ガルデ村!少年少女の淡い夢 第六話
「母は妖精族と交流があった。それを聞きつけたマルグリットが妹を連れだしてここへと訪れた。あのとき使った魔法は、おれたちの仕業だと思われた。本当の魔女の完成だ。でも、あのとき、心の底からすっきりしたよ。マルグリットが怒ってくれて、おれは嬉しかった」
風呂上がりのイディカは懐かしそうにそう語った。濡れた髪を乾かすこともせず、午後の風にあたりながら嬉しそうに声を弾ませた。
「妖精族はこの近くにいる、ということですか?」
「迷いの森の向こうから来たのだと推測される。具体的な場所までは、彼女に聞かなかった……いや、聞く、という発想が皆無だったな……何故なら、おれは彼女がここにいるというだけで嬉しかったから……しかし、おれは今まで何度も迷いの森へ行ったことがあるが、そんなところ辿り着いたこともない。おそらく、特殊な順序を踏まなきゃいけないのか、妖精族じゃなければ見つけられない何かがあるのだと推察する」
「なるほど」
ラズロは頷きながら思案する。
「はあ……」
イディカは大きなため息をついた。
ラズロが様子をうかがうと、少し顔色が悪く見える。
「のぼせましたか?」
そう体調を心配すると、イディカはぐったりと椅子の背もたれに体を預けた。
「こんなに喋ったのは久しい……頭が回る」
どうやら酸欠らしかった。
奇妙な森だとセトは警戒していた。
自分がどの方角へ歩いているかわからなくなる。一歩踏み出すごとに、自分の来た道に確信が持てない。後ろから来たような気もするし、右かもしくは左から来たような気もする。
イディカの家を出てからしばらくは歩いている。帰り道に不安がありつつも、二人は川沿いを進んでいく。
「早くその花を見つけた方が良さそうだ」
セトは不安が拭いきれずに後ろをついてくるリムに言った。
「わしも同感じゃ。どうもここは勘が鈍る」
フラムが空を仰ぎながら、顔をしかめた。二人の様子に感化され、リムもしゅんと元気をなくした。
「花は川付近に咲いているそうなので、川を辿ればすぐ見つかると思ったのですが……」
「この川は村のと違ってきれいだな」
「村でも言ってましたよね。わたしには同じようにしか見えないんですけど」
「うーん、なんていえばいいのかわかんないけど」
セトの中での超感覚的なものは、リムには想像がつかなかったが、セトを疑う気持ちは一切なかった。
「ん?」
そう話していると、不意にセトは足を止めた。
リムも足を止める。
「どうしましたか?」
「水を払う音がする」
セトは小さく声を潜めていった。
「水を払う音?」
「誰かが川に入ってる、みたいな? でも、人間じゃない」
「人間じゃない……って、魔物ですか?」
「わからないけど、でも、この川とは別の川だ。向こうの方から音がする」
「行ってみましょう」
二人は頷きあい、セトが先導して音の正体へと向かう。
森をかき分けると、温度がすっと下がったような気がした。
足下に流れる川は冷気を放ったように異常な冷たさがある。
「これは一体……」
不審に思った二人は同時に足を止めた。セトが川を見つめ、リムが周囲の様子をうかがう。
川は滞りなく流れている。イディカの家の近くにあった川とは違う方向へ向かっているようだった。
セトは空を見上げて、かろうじて光が認識できる太陽を確認した。太陽の方向と時間帯を照らし合わせ、川の行く先を推測する。
セトの導き出した答え。それは、この川の行く先にはガルデ村がある、ということだった。
川はどこからか分かれて、イディカの家の方角と、村の方角とで支流になっているらしかった。そして、村へと向かう川の方にだけ異常があるようだ。
「村の方に流れている川じゃな。しかし、なんじゃこれは……」
フラムが気味が悪いといったような様子で流れを目で辿った。
「二人とも、動かないで」
セトは言って、川へと近づく。
冷ややかな空気を放つ川は、村で感じたよりももっと変な感じだった。
上流の方へ視線を移す。と、そこには視界を妨げる大きな物体があった。
「な、なんだあれ!?」
セトは思わず声をあげた。それにつられてリムも視線を追う。
そこにはシューッと煙をあげて呼吸をしているような、鉄の塊があった。
『立チ入ル者、排除命令。排除、セヨ!』
人型をしながら、鋼鉄の装甲に覆われた巨体。どこかで聞いたような駆動音。見覚えのある出で立ちに、セトは指をさして叫んだ。
