咲き乱れ!風の神殿と真実の愛 第四話
「止めをさされるところじゃったわい」
「大変申し訳ありません……!」
ベッドで休む長老に、深々と頭を下げるリムとラズロ。
「あの世に進みかけておったが、小僧への怒りで戻ってきてしまったようじゃ」
「妖精も怒ることあるんだな」
「瀕死の状態であのような扱いをされれば流石に怒るわ!」
ゴツ、と手元にあった杖でセトの頭をこづく。
「あでっ。おい、これ以上頭が悪くなったらどうするんだ!」
「頭が悪い自覚はあるのじゃな……」
リムが治療し、長老の怪我は回復した。念のため安静にしている長老の目前に、フラムが飛んできた。
「して、長老殿。現在風の神殿に魔王軍がいるようじゃな。このままでは再び、妖精の里も危険に晒される。おぬしはどうするつもりじゃ?」
厳格な瞳で見据えて問う。
長老はふむ、と腰をさらに曲げた。
沈黙を保つだけで、何か言葉を発する様子はなかった。
「思うに、長老殿だけでなく、妖精族にもそれぞれ心があるじゃろう。家族を思う気持ち、里を守りたいという気持ち。あるがままに何も動かさず、何も行動しない。それも結構。しかし、おぬしらは人間との交流を拒絶し、距離を置くことをその心で選択している。物事が通り過ぎるさまを眺めるだけではままならないのだろう。その気持ちや心を、本当に今のこの状況でもないものといえるのか?」
ブルーベルが姉が心配だと言ったこと。長老の元へ駆けつけたこと。妖精族が、セトたちを取り囲み警戒したこと。長老がセトに怒ったこと。
「すべての物事がおぬしらの心を突き動かす。運命に抗って。運命など見限って。魔法を使えるおぬしらに、運命に従うまで、という風習は似合わんよ。何故なら、何かを変えたいという強い思いがなければ、魔法は使えぬからじゃ」
落ち着き、優しい声色でフラムは言い放った。
その言葉に、長老はただ静かに、ふむ、と頷いた。そして、セトとリムを見、リムの手をとった。
「どうか、風の守護神さまを助け出してほしい。巫女であり、わしの大事な孫でもあるマルグリットとともに」
確かな意志のもと、長老は二人に頼んだのだ。
セトが上からがしりと長老の手を包み込み、言い放つ。
「もちろんだ!」
妖精の里を囲う森の中に、風の神殿が佇んでいた。
火の神殿と同様、石造りの神殿に加え、ところどころ大きな風車が取り付けられている。静けさを纏い、風が止まっている現状では、風車は全く動かない。
「火の神殿とは違って、なんだろ……嫌な感じがする」
セトが警戒に満ちた表情を見せた。
「アスフォデルがいる、と言ってましたね……」
「機械を操る研究者のようでした。他にも魔物がいる可能性があります。警戒して進みましょう」
三人と一匹は神殿へと入っていった。
冷たい空気が頬を撫でた。欠けた天井から僅かに入る光。ふわふわとした感覚に、セトは足下を見る。
「葉っぱ生えてる」
「火の神殿とは違うの。微かに湿気もあるが、この僅かな光だけでこれだけの植物が根付くのは不思議じゃの」
フラムが興味深げに眺めた。
「フラム的には他人の家を見るみたいな感じなの?」
「他人というほどでもないが。風の守護神とは過去に会ったこともあるぞ」
「そういえば、それぞれの守護神と会ったことある、って言ってたな」
「風の友は自分の体を持たないやつでの。今はどういった姿をしているかは知らんのだが」
「自分の体を持たない……? かっけー!」
なんとなくのニュアンスのみで、セトがどう想像しているかはフラムには分からず、怪訝そうな顔をした。
と、拓けた場所に出た。
「風の神殿ってみじけえ!」
セトの声が広間に反響する。
その声に、広間にいた人物がそれぞれ三人を見た。
「おぬしら、まぁた邪魔しに来おったのか!!」
カッ、と怒号が飛んできた。しわがれた声に導かれると、そこには白衣をずるずる引きずったアスフォデルがいた。その奥に、手を後ろにまわされ、拘束されている妖精の少女がいた。
「あなたたちは……?」
勝ち気そうな顔立ちだが、今この状況では非常に弱々しく、不安に染まっている。彼女がおそらくマルグリットだろう。長い緑色の髪を乱し、明らかに疲弊しているように見える。
「シプレもあの人間も、使えん奴らだ! しかしまあ、いいだろう。ちょうど完成したところだ!」
傍らに座り込んだ機械を撫で、にやりと笑い離れた。
ガガガ、といびつな動きを繰り返しながら、機械が立ち上がる。
「守護神さま……?」
マルグリットが不審そうな顔でその機械を見上げた。
「壊ス……壊ス……!」
ノイズが混じりながら、地を這うように低く、ぽつぽつと言葉を発していた。
「守護神さま、どうなさったのですか!?」
「ガガガガ……!」
マルグリットの声は守護神に全く届いていない。ただ、明らかな敵意を放ち、セトたちの前に立つ。
「あなた、守護神さまに何を……!?」
「宝玉を明け渡すよう細工するつもりだったが、これだけ精巧な機械に興味が沸いた。わしの芸術作品の一つとして役に立ってもらおうじゃないか」
