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共闘!土の神殿 第二話

 マルグリットがずんずん進んでいった先を、セトたちはよく知っていた。

 昼下がり。暗雲は相変わらずだが、迷いの森から離れると明るさも取り戻されていく。

 太陽の光が弱く降り注ぐ一軒の家。そこに、白衣姿の見知った男が庭の花に水をかけていた。

 マルグリットはその男を認識すると、立ち止まった。

 リムもラズロも、彼女の心情を思って声をかけなかった。

「っ!」

 マルグリットは突然駆け出す。

 勢いを増して近づいてくる気配に、青年はふと顔を上げる。

 そして、一心に駆けてくる少女を見て目を見張った。

 マルグリットはその勢いのまま彼に飛びついた。

「わっ」

 反射的に彼女を抱き留め、しかし体格の細い彼はそのまま少女とともに倒れ込む。緑色の髪がふわりと青年を包んだ。

「きみ、は」

 背中を強打して苦しさに顔をゆがめながらも、自分を押し倒した少女の顔をよくみる。

「イディカ、イディカ……!」

 マルグリットは名前を何度も呼び続け、深緑の瞳からは涙を流した。

 イディカはそんな彼女の様子に驚きながら、やがてその寂しさを受け止めるために、そっと彼女の頭を撫でた。

「久しぶりだね、マルグリット」

 マルグリットは応えるように、イディカをぎゅっと抱きしめた。


「あの時も思ったけど、貧弱だよね」

 泣きはらした顔でいながら、マルグリットは鋭い言葉をイディカに放つ。

「きみの勢いが尋常ではないんだ。多少は大人しい淑女に生育していると期待したが、どうやら幻想でしかなかったらしい」

「人間でも男なんだから、女の子の一人や二人くらい抱えられる強さを持つものだと思ってたのにな!」

 痴話喧嘩のようなものを目前に繰り広げられ、リムは苦笑した。

 イディカの家に再び招かれ、ラズロの煎れたお茶が机の上にのっている。

 二つの椅子はマルグリットとリムによって占領されていた。イディカは研究机の椅子に座って、マルグリットに毒を吐いている。

 再びセト、ラズロは立ったままである。

「しかし多忙だね。あれから一日しか経過していないのに、もうその、風の宝玉? というものを入手したのか」

「イディカさんと別れてから本日で二日経過しています。不躾な質問ではございますが、イディカさん、寝てます?」

 ラズロはイディカの不養生を見逃さなかった。自分が口を滑らせたことに気付いたイディカはそっと窓から森を眺める。

「今日もいい天気ですね」

「暗雲は相変わらずですが、そうですね。そのいい天気は私たちと別れてから何回目ですか?」

 ラズロはどこまでも追いかけてくる男だった。

「……」

 イディカは黙った。

 そしてリムに助けを求めるようにちらちらと視線を送る。

 それを受け取ったリムは、自分が頼られていることに顔をぱっと明るくさせ、やがて任せなさい、といったように頷いた。

「ラズロ、いくらイディカさんと友達になったからといって、そこまで言うのはむしろお母さんですよ」

 と、注意をした。

「リムさま、いろいろとずれたご意見痛み入ります。しかし、せっかく生活習慣をあの短期間で矯正したと思いましたのに……部屋もすでにこの有様でして。私は少々怒っていますよ」