「王都らへんにいた、あのへんなハサミの仲間か!」
「わしの傑作品をへんなの呼ばわりとは! 芸術のわからんやつめ!」
セトの言葉に反応したのはその鉄の塊ではなかった。
しわがれた見知らぬその声に、二人は身構える。
「ここでおぬしらに会うとは、余計な仕事が増えたもんじゃい」
愚痴っぽく口をつきながら、鉄の塊の足下から出てきたのは、腰の曲がった老人だ。しかしそれは明らかに人間ではない。人間のような四肢を持つが、背後には蠍の尾がついている。白衣を着込み、しかし身長が足りずに裾を地面に擦っていた。老人は分厚い眼鏡の奥にある、嫌悪感に満ちた大きな瞳で二人を眺めた。
「お前、魔王の手先だな!」
「いかにも。わしは四天王の一人、アスフォデル。いやはや、わしの試作品第一号もおぬしらにやられたようじゃの。あれを作るに、どれほどの資産をつぎ込んだかも知らずに……」
「うるせー! なんだその変な機械! 村に変なことしてるのもお前の仕業だな!」
「何を言うておる。村の病気の原因は【鉄光の花】。根からは毒が染み出るのじゃ。川縁に根付くあの花は、その川を利用する人間どもの体内から病気を発生させる。花自体は薬になるじゃろうが、人間どもはそんなこと知らんじゃろうに」
おお、かわいそうに、と嘆く老人であったが、
「お前、全部言っちゃってんじゃん!」
セトからの即座のつっこみ。
けれど老人は狼狽える気配もなく、カッカッカ、と笑った。
「おぬしらはここで力つきて森の養分となるのじゃから、いくら言うても不利にはならんわい」
「なんだと!」
「さあさ、とくとごらんあれ! わしの試作品第二号じゃ!」
アスフォデルが鉄の塊の足を撫でると、メカは大きく手をあげて威嚇してきた。
「早く花を手に入れなきゃならないのに!」
おそらくこの川をのぼっていけば花にはたどり着くのだろう。しかし、このまま行かせてくれる気配は一切ない。
時間がないのに、ともどかしい気持ちを切り替えて、セトは腰の剣を抜き構える。
「今は一刻を争うときです、此処から立ち去ってください!」
リムも一歩前に出てアスフォデルに訴えた。
村では病気で苦しんでいる人たちがいる。早く薬を作って持って行かねば、また死者が出てしまうかもしれない。
「機械……と言っていましたね」
リムはそう思案しながらセトに尋ねた。
「電気を食って動いてるやつだ」
「電気……あのてれび、と同じということですか?」
「あぁ、まあ、そうだな……」
「では、少しわたしに時間をください。なんとかしてみます」
リムは言って集中を始めた。
魔法でどうにかできるらしいことを察したセトは、リムの準備が整うまで機械と、あの老人を相手にしようと見据える。
しかし、振り返ったときにはすでに老人の姿はなかった。
「あれ、あいつどこ行った!?」
あたりを見回すと、アスフォデルがそそくさと森の奥へと進んでいる姿が見えた。
「おい、じーさん! 逃げんのかよ!?」
「わしは戦闘向きではないのじゃ! そやつが相手をしてやるから、大人しくやられておれ!」
腰が曲がりつつも両手をひらひらあげて煽るアスフォデル。
と、セトは風圧を感じて横に避けた。
森を揺さぶる衝撃音が耳をかすめ、自分のいた場所を見ると、そこには豪腕を叩きつけたメカがいた。
『アスフォデル、サマ、ノ、崇拝スル、魔王サマ、ノタメ、排除、セヨ』
ガーガー音を鳴らしながらメカはセトの方へ首だけ動かした。
『魔王サマ、ガ、望ム世界ヲ、アスフォデルサマガ、望ム、ノデ、二号、協力、セヨセヨ!』
メカは言いながら体制を立て直し、セトを両腕で掴もうと差し迫った。
セトは剣を振りかざし、その両手をはじき返す。金属音が鳴り響き、衝撃でセトは後ろによろけた。
「剣じゃぜんぜん効かなそうだな」
セトは焦りをひた隠しながら呟いた。
リムの集中力が切れないようにと気を遣う。
「さて、どうにかするしかないんだよな」
セトはシューッと音を立てるメカを見据えた。
遠くでセトとメカが戦う音が聞こえる。
リムは目をつむり、ある一つのことを思い出す。
イディカの家で見た、てれびという機械。電気で動いていると言っていた。
(過剰に、電気を与える)
リムはあの機械を止める方法はこれだと思った。
しかし、一つの懸念があった。
果たして、自分はうまく調節できるだろうか。
火竜を封じた氷の魔法。あまりに自分に負荷をかけたために、気を失ってしまった。
(それでは意味がないの……!)
