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最後の宝玉!水の神殿と兄妹の花 第一話

 厳かな空気の中に、清流の美しい音が通り過ぎてゆく。

 大きな川に囲まれたこの町は常にすべてを洗い流していくように、清らかな音色に守られていた。

 その中でも名所である建造物に、一人の男がこそこそとあたりを見回しては進み、柱に身を隠してはあたりを見回す。

 明らかに不審な動きをしている男は、下腹が出ているだらしのない体をもたもたと動かして進んでいく。

 木造で作られたこの建物は白と朱色の美しい彩りをたたえている。神域とも呼ばれる本殿の中に立ち入る者はなく、それでも男は警戒を怠らない。

「どうにか入り込めたが、本当にここにお宝があるのか……?」

 半信半疑でも進んでいくと、部屋の中心に台座があり、そこに青く澄み渡る美しい宝石のようなものが鎮座していた。

「あれだ!」

 男は目当てのものを見つけた喜びに、思わずそれに飛びかかった。そして、なんの躊躇いもなくその宝石を手に取る。

「やったぜ、ついに宝を手に入れたぞ! こいつはおりのものだ!」

 男は喜びに、その宝を掲げた。

 すると、

「あなた、だあれ?」

 すぐそばで声がした。

「うひゃあ!?」

 思わず男は飛び上がり、その場から三歩ほど離れた。

 自分が立っていた場所におそるおそる視線を向けると、不思議な物体がそこにはいた。

「な、なんだ、お前」

「あなた、だあれ?」

 幼い子供の声だ。少女とも少年とも判別がつかない音。その声の主は人の形をしているものの、それは一言で説明すると、水だ。

 水が人間の子供の形をとっている。

 こくり、と首をかしげた子供はうるんだその瞳を男に向ける。

「お前があの、守護神さま、って呼ばれてるやつか?」

「そう。そう呼ばれてる。でもわたしはその一部。あなたは、なんて呼ばれてる?」

 ゆったりとした口調で、しかし質問を変えない守護神。男は正直に話すと絶対にまずいと思い、えー、あー、と言いよどんだ。

「それ、かえして」

 返答がないことに痺れを切らしたのか、多少不機嫌そうに子供は指をさし言い放った。

「う、これは、ちょっと、大事なもので」

「大事なの、わかる。すごく大事。だから、かえして」

「そう、大事なんだ。必要なものなんだ、だから返せねえ」

 男は渡さない、というように宝石をぎゅっと抱いた。

「必要なもの? もしかして、あなた、勇者?」

 大きな目をさらに大きくして、驚いた表情をする守護神。

 勇者、と呼ばれた男は、これはいいぞとにやりと笑った。

「そ、そうだそうだ。おりは実は勇者なんだ」

「そうなんだあ。じゃあ、必要。あげる。あなたにあげる」

 守護神は疑いもなくさっぱりとした様子で頷いた。どうやら完全に信じ込んでいるらしい子供に、しめしめと男は心中であざ笑った。

 しかし、あまり長居はしたくない男はくるりと守護神に背を向ける。

「んじゃあな、おりはこれで退散させてもらうぜ」

「うん、気を付けて。魔王、ぜったい、たおしてね」

 男の背中にそんな言葉が投げかけられた。

 その言葉の真意を測りかねて、男は思わず振り返ってしまった。

 しかし、そこには誰もいない。

「な、なんだあ……?」

 男が奇妙な出来事に、呆気にとられていると、

「おい」

 また声をかけられた。

「あびゃあ!?」

 再び素っ頓狂な声をあげて、男は飛び上がる。

 即座に振り返ると、本殿に入ってきたらしい青年が一人。黒い装束を身に纏った青年は、その鋭い目つきを男に向けていた。疑いのまなざしを持って、青年は男を見据えている。

「な、なな今度はなんだよ!?」

「何を焦っている。お前はここの関係者じゃないのか?」

