ガルデ村!少年少女の淡い夢 第七話
「二人とも、お帰りなさい」
花を抱えたセトとリムとを迎え入れたラズロは、優しく微笑んだ。
「それが【鉄光の花】ですね」
セトの手に持っているものを確認し、二人をイディカ宅へ招き入れる。
「途中でアスフォデルという、魔王軍の四天王に会いました」
「!? リム様、お怪我はありませんか!?」
リムの報告に、ラズロは身を乗り出してリムを観察した。
びっくりしたリムは目を白黒させながら、
「大丈夫です。彼自体はすぐに逃げられてしまって……街道で会った機械の二号、と呼ばれているものと戦闘になりましたが、無事、撃退しました」
それにしても、とリムは部屋を見回した。
「ずいぶん様子が変わりましたね」
感嘆にも似たその言葉に、ラズロは誇らしげに胸を張った。
「リムさまのご要望通り、身の回りの世話を少々……」
少々というには、もはやリフォームレベルで変わっている気がするので、イディカの反応を見ようとそっと横目で確認してみると、
「……」
セトから花を受け取ったイディカは薬づくりに没頭しているようだった。
「薬ができるまでは、私達は邪魔にならないようにしましょう」
二人に小さな声で言いながら、リムは祈る気持ちでイディカを見つめた。
「完成だ……これが薬だ」
イディカは液体の入った小瓶を三人の前に出した。
「母の作った薬と同じ成分。これを服用し続ければ必ず完治する」
淡泊に言いながら、しかしイディカの表情は暗かった。
「何か問題があるのですか? 副作用が強いとか……」
「いや」
リムの懸念を制し、イディカは非常に気まずそうに口を開いた。
「村に届けにいく勇気が皆無」
はっきりと、彼は言った。
一瞬空気が固まる。
しかし、一人だけケロリとしている少年がいる。
「どうぞ薬ですーって言って渡せばいいんじゃねえの?」
セトである。
村での様子を知っているリムとラズロは、セトの言葉にどう返そうか悩んだが、やがて何も言わずに二人で目配せをしあう。
「我々が届けましょう」
提案したのはラズロだった。
「いいのか?」
明らかにぱっと表情が明るくなるイディカ。心なしか、ラズロに対してはイディカの表情がやわらかくなることを、リムは気付いていた。
「えぇ。すぐに持って行きましょう。魔王軍の妨害があっても、我々なら対処できますし」
「これ、とりあえず村の全員分だ」
ずい、と遠慮なくイディカは薬を渡す。それを受け取り、イディカの目をじっと見つめるラズロ。
彼の事情を知っているラズロは、薬ができたとしても渡さないのではないか、と懸念していた。今までの彼には恨みがきっとどこかにあるのだろうと思っていたからだ。
しかし、彼の瞳を見ると、ラズロは肩を竦めて鼻で笑う。
「な、なんだ」
訝しげにイディカが尋ねる。
「いいえ。己の心の汚れに、呆れただけです」
ラズロはそう言い返した。
三人は薬を抱えて村へと戻ってきた。
各々手分けして村人へ事情を説明し、薬を配り始める。
あの女性の元へ薬を届けに来たリムは、少し気まずそうに薬を差し出した。
イディカへの偏見が強いことを目の当たりにしてしまった分、少しこの女性に対して苦手意識が芽生えていたのだ。
確かに薬を手渡すと、しかし女性は泣き崩れるように瓶を抱えて感謝した。
「これで息子さんも元気になります」
リムがそっと女性の肩に手を添えた。
すると、部屋の奥から驚嘆の声が響いた。
「ま、ママー!」
げほげほ、とそのあとに続く咳。女性は我が子の悲鳴のようなものに顔を真っ青にさせて駆けだした。リムも胸のざわめきを抱えてついていく。
彼の部屋へ勢いよく駆け込むと、窓が開け放たれ、そこからセトが顔をのぞかせていた。
「ママ、ママ見て! 火竜、火竜がいるよ!?」
頬を紅潮させ、興奮気味に輝く瞳を向けていた。
セトの傍らにはフラムがふよふよと飛んでいる。
「あ、リムだ。こっちは全部配り終わったぞ。散歩してたらこの子がフラムを見て叫んできてさ」
「こんなにも歓迎されるとは、やはりわしの偉大さは隠し切れぬということじゃなあ」
でれでれとした様子でフラムがふむふむと深く頷く。
「あ、あぁ、もう、まだ熱は下がってないんだから、ほら、お布団に入って」
戸惑いながら母親は、それでも我が子の肩に布団をかぶせて寝かせた。
「薬ができたんだって? ぼく、治るの?」
「えぇ、そうよ。この人たちが薬を持ってきてくれたの」
「薬を作ったのはイディカだぞ。礼ならイディカに言ってくれると嬉しい」
窓越しからセトが女性に言い放った。
それを聞いた女性は複雑そうな顔をしながら、
「……あの人は今まで、いろんな人を治療してきて腕は確かなのは分かります……けれど、やはり気味が悪いのは変わりありません……それに、その火竜……? それもあの魔女の子の手下なのですか?」
おそるおそる訪ねる女性に、フラムは怒ることはしなかった。事情をなんとなく察しているらしく、大事にはしたくないのだろう。
「あの魔女の子の仲間なの!? かっこいい!」
少年が無邪気に声をあげた。その言葉に、すっかり機嫌の良いフラムであった。
「いやいや、わしはこの少年と少女の仲間じゃ。しかし、助けてもらっておいて冷たい言葉を言うのじゃな。のう、坊主」
フラムが横になっている少年に目配せすると、少年はうんうんと力強く同意する。
「ぼく、ちゃんと治ったら魔女の子にお礼を言いたいな」
「イディカは魔女の子じゃないし、魔法なんか使えないぞ」
「魔女の子は魔法が使えるよ?」
「いや、だから使えないんだって」
セトが首を振るが、少年は決して譲らなかった。
「こんなにもすごい薬が作れるんだもの。これって魔法でしょ?」
こほ、と小さく咳をしながら、純粋な心で少年は証言したのであった。
翌日、イディカの家に宿泊した三人は旅支度を整えた。
「忙しないな」
出発しようとする三人に、イディカは眠そうな目で言った。
次の目的地は妖精の里だ。イディカの推測によると、妖精の村はこの迷いの森から通じているという。母が遺した手記の中にヒントがあるのではないか、と、イディカは調べてくれていた。
そこで、気になるメモがあった。
『強く想え。その想いが楽園へと導くだろう』
はっきりと物を言う母にしては抽象的な表現だった。
イディカはペンダントをラズロに渡した。
「これは……母君の形見ではないのですか」
「妖精の森へ行くには必要……と推察した。加えて、お前になら渡してもかまわない……と、考えた。旅の加護に、どうか持って行ってほしい」
「……分かりました」
ラズロはペンダントを受け取った。
「旅を終えたら返しに来ます。そのときは、あなたは王宮の研究者として迎え入れますからね」
ラズロはいたずらっぽく笑ってイディカに言った。
イディカはその初情報に目を丸くして一瞬言葉を失った。
しかし、すぐにむっとした表情に切り替わり、
「相談もなしに勝手に……!」
と、前のめりになって抗議しようとしたが、ラズロの瞳は真剣そのものだった。その美しい瞳に魅入り、少し冷静さを取り戻して思案する。
「……まあ、視野には入れておく」
そう低く言って、イディカはやれやれといった風に肩を竦めた。
「えぇ。考えておいてください。良い返事を期待しております」
ラズロは美しく微笑んで、優雅に会釈をする。
そして、一同はイディカと別れたのだった。




