咲き乱れ!風の神殿と真実の愛 第一話
迷いの森は相変わらず鬱蒼としていて、時折鳴く鳥の気配にさえもびくりと肩をふるわせる。おそるおそる進むリムとは裏腹に、セトはずんずん進んでいく。
「こっちで合ってるよな?」
「はい。そちらですね」
首にさげたペンダントを確認する。ペンダントからは淡い緑色の光が進行方向を差して光り続けている。リムが妖精の里へ強く思いを結ぶと光が出てくるのだが、これも魔法の一種なのかは不明だった。
イディカの母がこの装置を持っている理由も謎だが、それは一行の推測の範疇を越えている話だ。
「どんどん険しくなってきますが、本当に大丈夫なのですか?」
後方についているラズロが不安になって問いかけた。
「だって光はこっちの方向なんだろ? それに、なんか秘境、って感じでテンションあがるじゃん」
「それは貴方だけですよ……」
相変わらずの明るい声に、ラズロは多少不安が安らぐ。彼の底なしの明るさは、こういうときに非常に助かる。
「お」
やがて、開けた場所にでた。
迷いの森から途端に木々の連なりが終わり、そこは広い草原だった。
その先に、木でてきた家々が見える。
「あそこじゃね?」
浮ついた様子でセトが走り出そうとした。
しかし。
「動くな」
セトの首筋に剣の切っ先が突き立てられた。
「な」
「動くな、と言っている」
草むらから出てきたらしいその男に鋭い口調で制止された。
三人は取り囲まれていた。五、六人の武装した男たちは、みな共通して緑の髪に緑の瞳を持っていた。そしてなにより自分たちと違う、とがった耳。
妖精族だ。
「……セト、ここは大人しく」
ラズロが短く言う。剣に手をかけようとしていたセトは戦闘態勢を解き、ぼへえ、と棒立ちになった。
「お前たちを長の元へ連行する。ついてこい」
リーダーらしい男に促され、セトたちは里の中へと入っていった。
里長の家につき、床に座らせられる三人。フラムは出てくると厄介そうなので、一時鞄の中に入っていてもらっている。
しばし待て、と鋭く言われてから数十分……
そろそろ飽きてきたセトが周りをきょろきょろしだす。
「あれ、うちにもあるゲームを映す画面だぞ。ほら、イディカのとこにもあった……」
奥に見えた黒く四角い物体を発見し、ラズロに耳打ちする。
「人の家をじろじろ見るものではありません」
「いえ、そもそもわたしたちは今非常に危険な状況にありまして……」
ラズロのちょっとずれた説教に、リムが黙っていられずやんわり会話に入る。
「え、人ん家入ったらなんか見ちゃわない? 匂いとかなんとなく気にするじゃん」
「セト、絶対私の家に呼びたくないですね」
「えーっ、みんなそんなもんかと思ってた」
「二人とも……!」
胃がキリキリするのを感じ、リムが思ったよりも強い語気で二人を諫める。
「妖精族と人間族の仲の詳細は多く知らないが、おぬしら、いわば捕虜として捕らえられているようなものじゃぞ?」
ごそごそと鞄の中から助け船を出すフラム。
と、そこで奥の扉が開いた。
ずるずると布を引きずる音がする。
三人がはっと顔をあげると、緑の長髪で顔を覆い、口元だけが露わになった老人がやってきた。老人は非常に背丈が低く、セトの腰あたりにしか到達しないであろう。
「なんとも賑やかな人間どもだ。自分の置かれた立場が理解できておらぬのな?」
穏やかな声色だが、棘の含んだ言葉。リムはびくりと肩を震わせ、すかさず頭を下げた。
「申し訳ありません。こちらに来ての早々の無礼、どうかご容赦ください……」
「……ふむ」
長は床に座る三人を一瞥し、ゆっくりとした動作で椅子に腰をおろした。
「一人はともかくとして、そちらの二人の身なりからすると良い身分のようだな」
「申し遅れました、わたし、ロジエ王国のルミエル王とリジー王妃の一人娘、プリムヴェール・ロジエと申します。そしてーー」
「先ほどは分を弁えず大変失礼な発言を致しました。主とともに深くお詫び申し上げます。私はプリムヴェール様にお仕えするマグノリア・ラズロと申します」
ラズロもリムに倣い、頭を下げる。
そして残されたセトは。
