそう」

「みんな着飾ってて綺麗だよね。あたしにまで衣装貸してくれるの、やっさしー」

「ミトカさま、ロタローさまに、改めてお礼を言わなければなりませんね」

 正装姿のラズロとマルグリット。もちろん、リムもセトも、結婚式にあわせて貸し衣装の正装をまとっている。前回、戴冠式の際に窮屈な服装には許容したのか、セトは今日は文句を言わない。

「そろそろですね、お静かに」

 ラズロが神殿の入り口を視線で導いた。


 ミトカは自分の姿を見た兄の顔を見て、ほほえみながら涙を流していた。

「兄さん、もう、まだ始まってないのに、今から泣いてちゃもたないわよ」

「だって、だってお前……!」

 その先は顔を隠してしまい、くぐもって消え失せてしまった。

 情けない兄の姿に、心の底から愛しい気持ちがあふれ、ミトカはロタローの手をとる。

「ねえ、兄さん、お願いがあるんだけど」

 自分の身内は兄しかいない結婚式。それを何度も謝ってきた兄に対して、そんなことない、と首を降り続けてきた妹。それは本心からだ。

 ほんとうに、両親がいなくなってからもずっと、ミトカは寂しい思いをしたことはなかった。

「私と一緒に、歩いてくれる?」

 そう問いかけると、ロタローはさらに号泣してしまった。

「も、もちろんだ……!」

 そこははっきりと返事をしてくれた。しかし、既にぼろぼろのその顔に、思わずミトカは笑ってしまった。


 扉が開くと、白いドレス姿のミトカと、胸元に水色の花を挿した正装のロタローが並んで現れた。

 二人の苦労を知る参加者の一部は、その姿を見て涙を流す者もいる。

 その様子を、リムは口をつぐんで見守っていた。

 二人は歩幅をあわせて歩いていく。ミトカが選んだ運命の人の元へ。

 新郎が新婦を迎え入れる。そのとき、ロタローに視線を送り、丁寧にお辞儀する新郎。ロタローも、新郎に深くお辞儀をした。

「此処に至るまで、多くの苦労が存在した」

 凛と、神殿内に不思議と響く声。やわらかく、幼く、清らかで美しいその声に、その場にいる者たちがはっと聞き入る。

 水の守護神が二人の前に現れ、それぞれの顔を見、やがて微笑む。

「幾度も乗り越えて、貴方たちは此処に辿り着いた。然し、決して此処が終わりの場所ではない。貴方たちの物語は、此処からも、永遠に続いていく。二人でどうか、力を合わせて、幸福を築いていくこと。誓いますか?」

