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咲き乱れ!風の神殿と真実の愛 第三話

 長老の家からは煙があがっていた。ブルーベルは顔を真っ青にさせて、扉を開く。

 部屋へあがると、そこには壁にもたれかかりうなだれている長老の姿と、目前に佇む二つの影があった。

「むむぅ、勢いよくノックしてしまったな」

「そもそもそこは窓で、扉じゃない」

 野太い声と、冷たく響く中低音。

 二メートルは超える巨体をどっしり構えたシプレは、その牛頭をのっそりと動かしてセトたちを視認した。瞬間、ばっと腕をあげる。

「よう、坊主じゃないか、こんばんはぁ!」

「魔王軍のおっさん! お前がやったのか、こんばんはぁ!!」

 セトはびし、と指を指しながらもきちんと挨拶を返す。

「いやはや、長老どのに用事があって来たのだが、どうも妖精族の家も脆くてな! 壊してしまったようだ!」

 ガハハ、と笑うシプレ。そんな朗らかな感じであるが、ブルーベルが長老の様子をうかがうと、頭を強打しているのか返事がない。

「おじいちゃん、おじいちゃん……!」

 涙目になって呼びかけるブルーベル。

「すまないことをしてしまったな。しかし、足止めをしろという命令だから、これで良かったのか?」

「謝って済むことじゃねえだろ!」

 セトはふつふつとわき上がる怒りを抑えつつ、剣を構えた。

「坊主らと戦う予定はなかったのだがな。手合わせができるのなら、ぜひ、この間のリベンジといこうじゃないか」

 拳と拳をつきあわせ、気合いを入れるシプレ。

 しかし、その間を不機嫌そうな様子で黙って聞いていた青年が割って入った。長い前髪が目にかかり、その顔に影を落としている。鋭い琥珀色の瞳がセトたちを睨んでいた。

「オレたちの目的は長老だけだ。今頃、アスフォデルがうまく宝玉を手に入れてるだろう。不要な戦闘はするべきじゃない」

 と、言いながらシプレに周囲の様子を確認するよう促す。

 ラズロが感じるに、この家の周辺に妖精族が数名控えている。シプレと青年は完全に取り囲まれていた。

「それは至極残念である。見るからに、坊主は以前より格段に強くなっているのだが……」

「え、そうなの?」

 ふつうに褒められて嬉しいセトだった。

「うむ、あのときより更に強く、堅く覚悟が研ぎ澄まされている。まあ、うちのイフと比べると、まだまだというところだが」

 と、自慢げに口走りながら、ぽん、と傍らの青年、イフの頭に手をのせた。

「このっ、子供扱いするなっ」

 イフは不服そうにその手を払いのける。

「って、そいつ、城にいたやつじゃねえか!?」

「えっ!?」

 セトの言葉に、リムもラズロも目を丸くして黒い装束の青年を見る。

 そういえば、シプレのインパクトが強くて気付かなかったが、よく見るとふつうの人間だ。

「イフと会ったことあるのか、坊主」

「魔法の書を盗んだ挙げ句に、変なあだ名つけて帰ってったやつ!」

 憎らしげに訴えるとイフとはセトを横目で見て、

「あぁ、あのときのボケ脳天気野郎か」

「そう、それ!!」

 イフが嘆息し、セトが喚く。

「これこれ、人に変な呼び名をつけるでない。失礼だろう」

「ふん」

 親のように叱るシプレの言葉さえも一蹴するように聞かない。

「ぐぬぬ……ほんと失礼な奴だな」

 クールぶってるところもムカつく、と歯をギリギリさせるセト。

「貴方はどうして魔王側についているのですか?」

 リムが必死の表情で問いかけた。

 そんな彼女に、冷たい目を向け、口角をあげて応える。

「お前等に教える義理はない」

「こやつにも色々事情があるのだ」

「あんたは黙ってろ」

