咲き乱れ!風の神殿と真実の愛 第六話 ☆
自分の足下に広がる花々を眺め、守護神の心は柔らかく、優しく風に吹かれていた。
自分がこうして花を愛しいと思えること。この景色が美しいと感じられることが、嬉しかった。
風車がまわる音が聞こえてくる。
この神殿にはもともと風車もなければ、ここまで自然もなかった。
それは、まだ彼が体も、心さえも持っていなかった頃。
彼は実体を持たず、魂があるだけだった。
風の宝玉を守るためだけのために生まれた彼には必要性を感じなかったのだ。時に風になり、時に露草となり、様々な形をとって暮らしていた。
ある日、新しい巫女が現れたとき、彼は彼女を、美しい、と思った。
彼女との最初の会話はこうだ。
「はじめまして。今度からあなたの世話をする風の巫女だよ。それにしても簡素なところだね。守護神さまも、ふわふわしていてつかみ所がない。不便じゃない?」
「……」
そもそも、感情がない彼に話しかける巫女も珍しかった。さらには失礼なことを言う人など今までに存在しなかった。
彼女の横暴でありながら、素直な言葉に、不便、という言葉に、彼は首を傾げたのだ。
その、首を傾げる、という動作も、自分の中では不思議だった。
感情がない。
それでも疑問を感じ、さらにそれに連なり不思議を感じる。その不思議さに、さらに不思議を感じる。
感情というものがはじめてわき上がったとき、彼は、好奇心を知った。
「あたしがあなたの体を作ってあげるよ。この神殿も、もっとすてきにしよう」
彼女は厚意というよりは悪戯な子供のような顔で、そう言い放ったのだった。
巫女は彼に機械の体を用意し、原動力の電気を手に入れるために風力を利用する、といって神殿に、勝手に風車をとりつけた。
やがて自分の体を手に入れた彼は、様々な物に触れた。やわらかな花びら。冷たい露草。見えないのに、確かに感じる風。
それらに律儀に驚いたり興味深げに観察する姿を見て、巫女は肩を揺らして笑った。
「面白いでしょ。神殿の外にはもっと面白いものがたくさんあるよ」
「巫女ハ、それを知っていル?」
「もちろん。神殿の外にはあたしたちの里があって、さらにその向こうには人間の住む世界があるんだよ」
「人間……」
想像の範疇を越えた単語に、首を傾げた。
「今度連れてきてあげるよ。人間の友達が一人いるんだ。ずっと研究ばっかで部屋から出てこないんだけどさ」
「友達」
うん、と巫女は嬉しそうに頷いた。
彼は思った。
彼女が嬉しそうにすると、自分も嬉しい。
隣で笑う彼女を見て、その感情を知る。
嬉しい気持ちを伝えたくて、彼は彼女の頭を固い手のひらで撫でた。
「わわわ、なんだよなんだよ」
「嬉しい気持ちをあげタ」
「なんで急に嬉しくなったの?」
「……さァ?」
彼は首を傾げた。その気持ちは、彼女とはじめて出会ったときとよく似ているけれど、もっと深く、心の奥底から芽生えていると思った。
やがて、ある日。
代変わりの時がきた。
彼女が連れてきたのは幼い子供だった。
「この子はマルグリット。次の巫女だよ」
「守護神さま! はじめまして!」
マルグリットは元気に挨拶をしてくれた。
勝ち気そうな顔が彼女によく似ている。小さい子供に、守護神はゆっくりとした動作でお辞儀をした。
「これからは守護神さまの話し相手をマルグリットがするよ」
「巫女、は、もう来ない?」
寂しそうに問うと、巫女は困ったように微笑んだ。
「お父さんには内緒なんだけど、うーん……あたし、里から離れようと思ってね」
「離れル……」
「そう。もっと広い世界を見たいんだ。今の妖精族の風潮は、あたしはやっぱり好きになれない。一緒についてきてくれる友達もいるしさ」
「……そウ」
なんと言葉をかけようか迷った。
しかし、ある一つの思いがただひたすらに強く、行かないで、という言葉は自分には言えないことが分かり切っていた。
やがて意を決したように、巫女の手を優しくとって言った。
「おりは、巫女のことが大好キ。だから、巫女の応援する。これハ、真実の愛。巫女がくれた心が、おりに素敵を見せテくれた。だから、もっと素敵を、巫女にも見てきてほしイ」
そっと手を離すと、巫女の手にはいつの間にか一輪の花が握られていた。
「これは……」
水色の花弁の、小さな花だ。
「前に言ってタ。水の町の花。巫女にあげる。おりの気持ちを表した」
水色の花を見つめ、巫女はうるんだ瞳を細めて笑った。
「モテる女も、罪だねえ」
「久しぶりに会えて、おり、嬉しイ」
「わしもじゃ。しかし、おぬしに嬉しい、という感情があることがとても不思議じゃの」
「おりも不思議だっタ。でもそれ、随分昔の話。今は、当たり前」
誇らしげに胸を張る風の友に、そうなのか、とそれでも首を傾げるフラム。
「しかし、わしの神殿と違ってまたここも良い場所じゃな」
「先代の巫女と作っタ。風車とりつけタ、お父さん激おこ」
アワワ、と昔のことを思い出して怯える風の友。
「先代の巫女……マルグリットの母親じゃろうな。人間と交流をしていたくらいじゃ。破天荒な人だったのじゃろうな」
