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はじまり!勇気の物語 第二話

「ほんとにこのまま丘に行って大丈夫なのか……?」

 楽観的な性格のセトでさえ、つい不安を漏らしてしまう状況だった。

 村に隣接しているプルミエ森を歩きながらセトはため息をついた。

「まあ、毎年こんな感じでやってんだろうな」

 セトは渋々歩みを進めていく。

 この森は本来は動物が多い。狩人として生計を立てているセトの仕事場でもある。一応家に戻って仕事道具も持ってきたが、無意味な殺生はしないこと、と姉からの忠告を受けている。いざ獰猛な動物に会ったら逃げようとは思っているが。

「思ってるんだけど……」

 何かひっかかることがあるようで、セトは歩みを止めた。

 体感的に森の中心あたりにきているだろう、周りには人の気配はない。

「でも、動物もいない……?」

 セトは一人首を傾げた。

 森に入れば何かしら自分以外の生物が木の葉を揺らすのが視界に入ったり、音で感じ取ったりはする。しかし、今日はそんな様子が一度たりともないのだ。

「不思議なこともあるもんだ」

 セトは楽観的な性格である。

 こんなことではあまり警戒はしないのである。

 丘を目指す足を動かした。

 と、そのとき。

 急速に誰かが近づいてくる音がした。

 明らかに人間が近づいてくる。

 セトは気配のする茂みを振り返った。

 そこから出てきたのは。

「人……ッ!?」

「女の子?」

 金色の髪を振り乱し、必死にこちらに走ってくる少女だった。

 少女は目を丸くしているセトの目の前まで駆け寄り、

「ここは危険です、即刻逃げてください!」

 幼さが残るが鋭い声で訴えた。

「えっと、あんたは……?」

 紫色の瞳は鬼気迫る必死さが窺える。少女に気圧されて、セトは困惑するばかりだった。

 村ではみない顔だ。どこから来たんだろう。

 セトは目を白黒させた。

「わたしはあちらに行きます、貴方は反対方向へ!」

 少女は強く言い放ち、言い終わると長髪を翻してすぐに走り去った。

 セトは少女が向かった先を見、その反対方向を見た。

「あっちは来た道なんだよなあ」

 戻るのもなあ、などと暢気に思案し、また少女が向かった先を振り返る。そして気付く。

「あっちの方向って……」

 セトはこの森の地形を熟知している。少女が何かに追われているというのなら、あの先は……

「止めなきゃ」

 迷いなく、セトは走り出していた。もちろん、少女を追いかけて。

 地面には薄く少女の足跡が残っている。視界の端で確認しながら、セトは身軽に木を避けながら進んでいく。走りつつ、セトはもう一つの不審感に気付いた。

(動物じゃない……何かが近くにいる)

 動物特有の生命にあふれた存在感とは違う、冷たい薄氷のような、自然の流れとは異なる何かがいる、とセトは思った。

 茂みから躍り出ると、右手側に少女の姿を間近に捉えた。

 がちりと視線が合う。少女は突然現れたセトの姿に目を丸くしていた。

「どうしてここにーー」

 少女は言い掛けて、大きく体制を崩した。

 セトは素早く身を翻し、倒れかかる少女の手をとる。

 白く細い彼女の手を握り、そのまま力強く引っ張って彼女を抱きしめた。

「あ、あぶね〜」

 セトは少女を抱えたまま大きく安堵のため息をついた。

 少女が立っていた場所を見ると、足場が崩れていた。彼女の背後は崖だった。

 大きな川が谷底では流れている。このあたりは足場が崩れやすい為、セトが近づかないようにしている場所だ。

「大丈夫?」

 セトが声をかけたが、少女は力強くセトの胸を押して離れた。

「何故こちらにーー早く逃げてください、貴方を巻き込むわけにはいかないのです」

 困ったような怒ったような表情の少女は頑固にもそう言い放った。

 セトも困ったようにかける言葉に詰まっていたが、背後の気配に瞬時に振り返る。

「な、んだ、あれ」

 セトは思わずつぶやいた。

 先ほどから感じていた、動物ではない何かの正体がそこにいた。

 鋭い金色の瞳を怪しくきらめかせた、人型の生物だった。肌が影のように黒く、手には錆びた剣を持っている。頭部はセトもよく知る動物に似ている。

「お、おまえ、ラタローんちのユキちゃん……!?」

 ラタローとはヤッギーナを飼っている近所の家の子だ。ヤッギーナとはどこを見ているか分からない金色の瞳に角が生えた白い毛色の動物だ。つまりは山羊だ。セトは毎朝じゃれて遊んでくれる彼のヤッギーナ、ユキちゃんに似た人型のそれに衝撃を受けた。