「俺はセトだ。かっこいい紹介もできねえんだけど、よろしくな!」
「……」
「……」
ラズロが彼の口を塞ごうとしていた手をさっと引っ込めた。リムもセトの前にでようとしたが間に合わなかった。
主従は全身の血の気がひくのを感じた。
「ふむ」
長老はセトを氷のような目で見ている。
「やれやれ。ここでおぬしらの旅が終わるのも惜しい。この女神より遣わされし偉大なる守護神に、この場は任されよ」
落ち着きが含まれつつ、有無をいわさぬ荘厳さが伺える声色が部屋に響いた。
鞄がごそごそとうごめき出すと、ぱかっと開いてそこから彼自慢のキュートな御身が出現した。
「なんと、貴方様は……」
長老が感嘆の声を漏らした。
その様子に、フラムは非常に満足げにうむうむと頷いた。
「長く生きている者は我の価値を見ただけで理解できるようだ。妖精族の里長は信頼に値する人物じゃの」
「いやはや……貴方様がここにいるというのは、なんという奇跡か……火の守護神さま、これはどういった状況でしょうか」
フラムが出てきた瞬間、態度をくるりと変えた長老に対して何か言いたそうなセトの口を今度こそ塞ぐラズロ。
「この一行は魔王を封印するべく宝玉を探している。かつての勇者と同じく道を歩むものだ。それに、この少年はあの勇者の息子だ。父親には、お前も会ったことがあるじゃろう?」
「それは、確かにそうです……まことに、気持ちの良いまっすぐな人間だった。しかし、そこのちんちくりんとは比べようのないほど知力と才覚にあふれている男でありました……」
「な、なんだと、わけのわからねーことを、ぐえっ」
悪口を言われているっぽい気がしたセトが身を乗り出し立ち上がろうとするが、ラズロが両腕を固めて制止する。
「知力に関してはだいぶ不安は残るが、こやつには父親と同じ勇気を持っている。才覚はじゅうぶんであるぞ」
「左様でございますか……いやはや、私たちはどうにも勘違いをしていたようでして……また人間たちが里を襲いに来たのだと警戒を強めた次第でございました。そこの御仁が人間族の姫であるとも知らず、こちらこそ、ご無礼を致しました」
急にしおらしく頭をさげる長老。しかし、いえいえこちらこそ、とリムも丁寧にお辞儀を返す。
「それほどまでに人間と妖精の溝が深いことをわたしは理解しております。これは、非常に慎重なお話になること……しかし、魔王封印の話は更に一刻を争う案件でございます。あの、早急で申し訳ないのですが、わたしたちを風の神殿へ案内してはいただけませんか」
「ふうむ……」
協力的な態度を見せかけた長老だったが、またやはり唸って沈黙してしまった。
「もったいぶるなよ、じいさーーあだだだ」
セトの肩からぎりぎりと不思議な音がする。
「残念ながらそれはできん」
長老はやがて、はっきりと首を振った。
リムは思わず立ち上がり、
「何故ですか」
「我ら妖精族はあるがままに、というのが生き方じゃ。魔王が復活したのなら、それもまた自然のこと。それによって世界が危機に晒されるのも自然のことじゃ」
「そんな……!」
「今日はもう遅い。今迷いの森へ帰ったとて無事ではすまんだろう。朝がくるまではこの里に留まるが良い。しかし、明るくなったらすぐ里を出ていってはくれぬか」
「そんな、このまま何もしないで帰れっていうのか!?」
何か言い掛けてぐっとこらえたリムの前に、セトが立ち上がり長老に抗議した。
ラズロは後ろでやれやれと頭を抱えてしまった。
「そうだ。帰れと言っている」
長老は強く有無をいわさぬ瞳でセトを見据えた。
その目に、揺るがぬ己の信念に、セトは気圧されてしまう。
「そんな……だって、それじゃあ宝玉は……」
「神殿は今危険な状況にある。到底おぬしらでも無理じゃろう」
「え……?」
「さあ、早く彼女らを部屋へお連れしろ」
長老が外への扉に投げかけると、すぐさま扉が開き、先ほどのリーダーらしき男が現れた。
「どうぞこちらへ」
出会った当初よりは態度は柔らかくなったものの、その厳しいまなざしは常に向けられていた。
セトは納得がいかないまま、それでもリムたちに従い大人しく長老の家をあとにした。