あのとき、セトに無茶をするなと怒ってしまった。けれど、それは自分にも言えることだと反省していた。
王都で、国民が自分の身を案じていたこと。ラズロが、自分に言ってくれた優しい言葉。
セトが守ってくれている自分。
リムはたくさんの人に支えられている。その自らを、自らが大切にしなければならないのだ。
胸元につけたブローチをそっと包む。
プルミエ村で見た、セトの姉が放った雷。
縦に一直線。
それだけでいい。
あの光を、もう一度。
リムはすっと顔を上げて機械を見つめた。
その瞳は、何者が来たとしても揺るがない輝きを宿していた。
セトは頭上に何か変化を感じて、体勢を低くした。
機械は何も気付いていない。
不意に、森の中が暗くなった。
体がピリピリするような感じがして、セトはさっと血の気がひいた。
これ、前にも感じたことあるぞ。
いやな予感は割とあたる。
懐かしき姉の教育方針。蘇る恐怖の一瞬。
目前に突如現れる光の柱。
耳をつんざく轟音とともに、機械に直撃した電光は焦げ臭いにおいを残して、何事もなかったかのように消える。
一瞬。ほんとうに、一瞬だった。
残る静けさに、セトは木陰からひょっこり顔を出して機械を見た。
『シューッ、シューッ』
かすれた息を吐いているような音を三、四度繰り返したのち、機械はついに停止した。
「止まった……?」
石のように固まった機械におそるおそる近づく。
むわっと熱いような気配がして、さわることはやめておいた。
「セト、大丈夫でしたか?」
あの駆ける轟音を発生させた少女は優しい声色でセトに尋ねた。
「あ、うん……いろいろトラウマが蘇ったけど元気だよ」
「トラウマ……?」
リムは首を傾げるが、それよりも、とセトは傍らに流れる川の上流へと視線を動かす。
「これだけで終わりじゃない」
リムも彼の視線をたどり、やがて強く頷く。一歩踏み出すと、不意に目の前に手を差し出された。
「今の魔法、すごかったな。疲れてないか?」
前回のこともあり、セトはリムが心配だった。
その彼の優しさに、胸がいっぱいになり、思わずのどの奥が熱くなる。
「いいえ。大丈夫です」
「なかなかに良い塩梅であったな。うまく力を制御できておるぞ」
フラムは心なしか誇らしげに、頭上から賛美する。
「ありがとうございます。けれど、まだまだ精進を怠りません……目的を果たすその日まで」
リムはセトの手をとり、共に進んだ。
やがて、川の中に紫色の花が群生しているのを見つけた。
「これが鉄光の花ですね」
イディカのメモと照らし合わせながらリムは言った。
「根が悪さをすると言っていました。この川の水を使っている村人たちが、この根が原因で病気になっていたんですね……」
何かしらの毒素を出しているようには見受けられなかった。流れる川もふつうの水だ。
「確かに、なんかヒリヒリするな」
違いのわかるセトはそういうが、「ヒリヒリ」するがよく分からず、曖昧に頷くリム。
「根についても知りたいですね。すべて綺麗に持って行きたいですが……」
「よっしゃ、分かった」
セトはそれにうなずき、腕まくりをして川に手を突っ込む。
「うひゃー、ばか冷たいなあ」
目を細めて無邪気にセトは呟きながら、ばしゃばしゃと水音を立て、根っこをむんずと掴み取った。
「え、大丈夫なのですか!?」
危険性を察知しながらも直に触るセトにめをむいた。
「ちっちゃい頃からいろいろ触ってるけど、かゆくなったり腫れたりぐらいだから大丈夫じゃない?」
と、言いながら根っこを引き抜いたり花を摘むセト。
「かゆくなったり腫れたりは体が救援信号を出しているということでは……?」
唖然とするリムを目前にしながら、無事花の回収を終えたのであった。