「見ないうちに立派になって……っ」

 涙ぐみながらセトは言うが、ユキちゃんに最後に会ったのはつい今朝方のことである。

「あれは魔物です! 早くお逃げください、彼らが追っているのはわたしだけです!」

 少女は涙目のセトに強く訴えた。

「魔物って、そんなの、今はいないんじゃ……」

「とにかく! 早く逃げてください!」

 しかし、セトは素直に少女の言葉に従う気にもなれなかった。

(この子は追われているんだ)

 そう思ったが早いか、セトは背負っていた弓を構え、矢をつがえた。

「何をしているんですか!」

「あいつを追い払うよ! なんか、嫌な感じがする!」

 事情は分からないが、困っている様子の彼女を置いては行けない。

「わたしのことはーーッ」

 彼女の言葉を遮って、セトは矢を放った。

 鋭く放たれた矢は魔物の胴体に突き刺さった。

 魔物はその痛みに低く唸りをあげる。しかし特に効果を見せたわけでもなく、容赦なくその矢を引き抜き捨てた。

「効かないのかよ!」

 頭部の印象からどうしてもユキちゃんの面影がちらつく。ヤッギーナくらいなら少し威嚇すれば怯えて逃げるのだが、どうやらそうもいかないらしい。

 魔物は持っている剣をセトのほうに向け、突進してきた。

 後ろは崖だ。下手に動けないセトは瞬時に木の幹に手をかけた。あっという間に木にのぼり、魔物を見下ろして弓を引き絞る。

 魔物は完全にセトしか見えていないようだった。物の考え方は動物に似てるな、とセトは頭の片隅で思う。

「くらえ!」

 言って矢を放ったが、それは剣であっけなく振り落とされてしまう。

 苦い表情をするセト。

 すると魔物はくるりと方向を変え、立ち尽くしている少女を見据えた。

 魔物と視線の合った少女はびくりと肩を震わせた。両手を胸の前で強く握り、魔物を見る。

(あの子を助けるには、これだけじゃだめだ……!)

 不意に、木の葉に何かがあたる音がした。

 先ほどから動きにくいと思っていたセトは、自分が背負っているある物の存在を思い出した。

(今まで姉ちゃんに色々と鍛えられたけど……実際に戦えるか?)

 セトの頭は冷静だった。狩人として生きてきたセトは、無茶や無謀なことは決してしないように教えられてきたのだ。

 しかし、

「ここでやらなきゃ、かっこ悪いな!」

 そう自分を奮い立たせ、すぐさま背中に手を伸ばす。その柄を握りしめた瞬間、それが合図のように足下の枝を蹴った。

 飛び跳ねたセトはそのまま魔物と少女の間に着地した。

「お前の相手はこの俺だ!」

 そう意気込むと、魔物はその挑発にのったように剣を振り上げた。

 セトは柄を引っ張り剣を抜こうとした。

 抜こうとしたのだ。

「って、抜けねえっ!!」

 目をぎょっと丸くさせてセトは叫んだ。

 魔物が振り下ろす力はゆるまらない。セトはとっさに柄をそのまま引っ張り、鞘の部分でその剣を受け止めた。

「大丈夫ですか!?」

 思わず少女は声を上げた。

「だ、だいじょう、ぶ!」

 セトは魔物の剣をそのまま突き返す。魔物はよろめきながら二、、三歩後退し、とどまった。

 思わぬアクシデントに心臓がバクバクしているセトだったが、なんとか魔物との距離をとる。

「あんたは隠れてて!」

 セトは心配そうに見つめる少女に鋭く言った。

「でも、その剣では……!」

「大丈夫、なんとかする!」

 と、言っているセトだったが、抜けない剣を使ってどう対抗しようか策はない。

 表情の固いセトを見、少女は決心したように手に力を込めた。

「時間を稼いでください! わたしも助力いたします!」

 少女は言って、魔物から離れたところに移動した。

「時間、かあ……」

 セトは呟きながら体制を低くした。魔物は明らかに憤った様子で鼻息を荒くしている。セトを標的に変え、また襲いかかってくる。剣を振り上げて突進してきた。

(いつも狩ってるやつらよりは鈍い)