 ラズロの述べたとおり、はじめて訪れたときほどではないが、家の中は荒らされたように物が晒されている。

「きちんとそれぞれの物の住所を決め、本来の置き場所、というものを設けましたのに……何故このようなことになるのですか」

 ラズロは怒っている、と言いながらにっこり笑う。

 それにイディカと、そしてセトが青ざめた顔をした。

 姉も極限まで怒っているときにはああいう顔をする。フラッシュバックが止まらない。

「し、仕方ない。いろいろ研究していたんだ」

「研究熱心なのは良いことですが、貴方が倒れてしまったらどれほどの損害があるか、ご自身で計算はできないのですか」

「わ、わかってるそれぐらい! でも、おまえたちが帰ってくる前には解読しなきゃいけないと焦燥していて……!」

「解読?」

 ラズロは首を傾げた。

「お母様の手帳のことですか?」

「違う。実はもう一つ、手帳を発見して……」

 イディカはそういって、机に置いてあった手帳を見せる。

「これはラズロが片づけにくいと収集した物の中から見つかった。どうやら何かに埋もれていたらしい」

「イディカの物の管理が杜撰なことを公開しなくていいから。で、それはなんの手帳なの?」

「中身はこれだ」

 そうして、手帳を開いて見せる。

 その内容に一同は目を見張った。

「こ、これは……!」

 セトが驚きのあまり思わず声をあげ、そして手帳を指さす。

「全く読めん。なんて書いてあるんだ、リム?」

 セトは今はリムから読み書きの勉強をしている。しかしあまり座っていることができないセトには教育が進んでいない。

 そして、それを教えるリムにすら、その手帳は読めない。

 なぜなら。

「これ、お母さんの手帳……!?」

 マルグリットが椅子から立ち上がってイディカから手帳を奪い取る。

「そう。どうやら君のお母さんのものらしい。妖精の言葉で書かれているから、翻訳に時間がかかった」

「その内容はどのような?」

 リムはイディカに尋ねた。

「土の神殿の在処が記されていた」

「ほんとか!?」

「あぁ。その他にも、喉の痛みに効果的な薬草の種類や、寝付けない時にすると良い呼吸法、思考の整え方などーー」

「土の神殿はどこにあるんだ!?」

 セトがイディカの言葉を遮る。

 イディカは自分の話をじゃまされて若干不機嫌そうな顔になるが、

「ここから北にある砂漠に隠されている、と記載されていた」

「砂漠……王都からも見えますね。砂嵐がひどくて、どういった地形になっているかは視認できませんが」

「よし、早速行こう!」

 セトの言葉にリムとラズロが頷く。

 マルグリットは手帳を大事そうに持ったまま、イディカを見つめた。

 何か言いたげな彼女に、イディカは優しく微笑みかけた。

「持って行ってくれ。それは君に返すべき、と、ぼくは考えていた」

 マルグリットは自分が何も言っていないのにイディカから返事が返ってきたことに驚き、そして照れたように笑った。

「じゃ、行こっか」

 マルグリットはそういって家を出て行こうとする。

「え、イディカさんともっと話したいことがあるんじゃないんですか!?」

 あまりにもあっさりとしているので、思わずリムが立ち上がって制止した。

 マルグリットは振り返り、きょとんとした。

「いや、べつに特にないけど……強いて言うなら、部屋片づけなよ、かな」

「もっとほかにあると思いますけど……」

 何も言わず真っ直ぐここを目指していた彼女から出てきた言葉とは思えない。

 セトはまあ、そういうことなら、と家を出て行く。ラズロもそれに続いて出て行きかけたところで足を止め、

「次に来るまでに片づけておいてくださいね」

 と振り返らずに鋭く言い放った。

「承知した……」

 イディカは小さく怯えたように返事した。

 残されたリムは、何故か進もうとしないマルグリットの顔をのぞき込む。その表情に、リムははっとした。

 彼女は、何か我慢するように顔をこわばらせ、唇をきつく結んでいた。

この少女の中でたくさんのいろんな感情が渦巻いていることに気付いたリムは、優しく彼女の背中を撫でる。

「えっと……」

 マルグリットは困ったようにリムを見た。

「久しぶりに会えたんです。心の中には、いろんな言葉がありますね」

 柔らかく教えるように、リムは言った。

 マルグリットはその言葉と、背中の温かさに押されて、ばっと振り返りイディカを見据えた。

「あのね、あたし、まずは謝らなくちゃって思って」

 つっかえながらも、マルグリットは言う。

「だってあの時、あたしが魔法を勝手に使って、村のヒトを怖がらせた。あとで、イディカたちが勘違いされるって、イディカたちがいじめられることがあったらどうしようって思って」

 イディカは彼女の必死の訴えに、優しい眼差しを向けて黙って聞いた。

「ずっとイディカはあたしのこと嫌いになったんじゃないかって怖かったの。でもね、あなたが村の人を助けた、って聞いて、臆病だけど、あなたの優しさを、勇気を知って……あたしがここにいられる理由も、それがきっかけなの。イディカ、あなたはあたしの大切な人なの」

 マルグリットは涙を流しながら懸命に言葉を紡ぐ。ぼろぼろと泣きはじめて、言葉もうまく出なくなり、マルグリットはもどかしさに俯いた。

 イディカは立ち上がり、彼女に寄り添う。

 隣にいたリムはそっと彼女から離れた。

「ぼくもきみをずっと想っていた。マルグリット、あの日会ったときから、きみはぼくの勇気だ」

 イディカはそっとマルグリットの両手をとる。

 その温かさに、マルグリットはわんわんと泣き続けた。


「とにかくその汚部屋をなんとかすることね。あと、ちゃんと寝てきちんと食べること。食欲がなくても水分はちゃんととって。あと外の空気もちゃんと吸うことよ。村のヒトともお話しすること、面倒くさくても、怖くても!」

 散々泣きわめいたあと、出発の時になるとマルグリットはくどくどとイディカに別れの説教を垂れる。

 ラズロに言われたときは不服そうだったが、彼女に言われると仕方ない、といったようにはいはいと優しく笑いながら受け止めていた。

「ちゃんとするのよ。次にあったときに餓死ししてたとか、物に埋もれて孤独死してたとかだったら容赦しないからね」

「うんうん、分かったよ、分かったよ」

 そういえば、とイディカは思い出したように宙を仰ぐ。

「マルグリットがここに訪問する、ということは、祖父にはきちんと話をしてきた、と判断しても? また隠れて妖精の国を抜け出してきたなど……」

「あーあー、それね! うん、ちゃんと話してきたよ! おじいちゃんと! ちゃんと話して、事情を説明してこっち来たから!」

 いろいろ世話焼きなことを言った自分が家出してきたなどとはいえず、マルグリットは必死に言葉を選ぶ。確かに嘘は言っていない。

「そうか。じゃあ良かった。ラズロ、リム、それにセト、マルグリットをどうか宜しく」

 のほほんとした雰囲気でイディカは三人に丁寧にお辞儀した。

「マルグリットが絡むとこうも態度が変わるのか……」

 人間嫌いを拗らせた彼とは思えない対応に、セトは目をむいた。

「素敵な絆ですね」

 リムはほわほわした気持ちで二人を見守っていた。

「じゃあさっさと行こう! 早ければ早いほど良いんだからね! 個人的にそう思う!」

 そういってマルグリットは率先して歩き出す。

 リムは彼女の慌て様を可愛らしいと思いながらその背中に続く。セトもリムの隣についた。

 ラズロはマルグリットを見つめるイディカに微笑みかけた。

「また来ます。次に来たときは、王宮で働く際の契約書等を持ってきますので、考えておいて下さいね」

「まだその話生きてた……」

「あなたのような人材は何人居ても困りはしませんので」

 ラズロは言って、三人を追いかけた。

 イディカは空を見上げる。

 あの四人が、必ずこの暗雲を晴らしてくれる。

 青空のもとでなら、城で働くのも悪くない。

 イディカはそんなことを思って一人微笑み、玄関の扉を閉めた。


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