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最後の宝玉!水の神殿と兄妹の花 第五話

 視界がぐらついている。足下がおぼつかない。

 自分の体が自分のものではないような気がして、不安が、恐怖が押し寄せてくる。

「魔物に成る」

 あの魔物はそう言っていた。

 ロタローはとにかく人が居ない場所へ向かって走っていた。しかし、ひどい倦怠感と頭の重さについに足を止めてしまう。

 そのまま倒れてしまいたい気持ちになったが、また一歩、足を動かす。

「とにかく、遠くへ……!」

 まだ町からそう遠く離れていない。振り返って確認することさえ億劫だった。そんなことに体力を使うより、もっと、遠くへ。

 頭の重さに耐えきれず、うつむいたまま、けれど確かに歩いていく。

 気がつけば、自分の足下に影ができていた。

「?」

 不思議に思って苦渋の表情で顔をあげると、そこには豚の頭部をつけた魔物が立っていた。

「あ……」

 危機感も感じず、焦りもなく、ロタローの頭は真っ白になった。

 しかし、突然何かに押し出され、横転する。

「なん、だ……?」

 起きあがる体力もなく、自分の立っていた場所を見ると、そこには黒髪の青年が立っていた。

 悪しき雰囲気が漂う装束をまとって、青年は目つきの悪いその瞳をさらにきつく鋭利に光らせ、魔物を睨んだ。

「こいつはオレが始末する。お前は用なしだ」

 吐き捨てるように放つと、魔物はおとなしく青年の言うことを聞いたのか、その場を去っていった。

「おまえ、何者だ……?」

 かすれた声で問うと、青年は振り返り、ロタローを見下ろした。

「顔色が悪いな。いや、もっと他に、何かおかしい……」

 不思議に透き通る声にロタローは意識が遠のくが、はっと気付いて後ずさりした。

「俺に近づかないでくれ、俺はもうすぐ、魔物に……!」

「? どういうことだ?」

 状況が全く把握できず、青年は怪訝そうな顔をする。

「頼む、俺を遠くに……いや、間に合わない。いっそ、どうか、殺してくれ……!」

「何を言ってるんだ、お前は」

 青年は痺れを切らしたようにロタローに近づいてくる。

 それが恐ろしくて、ロタローは泣いて喚いた。

「頼むから、おり……っ、俺は魔物になんかなりたくないっ。でも、でももう……そうだ、最期にお前に、伝言を頼みたい」

 ロタローは最期の希望にすがるように、その場で地面に頭を付けた。

「ミトカに、妹に伝えて欲しい、お前だけは幸せになってほしい、俺はお前を愛している、と……」

「なんだそれ、なんでオレがそんなことを」

「頼む、お願いだ。自分はもう妹に会えない……だから……うぐっ」

 ロタローはその場にうずくまり、喉を両手で抑えた。

「おい、大丈夫か!?」

 青年は焦燥の表情を浮かべてロタローに駆け寄った。

 小さなうめき声が聞こえたかと思うと、青年はロタローに押し倒され、その首を絞められていた。

「……っ」

「うが、うがああ」

 ロタローの瞳は赤く怪しく光り、理性を失っているかのように歯をむき出しにして青年に襲いかかった。

 青年は苦しみに顔を歪め、その手を掴み抵抗する。

(人間の力じゃない……!)

 青年は目を細め、殺意に満ちたその瞳を睨みつけた。

 ふと、蘇る過去の光景。

 業火と鮮血の記憶。家族を亡くし、絶望の淵に立ったあの日。

(あのときも、目が赤く光ってーー)

 意識が遠のきかけたそのとき、頬に何かが落ちてきた。

 はっと目を見開く。

 自分を殺そうとしているその男は、苦しそうな顔をして涙を流していた。

「……このっ!」

 青年は渾身の力でロタローの腹を蹴り上げる。

 その衝撃で突き飛ばされたロタローは地面に伏せ、痛みに悶えた。

「人間が魔物に……っ、アスフォデルの研究か……!」

 青年は呟き、自分の腰にぶら下げた小瓶に手をかけた。

 紫色をした液体は一本。アスフォデルから渡されたものだった。

「貴様なんぞどこでのたれ死のうが興味はないが、魔王様の頼みだから仕方ない。自分の体に変化があったらこれを飲むが良い。運良く、わしの実験に巻き込まれてしまったならな」