「世界で、一番、美しイ人」
「……」
るんるんと語る風の友のその一言に、フラムはすべてを理解したように口をつぐんだ。
「……おぬしに心が芽生えたのは、愛という魔法がかかったからじゃろうな」
「愛。真実の愛。おりは、もう、知っている」
「そうじゃな」
「だから……」
風の友は空を仰いだ。
風が通り抜け、花の香りが神殿を包んだ。
「マルグリットを、よろしク」
「あの巫女を、か?」
「そう。マルグリットも先代と同ジ。外に出たい気持ちが大きイ。どうか、連れて行ってほしイ」
「……」
「これも、真実の愛。雛鳥は、飛び立つ。彼女がどこまでも飛んでいけるよう、おりは此処で風を運ブ」
「……あぁ、任された」
フラムは短く言って、風の友と同じ空を眺めた。
天井の隙間からのぞく暗雲は流れていく。いつしかその雲が途切れ、青空が現れることを、彼らはそれぞれの心で想像した。
あたりの静けさが、小鳥の声に呼び覚まされ、薄く明るくなってきた頃。
約束の通り、セトたちは里を出て行くことにした。
「もっと長くいたかったけどなー」
物珍しい機械や技術に興味津々だった彼を二人で引きはがし、ようやくの出発となった。
「今回の件で少しは警戒は緩みましたが、発端の事件の解決はなされておりません。未だ、厳しい目で妖精たちに見られていたことに気付かなかったのですか」
「話しかけたらふつうに返してくれたじゃん」
「貴方の社交性は尊敬に値しますけど……」
何を言っても自覚がないらしいセトに、ラズロはそれ以上は言葉を続けなかった。
「見送りがわしらだけで失礼かと思われるだろうが、仕方のないことだと承知していてくれ」
長老が里の入り口でそう詫びた。
「いいえ。これが和平の最初の一歩になるのだと思います。長老様、お世話になりました」
リムが深く頭を下げた。
長老の傍らにはブルーベルだけしかいないことに、フラムは首を傾げた。
「マルグリットさんはどこでしょう。彼女にも、お別れを言いたかったのですが」
リムもそれに気付いていて、長老に尋ねると、むむ……と言いよどんだ。その様子に首を傾げていると、
「ちょっと待って!」
と、どたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。
現れたのは、長い髪を一つにまとめて、神殿の時の装束とは打って変わって動きやすそうな服装に着替えたマルグリットだった。
「あたしも一緒に行く!」
何を言われても聞かないような、はっきりとした口調だった。
「マルグリット……」
長老は頭を抱えていた。
「昨晩も言ったが、それはならん。だいたい、神殿はどうするのじゃ」
「それはブルーベルに任せるって。ブルーベルも、いいよね!?」
「お姉ちゃんのお手伝いをしてたから、だいたいは知ってるけど……」
「じゃあ大丈夫だよ! それに、守護神さまは優しいから大丈夫! あたしがいなくてもぜんぜん大丈夫!!」
と、無理矢理押しつけ、セトの隣に立った。
「マルグリットも来てくれるのか?」
「もちろんっ。外の世界に個人的に興味あるし! こんな閉鎖的なとこにいたら脳味噌腐っちゃうよ」
だいぶはっきりしたことを言いますね、とラズロは苦笑した。
「それはもう昨晩話し合ったではないかっ。母親に続き、お前まで里を出て行くなど……!」
「ブルーベルから聞いたらおじいちゃん、あたしが風の神殿にいるの分かってて助けに来てくれなかったじゃん! そんな人の言うこと、あたしは聞かないからねっ!」
「うぐっ……」
今までしてきたことが完全に裏目にでている。だいぶ分が悪そうだ。
「ですが、長老様も本心では心配していたから、わたしたちを貴方の元へーー」
「世間体とか気にして孫を見捨てたりする!? 守護神さまだって危なかったんだから!」
「うぐ……っ」
助け船を出したリムさえも撃沈した。
「あたしは運命だとかあるがままにだとか、そんなものには従わないっ。あたしはあたしの勇気を信じて進むんだ!」
と、言ってくるりと踵を返し、森へと進もうと歩み出す。
「ま、俺はその考え方好きだから歓迎だぞ」
じゃあな、じいさん! と手を振り、セトはマルグリットに続いた。
先を進む二人を見つめて、ひとつため息をつくと、ラズロは何も言わずに可憐にお辞儀をして追いかけた。
「あの、すみません……っ」
気まずさに取り残されたリムは空気に耐えられず頭を下げた。
「まあ、こうなるとは薄々感じておったわい。しかし、別れ際も母親そっくりじゃ……」
「リムさん、お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします。それと、イディカさんにも、私は元気なことを伝えてほしいです!」
がっくりとうなだれる祖父を傍らで支えながら、ブルーベルはしっかりと挨拶をした。
リムはもちろんです、とうなずき、二人に再び深く頭をさげたあと、セトたちを追いかけ金色の髪をなびかせた。