「そういう乱暴な言葉遣い、やめたほうがいいぞ?」

 ちょいちょい入ってくるシプレのせいで、なかなか緩さが抜けない。

「おっさん、嫌われてんのか?」

 さらにはセトも雰囲気に呑まれて話に乗っかってしまうので、リムもラズロも頭を抱えた。

「どうやら人間には反抗期というものあるらしいので、それじゃなかろうか。しかし、イフは絵を描くのがうまくてな、この間我が輩を書いてくれたようで、その紙がーー」

「なっ、勝手に見るなよ!」

 イフが顔を赤くさせてシプレに食ってかかった。

「よいではないか。なかなか勇ましく剛胆に写してくれて気に入っているぞ。額縁に入れてちゃんと部屋に飾っておる」

「帰ったら燃やす……!」

 イフの執念の呻きに、それさえも意に介さないシプレ。

 ただの親子のような相思相愛ぶりを見せつけられている一同は、毒気を完全に抜かれてしまっていた。

「風の神殿に、アスフォデルがいると言いましたね」

 リムが何か情報が得られないかと、二人に問いかけた。

「うむ、如何にも。回路がなんだの、配線がどうだのちまちました作業が好きな男でな。我が輩は何がおもしろいのかさっぱり分からん」

「おい、こちらの情報を敵に話すんじゃない」

 シプレの緩さに歯止めをかけるイフ。そういうところは抜け目がなかった。

「ボケ脳天気野郎の空気にあてられて、あんたまでボケたら困る」

「緩い空気作ってたのはそっちのほうなんだけど!?」

 あと、そのあだ名そろそろ変えない? と提案するが、ふん、と鼻で笑われてしまった。

「時間稼ぎは十分だ。ボケ能天気野郎、次に会った時、必ずお前を殺す」

「これはイフなりの、次また会おうっていう約束だ。分かってくれ」

 シプレがしおしおと申し訳なさそうに補足する。

 それに対してイフがむっとした表情をし、くるりと踵を返す。

「さっさと帰るぞ。そしてあの落書きを抹消する……!」

 執念深い呟きを残し、イフは壁に空いた穴から出て行った。

「いやはや、どうやらイフが機嫌を損ねてしまったようだ。家の修繕費などは払えんが、どうか達者でいるのだぞ!」

 シプレもそそくさと青年についていく。

 残されたセトたちはぽかんとしたまま立ち尽くし、ブルーベルの嗚咽で我に返った。

「おじいちゃんが目を覚ましてくれない……!」

 リムに必死に訴えかける。リムはすぐさま彼女の傍らに座り、長老の様子を見た。

 ひどい出血だった。

「こんな、こんなひどいこと、どうして……!」

 ブルーベルが肩をふるわせていると、そこにぽん、としわがれた手が置かれた。

「ブルーベルよ……」

「おじいちゃん……!」

 薄く目を開いた長老にすがるブルーベル。

「悲しむな、ブルーベル。これもすべて運命。我ら妖精族は、その運命にただ従うのみ……」

 自分が瀕死の状態でさえ、抗う思想がないことに、ブルーベルは絶望と孤独を感じた。

「だめだよ、だめだよ、おじいちゃん!」

「これが正しい道なのだ。妖精も、人間も、辿る運命を変えることはできないーー」

「何言ってんだよ、じいさん!」

 がばり、と長老の背中が浮いた。

 そこにいる一同が目をむいていた。

 セトが長老の胸ぐらを掴んでいたのだ。

「まだ風の神殿に入る許可をもらってねえ! だからまだ死ぬんじゃないぞ!! リムとも話してもらわなきゃならないし、人間と妖精の誤解だか事件だかの解決だって協力してらわないと!!」

 ぶんぶんと容赦なく老体の体を揺さぶる。

「わわわ、おじいちゃんが死んじゃう〜」

「うぷぷッ……がくり」

 やがて長老は気を失った。


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