 にやりと不気味な笑みを浮かべて渡してきたこの小瓶。

 青年は小さく舌打ちをして、未だうずくまっているロタローに近づき、背後からロタローを羽交い締めにする。

「うが、うがああ!」

 暴れるロタローの口に小瓶を突っ込み、無理矢理飲ませた。

 ごくりと喉が動いたことを確認し、青年はロタローを解放する。

「う、うあっ、……うぅっ」

 苦しむような声をあげながら、ロタローは身を丸めて耐えた。

 青年はそんなロタローの背中にそっと手のひらをのせ、声をかけた。

「大事な言葉を他人に任せるな。お前が直接、そいつの前で言うんだ!」

 青年はあの涙を信じ、強くロタローを叱咤する。

「う、うぅ……おり、俺は……」

 げほげほとせき込み、ロタローが周りをきょろきょろと見た。

 正常に戻ったらしいことを確認し、青年はほっと胸をなで下ろす。

「あんた……」

 ロタローが傍らにいる青年に気がつき、視線を向けた瞬間、青年はさっと身をひいて立ち上がった。

「お前はさっさと町に戻るんだな。このあたりは魔物がいる」

「あんた、魔物に指示してたな……魔王に加担してるのか?」

「そうだと言ったら、どうする? オレを殺すか?」

 挑発的な態度をとる青年に、ロタローはぷはっと息を吐いて笑った。

「何がおかしい」

「命の恩人にそんなことしないさ。それに、あんたは悪いヤツじゃないって分かるよ」

「……勝手に決めるな」

「分かるさ。ありがとう、助けてくれて」

 ロタローの素直な言葉に、青年は一瞬むっとし、くるりと背中を向けてしまう。

「ちょっと」

 歩き出した背中に声をかけて止める。

 青年はこちらは向かないが、律儀に立ち止まってくれる。その姿に、またつい微笑んでしまう。

「今度町に来たらうちの店に来てくれよ。ラムールっていう店! ご馳走してやるからさ!」

「……」

 返事はなく、背中は遠くなっていく。

 取り残されたロタローはその背中をしばらく見送っていたが、

「そうだ、セトさんたちは……!?」

 青年とは反対方向へ走り出した。


 アスフォデルを乗せた機械は胸の扉をぱかりと開き、そこにフラムを閉じこめてしまった。

「お前そんなことできんの!?」

「中枢部になるが、まあ、所詮守護神の残りかす。何もできんじゃろう」

 アスフォデルが余裕の笑みを浮かべ、機械は空いた両手を高らかにあげてセトたちを威嚇する。

「迷いの森のように、雷で機械を壊すことができません……!」

 中にフラムがいる以上、大ダメージを与える攻撃ができない。

 しかし、セトには一つの思い当たる節があった。

「フラムだけを外して魔法が使えないか!?」

「フラムだけを……?」

 土の神殿でイフが放った炎の魔法だ。土の守護神にだけ効いていて、セトには熱ささえ感じられなかった。

「前にイフがやってたんだ。リムならできるよ!」

 セトの疑いのない、まっすぐな瞳に、リムは応えるように唇を結び強く頷いた。

「貴様らはここで捻りつぶしてあげましょう!」

 機械がどたどたとこちらへ走ってくる。

 四人はそれぞれバラバラになり、機械を取り囲む。

 機械の大きさに反し、その滑らかで素早い動きにリムは苦い顔をする。

「的がうまく絞れません……!」

「動きをとめればいいのですね」

 ラズロがリムの意図を汲み、機械の足元へ躍り出る。

(人型の造形をしている以上、狙い目は、ここ!)