 どうやら自分はそうじゃない、といったようにも解釈できる台詞だ。もしかしたらこいつもお宝目当てかもしれない。そう思った男はこっそり宝を懐に隠した。

「そう、ここの関係者なんだ」

「ほう……」

 この神聖な場所に似つかわしくない、明らかに汚れた身なりの男に更に不審感を増した瞳で応える。

「せ、清掃員なんだ! いやあ、今日もピカピカになったなあ! 気持ちいいよな、掃除ってな!!」

 言いながら、横歩きで青年の脇を通り過ぎる。目指すは出口である。

「そうか、ご苦労様」

 青年は律儀に労いの言葉をかけてくれた。

(ここのやつらってなんでこんなにチョロいんだ?)

 自分が騙されているのではないかと不安になるほどだったが、今はこの状況をありがたいと思うしかない。

 男は出入り口を背にして、青年に必死の笑顔を向ける。

「じゃあ、おりはこれで!!」

 言ったが早いか、即座に身を翻しその重そうな体を俊敏に動かし男は本殿から脱出した。

「ここにいたら危険だからな、早く逃げた方がいい」

 青年がそう忠告したが、すでに男の姿はなかった。

「?」

 青年は多少残った疑問に一人首を傾げ、さて、と台座へと体を向けた。

 そして、それをのぞき込み、チッ、と一人舌打ちする。

「あいつ……!」

 何もない台座に背を向け、イフは男の元へと駆けだした。


 本日はシプレはお留守番であった。

 イフもおらず、一人暇を持て余すという思考はなく、鼻の穴からふんすふんすと大きく息を吐きながら魔王城内を闊歩する。

 以前城の中で修行と言って壁に体当たりを繰り返していたら、アスフォデルからお叱りを受けたために、城の外に向かっているのだった。

「ふふふ……今回の薬は大成功ですぞ……」

 通りかかった一室の中から、不気味な笑い声が漏れていた。

 声の主はアスフォデルである。彼は実験室に引きこもり、実験やら何やらしている。シプレは彼のする行動に対して全く理解はしていないため、興味もない。

 よって、いつも通り素通りをしようとしたとき。

「イフの時より更に強力なものだぞ、これは……」

 喜びを隠せない彼の独り言に、しかしシプレは足を止めて息を殺した。

(イフ? どういうことだ?)

 生きてきた中で一番かわいがっている人物の名前に、シプレの心は不安に突き動かされる。そこで黙っていられる性格でもなく、シプレは正々堂々とその扉に手をかけた。

「うわあ、なんだ」

「おっと」

 その扉が開いたのは同時だった。

 白衣をずるずると引きずった小柄な彼が登場する。

 ぶつかりそうになるのを、お互いが驚き立ち止まったことで事なきをえた。

「なんだ、ぼうっと突っ立って。危うくぶつかるところだったぞ。お前にぶつかったらわしなぞ吹っ飛ぶのだから、気をつけい」

「うむ、すまん」

 素直に謝るシプレに、アスフォデルは優越感に浸った顔を向けた。

「おぬしのような脳筋と違ってわしは忙しいのだ。ほれ、退け退け」

 シッシ、と虫を払うようにアスフォデルは部屋を出た。

「ううむ……」

 さきほどの独り言に対して言及したい気持ちがまだあったが、しかしシプレはその疑問を飲み込んでしまった。

 己の中にある、嫌な予感を確かめたくなかった。

 いつもなら、もやもやしたことなどすぐに解決させるか忘れるかの彼だったが、今回はそれをしなかった。

 己のことならすぐにでも解決できるのだ。しかし、イフのこととなると慎重になる。

 何故なら、彼の繊細さを知っているからだ。今まで、ずっと守ってきた存在だからだ。

 その思いの強さが故に、シプレはアスフォデルの背中を無言で見送った。

「判断に迷うというのは、修行が足りんということだ!」

 己を鼓舞するように、シプレはそう意気込んで、アスフォデルとは逆の方向へ歩き出した。


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