 セトは頭の片隅でそう判断しつつ、魔物の攻撃を軽々と避けた。

 あてがはずれてよろめく魔物の後頭部に剣(鞘から抜けない)を振り下ろす。それは魔物の首筋にがつん、とあたる。

 剣って鈍器だっけ。

 なんて暢気に思っていたが、魔物が半身を伏せた状態からがむしゃらに剣をふりまわしてきた。

「うわ、っと」

 セトは後ろにとびすさり、ぎりぎりのところで避ける。

 魔物の目が赤く光っている。

「ぜ、絶対に怒らせちゃった」

 セトは顔から血の気が引くのを感じた。姉を怒らせたときの感覚と似ていた。

 セトはとにかく距離をとろうと、横目で逃げ道を確認する。

「え?」

 と、視界を戻すと、目の前に魔物がいた。

 気がついたときには既に剣を振り上げていて、避けられる時間もないことに、セトはなぜか冷静に思った。

 そして、振り下ろされる瞬間。

 セトはその姿を目を丸くして見つめていた。

(あ、死ぬかも)

 セトは思った。脳裏には村長や村の人たち、姉の怒った顔と、母の微笑む姿を思い出す。

 しかし、予想した衝撃もなく、セトはおそるおそる目を開いた。

 相手の剣は自分の頭上で止まっていた。

 セトは五秒ほどその光景を見続けて、魔物が動かないことにやっと気付いた。

 不思議な気持ちで魔物の後方を見ると、少女が光に包まれていた。

「え、なに……?」

 セトはまた魔物を見る。すると魔物は黒い煙のようなものを出して少しずつ消えていった。

「で、できた……!」

 少女は言いながらへたりこんだ。

 セトはしばらく呆然としていたが、はっとして少女に駆け寄った。

「大丈夫か? ケガないか?」

 優しく声をかけつつ手をさしのべる。少女は安堵の笑みを浮かべてその手を取って立ち上がった。セトも微笑み返した瞬間、しかし少女はくるりと表情を反転させ、怒ったような顔をした。

「何故、逃げなかったのですか」

「えっ」

「危ないので逃げてくださいと言いました! 何故逃げなかったのですか!」

 少女は手を握ったままセトに詰め寄る。優しい顔立ちの少女だが、その勢いのある怒りにセトはつい後ずさった。

「で、でも困ってたみたいだし」

「それでも、それでも、わたしは!」

 少女はつっかえるように言い放ち、やがて俯いた。

「もう、誰も……」

 繋いでいる少女の手が震えていることにセトは気付いた。力なく呟く彼女の姿に、セトはやっぱり優しい言葉をかけたくなった。

「何かあったの?」

「貴方、怪我をしてる!」

 セトの言葉と少女の言葉は同時だった。セトは少女の視線の先を追い、自分の左手に擦り傷があることに気付いた。

「あぁ、これ」

 魔物の攻撃をよけたときに地面に擦ったらしい。それに気付くと、ヒリヒリと痛みを自覚する。

「たいしたケガじゃないよ」

「すみません、わたしのせいで……」

「いやいや、あんたのせいじゃ」

 と、セトの言葉を遮って、柔らかく白い手がセトの左手を包んだ。

 セトは少女の真剣な眼差しに、口をつぐんだ。

「どうか、もう一度お力を……!」

 少女がぎゅっと手に力をこめると、暖かい光が二人の手に集まってきた。

「え、なにこれ」

 セトはぎょっとして声をあげた。

 その光はすぐに消えてしまった。

 少女が手を離してセトの怪我を見る。怪我は変わらず、血がにじみ出ている。

「い、今のって」

「やはり、こんなわたしでは……」

 少女がしゅんとした様子で自分を責めているようだった。

「心配してくれてありがとな。それだけでじゅうぶんだよ」

 セトは優しく微笑んだ。

 それは本当だった。心の底から心配してくれた彼女のおかげか、痛みはすっかり消えている。

 その言葉に少女は何か言い返そうとしたが、口を開いて何か言いよどんだ後、

「すみません、わたしは先を急ぎますので、これで」

 少女はぱっと手を離すと、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をして駆けていった。

 セトは少女がどうも気になったが、彼には彼女の背中を見送ることしかできなかった。


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