 剣をふりかざし、膝裏を切りつける。

 柔らかい部分から何本かコードが切れて出てきた。

 がくりとバランスを崩しかける機械だったが、すぐさま体勢を立て直し、体を捻ってラズロに拳を叩きつける。

 それを剣で弾き返し、一度距離をとった。

「ふん、人間ごときが、小癪な……! しかし、その程度想定済み! 貴様らに壊され続け、改良に改良を重ねたのだ!」

 アスフォデルは高所から自慢げに放ち、手元の何かしらをいじった。

「今度はこちらの番だ!」

 ピーッと機械が鳴くと、右腕が鋏、左腕が円形のカッターに変形した。

「カニの面影を感じる!」

 感動も混じった声色でセトが指さした。

 覚えていてくれたアスフォデルはちょっと嬉しそうだ。

「ふふん、わしは今までの実験を決して無駄にはしないのだ!」

 言いながらレバーをがしゃがしゃ動かし、右腕、左腕をぶんぶん振り回す。

「危ね!」

「厄介ですね」

 セトとラズロが近づけず、たじろいだ。

「あたしがいることも忘れずに!」

 だん、と後方から一歩踏みだし、マルグリットが高らかに宣言する。

「風の子供たちと遊んであげて!」

 両手を指揮者のようにくるりと動かすと、豪風が機体にぶつかり、一瞬よろめき、更にまた風がぶつかり、機体が右へ、左へと揺さぶられる。

「ぐへ! なんじゃ、好き勝手暴れおって〜!」

 機体の中からフラムの恨み言がくぐもって聞こえてくる。マルグリットの耳にも届いたようで、てへぺろ、と舌を出して肩をすくめた。

「やりすぎですよっ」

「えへへ」

 本人は誰がやったか分かんないから、などと非道なことを言う。

「我も怒ったぞ〜〜!」

 フラムがそう言うと、瞬間、機体があちらへ、こちらへ、両手をあげさげ、足をあげては蹴って、くるりとまわっては、と、おかしな動きを始める。

 言うことの聞かない機械に、アスフォデルは目を丸くした。

「なんじゃ!? この、言うことを聞け!」

 機械はそれでも狂ったように踊り、そして自分の中央部を抱え、かゆがっているような素振りを見せる。それに気付いたアスフォデルは足をだんだん、と踏みつけ、構造上自分の真下に閉じこめられているフラムに文句を言う。

「こらっ、こいつ、暴れるでない!」

 どうやら中枢部に閉じこめられてしまったフラムが機内で暴れているらしかった。

「チャンス到来っ!」

 マルグリットが嬉しそうにぴょん、と跳ね、再び両手をかざす。

「フラム、もうちょっと我慢してっ!」

 キュートに悪気なくフラムに放つと、両手を広げて足を踏ん張る。

「ぐんんぬー!」

 何かを押し上げるように、持ち上げるように両手を力強く上へと持って行く。すると、周囲の水路から、水が勢いをつけて機械の足下に流れ込んできた。

 一瞬ぐらつく機体だったが、耐えて二本足で立っている。

「ふん、そんな弱々しい攻撃、効くものか!」

「加勢、参戦、支援、必見!」

 アスフォデルの煽りを、一つの美しい声が一閃する。

 マルグリットの傍らには、水色の髪の子供が二人立っていた。

「邪悪、退散!」

 二人が手をかざすと、更に水流が増し、機械の足をすくう。

「ぐぬお!?」

 驚きにひっくり返り、背中から倒れる機械。水は蒸発したようにふわりと消失した。

 停止したのを見計らい、リムが躍り出た。

「雷鳴轟き、魔を浄化せよ!」

 少女が唱えると、周囲が暗くなり、バリバリ、と稲光が空気を裂く音が走る。紫の電光が機械に向かって一直線に駆けていく。容赦なくぶつかり、機体が大きく煙を上げて揺れ動いた。