 白い服を着た二人は同時に頷く。

「それでは、誓いのくちづけを」

 二人は向き合い、そっと優しいくちづけをする。

 暖かな拍手が起こり、二人は幸せそうに微笑んだ。

 神殿に差し込む僅かな光は多くの祝福をのせて輝いている。暗雲は確かに彼らの頭上にある。けれど、愛を知っている二人の心が曇ることはない。

 この場にいる者たちは、どこよりもまぶしい晴れ間を目前にしている。

 そして、ミトカが手に持った花束をぎゅっと抱きしめ、一歩前にでる。

 場の空気が変わり、参加者がそわそわした様子になったことに気付くリム。

「どうしたんでしょう?」

 首を傾げると、ミトカがこちらを見つめていることに気付いた。

 その視線の意図が分からず、さらに首を傾げる。

 すると、ミトカが花束を高く投げた。

 それは、小さな花びらが舞いながら、リムのほうへ落ちてくる。

「えっ」

 受け取ろうと手を伸ばしかけた。そのとき。

「あぶねえ!」

 と、セトが自分の前に躍り出て、その花束をキャッチした。

 会場全体がしん、となった。

「ん?」

 セトが不思議な空気に気付いて首を傾げたが、やがてミトカが優しく微笑んで拍手を送る。それにならって、会場の参加者もセトに拍手を送った。

 結婚式は無事に終えることができた。


「花束を投げるのもルールだったのか。リムにぶつかるかと思って取っちゃったよ」

「ふふ。でも、王子様みたいでかっこよかったですよ」

 純白のドレスを身に纏ったミトカがくすくす笑う。厳かな式を終え、食事が振る舞われている最中、ミトカはセトに挨拶にやってきた。

 リムとマルグリットは二人でデザートを取りに席を外している。ラズロはミトカの旦那さんと話をしているようだった。

 セトは水色の花で作られた花束を見つめ、くんくんとにおいをかぐ。

「良い匂いだな」

「ここの結婚式には必ずその花で花束を作るんですよ。永遠の愛、という意味を持つ花です」

「ふーん」

「その様子だと、花束のおまじないもご存じないですよね?」

 上目遣いに、セトの顔を伺う。

 セトは顔をきょとんとさせた。

「その花束を親愛を寄せる相手に贈るんです。そして、贈った相手とは、ずっと一緒にいられる、というおまじないがあるんです」

「おまじない……魔法とは違うのか?」

「魔法……」

 今度はミトカが目を丸くさせた。少し考えた後、くすりと微笑んだ。

「そうね、きっと、魔法だと思う」 

 目を細めて可憐に笑うミトカを見て、セトは花束に視線を戻した。

「んで、親愛……ってなんだ? 寄せる、相手?」

 花束を見つめたまま、そんな問いかけを投げる。

「えっと、うーん。そうですね……一緒に、手を繋いで歩いて生きていこう、って思える相手に、ってことだと思います」

「一緒に……」

 そう呟いて、セトは黙ってしまった。

 その横顔を見て、ミトカは優しくため息をつく。

 きっと、彼にはその相手がいるのだと、温かな目で見守りながら。


 式が無事に終了し、神殿は再び清廉な静寂を取り戻していた。

 リムの姿が見あたらないので、セトが探していると、彼女は一人、ぽつりと立っていた。

 ミトカたち夫婦が愛を誓い合った場所で、ただ、熱い眼差しで美しい装飾が施された天井を見ていた。

「リム」

 声をかけると、彼女は振り向いてくれた。

「セト……すみません、衣装を返さなくてはなりませんね」

 マルグリットとラズロがいないことに気付き、リムはドレスの裾をつまんだ。

 セトも貸し衣装の正装のままだったので、呼びに来てくれたのだと判断したのだ。

 しかし、セトの心の中には、他にも一つ、伝えたいことがあった。リムの傍らに立ち、同じように天井を眺めた。

「綺麗な建物だよな」

「えぇ。それに……美しい式でした」

「うん」

 幸せそうな二人と、その幸せを祝福する周りの人たち。

 どれだけこの世界が暗くなろうとも、彼らの中には確かな光があるのだと、思える光景。

 セトとリムは、二人、同じ輝きを感じ、見つけたのだ。

「これ、リムにあげる」

「え……?」

 差し出された水色の花束。ミトカから受け取った、花嫁の花束だ。

「セト、この意味を知っていますか……?」

 リムは驚きながら、顔を赤く染めながら尋ねた。

 少年は強く頷く。

「親愛の花なんだってな。ずっと一緒に、手を繋いで歩いていこう、っていう意味なんだって」

「ずっと、一緒に……」

 リムは瞬間、胸の奥がぐっと熱くなり、紫色の瞳を潤ませた。

「え、なんで泣くの!?」

 びっくりしたセトは神殿に響く声をあげた。

 リムは彼の動揺に笑いながら、泣きながら、すぐ首を振る。

「いいえ、いいえ……! 嬉しいのです。すごく、すごく嬉しくて……!」

 自分と一緒に歩いてくれる人が、セトだったらいい、と、思っていた彼女にとって。

 それが、どれほど大切で、嬉しい言葉だったか。

 リムはそっと彼の手から花束を受け取る。

「ありがとう、セト。わたしも……セトにずっと、わたしの傍にいてほしいです」


 神殿のさらに奥、本宮にて。

 ぽつんと取り残された水の守護神が、一行に振り返る。

「あなたたちには感謝をしてもしたりないね」

 水が人の形を成したその姿に、セトは目をきらきらさせた。町で会った分身と打って変わって、しっかりと受け答えをしてくれる。少しいたずらっぽい少年のような印象を受けた。