高らかに笑う。
「っ、どうしてそんな残酷なことを……! 守護神さま、目を覚ましてください!」
マルグリットが力の限り呼びかけるが、守護神はその豪腕を振り上げ、セトたちに攻撃をしかけた。
三人はそれぞれに散らばり、叩きつけられた手を避ける。
衝撃にリムがふらつき、地面に手をついた。それを見逃さず、守護神はリムに顔を向け、掴もうと差し迫る。
「っ!」
体勢を崩し反応が遅れたリムは強く目をつむった。
しかし、ふわりと自分の体が浮くような感覚にはっとして目を開くと、セトの腕の中に収まっていた。
守護神から距離をとった場所におろされる。
「ふー、危ねー」
額を拭いながら、ほっと息をつくセト。
「あ、ありがとうございます」
「おう」
セトが短く応えると、すぐさま腰の剣を抜き、守護神に向けた。
「前に会った機械と同じ仕組みなら、倒し方は知ってるもんな」
未だ耳に、そして視界に残る一閃の雷豪。リムは強く頷き、
「では、任せてもいいですか」
「もちろんだ」
と、セトは当たり前のように即座に返事をする。
リムが守護神から更に距離をとり、集中を始めた。
「ラズロ、時間を稼ぐぞ!」
「心得ました」
ラズロも流れるような手つきで剣を抜く。
守護神が今度は両腕をあげ、両手を結んだ拳をラズロに振り下ろす。それをギリギリで避け、傍らに留まる手首に剣を振りかざす。
ガンッ、と容易に弾き返された。
「……」
想定していたとおり、物理での攻撃は無意味に等しかった。
(時間稼ぎに徹底しましょうか)
以前の自分ならば、その選択は決してしなかった。ただ、今は。
彼女に任せられると知っているのだ。
二人は守護神との戦闘に集中していたために、ある人物がその場にいないことに気付かなかった。
リムも、集中に集中を重ねていたために、自分に近づいてくる影に気付かなかった。
「やめて!」
「きゃっ」
リムが衝撃に、誰かと倒れ込む。
さらりと覆い被さる小柄な体躯と緑色の美しい髪。
「守護神さまを傷つけないで!」
必死に訴えかけるのは、巫女であるマルグリットだった。
「で、ですが、なんとかして止めないと……!」
「それは分かってます! でも、こんなのだめ! 傷つけないで!」
「……」
マルグリットは涙を流していた。
リムは起き上がり、その表情を苦しそうな顔で見つめた。
「本当は優しい子なんです。こんなの絶対にだめ……」
足下に広がる柔らかな草たちに、ぽたぽたと涙が落ちる。
「ですが、一体どうすればーー」
「カッカッカ! これは良い! わしの真の傑作じゃ! 仲間うちで戦わせるこの残虐性! 美しい芸術じゃ!」
アスフォデルが遠くからあざ笑う声が聞こえた。
それを合図に、守護神の周囲の空気が一変した。
「ガガガガ……!」
全身をふるわせ、力をためているように見えた。
神殿全体が淡く光り出す。
「これは一体…?」
「風力で作った電気を溜めてる……! 守護神さま!」
「ちょっと!」
マルグリットは駆け出し、風の守護神の目前に躍り出た。
うずくまり、周囲から注がれる力にひたすら耐えているように見えた。
(これは守護神さまの意思じゃない……!)
高笑いをするアスフォデルを睨みつけ、守護神に呼びかける。
「守護神さま、どうか目を覚まして! お願い、誰も傷つけないで!!」
声を張り上げ訴えかけるが、守護神はとまらない。
「っ」
ついにマルグリットはその体に体当たりするように飛びついた。
「お願い、お願いだから、そんなことしないで……!」
マルグリットの瞳から涙が零れる。
そして。
守護神はけたたましいうなり声をあげて両腕を地面へと振りかざした。
巻き起こる旋風に、一同しゃがみこみ、目をつむった。
耳の奥にまで侵入する風の音に、セトは奥歯をかみしめた。
やがて、風がやみ、静けさが残る。
「……ん?」
セトが目を開くと、地面の柔らかくかわいらしい花々と目が合った。
香しい匂いが鼻をくすぐる。
「なんだ?」
ガバッと顔をあげ、リムとラズロを探すと、彼女らも同様、ぽかんとした顔をしていた。
「守護神さま……?」
マルグリットの声が響いた。
中央に佇む守護神は、力つきたように動かない。
「大丈夫か!?」
セトが駆け寄ると、マルグリットは何かに気付いたように怪訝そうな顔をした。下からのぞき込むと、守護神は、
「グゴー」
と寝息を立てていた。
「寝てる……?」
力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
「その身に宿した電気を一面の花畑で昇華したようじゃの。風の友は、内の確かな自我を失っていなかったのじゃろう」
ふわりと守護神の頭におりたち、優しい瞳で彼を見下ろす。
「そう……そうなの……」
マルグリットは安堵の涙を流しながら、守護神の体に頭を押しつけた。
花は柔らかく風に撫でられてそよぐ。神殿に入り込む朧気で、確かな光に、マルグリットは嬉しそうに目を細めた。