「ガガガガガ」

 やがて機体から駆動音がなくなり、静かに停止した。

「……」

 一同、静かにそれを見守っていると。

 ポンッ、と機体の中心部の扉が開き、フラムがくるくるまわりながら吐き出された。

「っと」

 セトがそれをキャッチし、彼の様子を観察する。フラムは目を回しているだけのようで、怪我はしていないようだ。

 フラムが無事であることを確認し、ほっと息を吐くセト。

 機体は黒い煙をあげ、完全に停止しているようだった。ラズロが近づき、頭頂部を確認する。すると、そこにアスフォデルの姿はなかった。

「直前に逃げられたようですね」

「っくそ、あいつ、卑怯なことばっかしやがって」

 セトが悪態をつく。

「勇者一行、協力、感謝」

 柔らかく美しい声色が届く。

 水色の髪の子供がセトたちに向けて、小さく微笑んだ。

「あの、どうして貴方は魔法が……?」

 先ほどのマルグリットの手助けは明らかにこの子の仕業だ。

 しかし、その質問に答えたのはマルグリットだった。

「え、だってこの子たち、水の守護神さまだよ」

 と。

 目が点になるリムとラズロ。

「え、水の守護神……?」

「そ。だって明らかに違うじゃん。雰囲気が」

「雰囲気ですか……」

「なるなる、フラムみたいな感じするなって思ったのはそういうことか」

「セトも何となく分かっていたのですね……」

 感覚が強いセトに呆気にとられるリム。

「楽園、守護、感謝。然し、力の使用、疲労……」

 眠そうな顔をする水の守護神。

「水の守護神さまって言っても、この子は本体じゃないっぽい。やっぱりフラムみたいに神殿からは離れられないのかも」

「正解……分身……」

 うつらうつらしながらも応える守護神。

「守護神さまも、私たちと一緒に戦ってくださってありがとうございます。ゆっくりお休みください」

 しゃがみ、守護神の目線に合わせたリムが優しく労う。すると、守護神は一つこくりと頷くと、泡になって消えていった。

「みなさん、無事でしたか!」

 ミトカの声が飛んできた。

 振り返ると、必死な姿でこちらへ駆けてきて、セトにすがりついた。

「あの、あの、兄はっ、兄はどこにいるのでしょう!?」

 と、問いつめられ、セトはリムたちと顔を見合わせた。

「あのロボを追いかけてからまだ帰ってきてない……」

「ロタローさんもおそらくあの宝石を持っていたでしょう。セト、それはどうしましたか?」

 ラズロが聞くと、セトは顔を青ざめさせた。

「すぐにあのロボを追いかけてったから、回収してねえ……」

 呟くように言うと、ミトカはその場に崩れ落ちた。

「ミトカさん!」

 リムがその傍らに駆け寄り、彼女を支えようとする。

 ミトカは顔を白くさせ、虚空を見つめていた。

「そんな、兄さん……」

「でもでも、水の守護神様は全部浄化は終わった、って言ってたよ?」

「ですが、セトが見た以降、我々は誰もロタローさんに会っておりません」

「ちょっとラズロ!」

 マルグリットが冷静に分析する彼を注意するが、すぐに口をつぐんで黙った。気休めでも、不確かなことを言うべきではない。そう、彼の顔には書いてあった。

「あぁ、どうしてこんな……あんなに、あんなに私の結婚式を楽しみにしててくれてたのに……!」

「今だって楽しみだよ。いろいろ、迷惑かけちゃったんだけど、でも、やっぱり俺はお前の幸せをいつも願っているよ」

 と。

 ロタローの声がした。

 ミトカは目を見張り、そしてゆっくり振り返る。

 一同も声がした方を見た。

 そこには、元気に駆けてくるロタローの姿があった。

「兄さん!」

 ミトカが立ち上がり、ロタローを抱きしめ迎え入れる。

「兄さん、兄さん……!」

 涙を流しながらすがりつく妹の頭を優しく撫でる兄。

「お前、大丈夫だったのか?」

「あのあと、体が変な風にはなったけど、助けてくれた人が居て。その人がくれた薬を飲んだらよくなったんだ」

「その方は?」

 ミトカがロタローの背後を確認するが、誰もいない。

「あぁ、どっか行っちゃったよ。それに、その人、たぶん魔王側の人だ」

 そう言った瞬間、ミトカが血相を変えてロタローの腕を掴んだ。

「魔王の!? そんな人からもらった薬を飲んだの!? 大丈夫? 変なところはない!?」

「だ、大丈夫だって。その人、悪いやつにはみえなかったし」

「それにしたって……」

「その人って、どういう感じの人だったの?」

 思い当たる節があるマルグリットが尋ねる。

 ロタローはえっと、とその人物を頭に思い浮かべた。

「セトさんぐらいの年齢の男で……」

(イフ……?)

「真っ黒な服を着てて……」

(イフかな……?)

「目つきが鋭くて……」

(イフのような……)

「不機嫌そうな顔してて……」

(イフ……)

「でも、優しい」

(イフだ……!)

 イフでした。

 各々の表情が明るくなる。

「彼なら信頼できる男です」

 リムが言うと、ミトカは納得がいっていない表情でいながらも、頷いた。

「リムさんがそういうなら……」

「イフ、元気そうなんだな」

 セトがほっと息をつく。そして、あの優しさも変わらずといった様子に、思わず顔がほころんでしまう。

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって。それより、お前の結婚式の招待状、なくなっちゃったんだ……」

 宝石を招待状代わりにしていたが、それらはすべて跡形もなく消えてしまった。しかし、ミトカは優しく微笑んで首を振った。

「気にしないで。大丈夫よ、招待状がなくたって、みんな来てくれるから」

「それは許可しない」

 あの子供の声が聞こえてきた。

 ミトカは目を丸くし、いつの間にか傍らにいた子供に驚き、後ずさった。

「神殿の巫女さま……!」

 どうやらこの町の人間はこの子供のことは周知のようだ。

 厳しい瞳で、巫女はミトカを見ていた。

「しきたり通り進行せねば、災いが訪れる。それはだめ」

「……ごめんなさい。でも、今から代わりを用意するなんて……」

「そうです、今回は非常事態ではなかったのですか?」

 リムも一緒に説得する。しかし、巫女の表情は崩れない。

「一方的に否定しているわけではない。わたしも協力する。あなたたちも、今一度協力を要請する」

 と、言うと、そっと水をすくうように両手を合わせ、そこに息を吹きかけた。

 そこに優しく、清らかな風が吹くと、巫女の手のひらには水色の花びらをやわらかく揺らした小さな花が現れた。

「巫女さま……」

「あなたの式は私が必ず守る。幸せを約束しよう」

 ミトカはしゃがみ、巫女の手からそっと花を受け取り、可憐に微笑んだ。

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