「水の守護神って、いろいろ形が変わるんだな!」

「本来の姿はこれだよ。昼間の式は、まあ、ぼくが考えた正装かな。さて、勇気ある者よ、礼をしよう。なにを望む?」

「水の宝玉をくれ!」

 あまりにも率直すぎるお願いに、リムもラズロも面食らった。

 水の守護神の顔色をうかがうと、神も目を丸くして黙ってしまっている。

「ちょっと、セト、物には頼みかたってものがーー」

「それならもう渡した」

 注意しかけたマルグリットを遮って、ぽつりと言い放つ守護神。

「へ?」

 一同は首を傾げた。

「それならもう渡した。勇者と名乗る……小汚いおじさんに」

「小汚いおじさん……?」

 思い当たる節がなく、さらに首を傾げるセト。

「知り合いでない?」

 守護神も首を傾げた。

「知り合いじゃない」

 セトは怪訝そうな顔で返した。

 守護神はそうか、と呟き、天を仰ぐ。

「おぬし、まさかちゃんと確認もしてないのではないか……?」

 傍らで聞いていたフラムが思わず口を出すと、水の守護神はギギギ、と首を動かしてそっぽを向いた。

「え、これって大丈夫なんですか」

 リムが青い顔をして問いただす。

「ふむ、まずい展開じゃの」

 答えない守護神の代わりにフラムが容赦なく返答した。

「どうしましょう、その、渡したのはいつのことでしょうか」

「……三日前」

「結構経ってますね」

 ラズロの心ない一言に、うぐ、と水の守護神がうなる。

「水の宝玉がないのに、どうして水の守護神さまは魔法が使えるのですか? フラムは力を失ってしまったのに……アスフォデルと戦った際、協力してくださいましたよね?」

 リムが不意に疑問を投げかけると、守護神は神殿に流れる水流を指さした。

「あれに流れるのは、ぼくだけが編んだ結界ではない」

「?」

「この町は愛で溢れている。それぞれの者が抱く愛が、この町に循環している。愛の力、魔法を借りて、ぼくは魔法を作っている」

「愛の魔法……?」

 リムは不思議そうに反照する。

「水の宝玉がなくても、この町は守られていく。愛を知るものは、闇に決して呑み込まれたりはしない」

「魔王城が近くにあるにも関わらず、魔物が襲ってこないのはそういう理由なのですね」

 愛という形のないものに要領が得ないラズロだったが、一応は納得したようにふむ、と頷く。

「しかし困りましたね……守護神さまは水の宝玉が今どこにあるかなど、探知はできますか?」

「知らない」

 はっきりと答えてくれた。

 一同は顔を見合わせる。

 どことなく重い空気を感じ取って、水の守護神はしょんぼりした。

「ぼくはたいへんなことをした……恩を仇で返した」

「そ、そんなことはありませんっ」

「まあ、そのうちその小汚ねーおっさんにも会えるだろ」

「勇者でないなら、小汚いおじさんは危険。死に至る可能性がある」

「そうじゃの……」

「え……?」

 水の守護神とフラムの同意に、リムは顔を青くした。

「どういうことですか……?」

「あの宝玉は絶大な力を持っている。覚悟なき者が悪戯に持っていたら、体に悪影響しかない」

「え、じゃあそのおっさん、今やべーってこと?」

「やべーってことになる」

 水の守護神は素直に頷いた。

 セトはリムを見て、リムもセトを見つめていた。

「じゃあ、そのおっさんを早く探さなきゃ」

 セトは思い至ったが早いか、すぐに踵を返す。

「待て待て。手がかりがないのにどこに行くつもりじゃ」

「でも、早くしねーとおっさんが危ないんだろ。水の宝玉を引き剥がさないと」

「そうじゃが……」

 フラムは、そのセトの理由に思わず言葉が詰まる。

 勝手に持ち出したことを責めるわけでもなく、彼は心の底からその見ず知らずの男を心配しているのだ。

「水の友よ、本当に手がかりはないのか?」

「三日前では痕跡はない……」

 完全に手詰まりになり、重い沈黙が訪れる。

 しかし、ひとつだけけろりと明るい声が重い空気を裂いた。

「あとは地道に町の人に聞き込みだね。町の玄関先に立ってる、ようこそ、○○の町へ! とか言う人設置されてるんじゃない? その人なら誰が出入りしたとか覚えてるんじゃないかな」

 と、言ったのはマルグリットだった。

「え、それあーるぴーじーでよく見るやつじゃん」

 そんな提案に、セトは驚いてつい乗っかってしまう。

「あれ、セトは知ってるの? デジタルゲームって妖精の里でしかないと思ってたけど。人間はハードもディスプレイも持ってなくない?」

「でじたる……? とかは分かんねえけど、姉ちゃんが持ってたから」

「イディカのところにもお母さんがいくつか電化製品置いてったし、そういうこともあるのかな……?」

 気むずかしい顔をしながら、マルグリットは考察する。

「あのお、世界観がよく分からない話は一旦置いておいて、今は聞き込みを優先したいのですが」

 完全に置いてかれているリムがおずおずと割って入り、ラズロは横で静かに頷いている。

 そうだった、とセトは我に返り、水の守護神に向き直った。

「んじゃあ、俺たちはもう行くから! いろいろ助けてくれてありがとな! 変な人についていくなよ!」

 子供に向ける忠告を投げかけ、セトは水の神殿を出ていく。

 それについていく一行。

 その後ろ姿を見ながら、残された水の守護神は胸の前で手を組んだ。

「勇者よ、あなたが必ず魔王を倒すと、ぼくは信じているよ」

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