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ガルデ村!少年少女の淡い夢 第五話

 まだ母が生きていて、イディカも小さな頃。イディカは迷いの森で二人の少女に出会った。一人は自分と同じ年頃の子。もう一人は少し幼いように見えた。顔が似ていることから、姉妹であることはすぐに分かった。しかし、それ以上に驚き、目を奪われたのが、光るように美しい緑色の髪と、澄んだ深緑の瞳、そして見慣れない服装をしていたことだ。

「……」

 イディカは当時から母以外の人間としゃべったことがないため、声をかけることが憚られた。村の人間ではないことも怖かった。

「そこにいるのは誰?」

 すると、向こうから警戒心に満ちた声が放たれた。

 イディカはその厳しい声色に萎縮してしまい、足をすくませた。

「人間? あたしたちを殺しにきたの?」

 物騒なその発言にはっとして、イディカはつい木陰から顔を出した。

「そ、そんな怖いこと言わないでよ……」

 弱々しいながらも反論しつつ、イディカは首を振った。

 姉と見受けられる少女がイディカを睨むように観察する。鋭い印象のもつ瞳で、イディカを警戒している。

 イディカは気まずそうに横目で二人を見る。妹であろう子が、ひどく苦しそうな顔で姉に寄りかかっている。

「その子、どうしたの?」

 当時からすでに、イディカたち親子は村の人間から敬遠されていた。しかし、村の人間は自分たちを疎外しつつも病気になったときは訪問してくる。看病の手伝いをしていたイディカは、元気のない人に特に気をつかうよう育てられてきた。彼女は明らかに健康状態ではない。

 駆け寄りそうになるのをぐっと堪えた。姉の方がまだ警戒を解いていない。

「この子は……」

 姉は眉をさげて大変困った顔をしていた。イディカに本当のことを話そうか迷っているような様子だ。

 イディカはそれを見つめてはいたが、何か声をかけることはしなかった。ただ、彼女が話してくれるのを待って耐えた。

「病気なの。でも、あたしたちじゃ治せなくて……病気が治せる人間がいるって知って、その人に会いたいの」

 姉は必死になって訴えた。そこには警戒心など一つもなく、ただ妹を思う姉の姿があった。

 イディカは優しく微笑んだ。

「たぶん、ぼくの母さんのことだ。家が近くにあるから、診てもらおう。来てくれる?」

 それでも慎重に話を進める。

「治るなら、あたしはなんだってする。お願い、その人のところまで連れて行って」

 イディカはその言葉に強く頷き、妖精の子ども二人を自分の家へと招き入れた。

「村で流行しているものと同様のようだわ」

 母に診てもらうと、深刻そうな面もちでそう言った。

「治るよね? 死んじゃったりしないよね?」

 ベッドで臥す妹の容態を、姉のマルグリットは必死で尋ねた。

 その懸命さに心打たれて、イディカの母はマルグリットの頭を優しく撫でる。

「よく勇気を出してここまで来てくれましたね。あとの看病は私に任せて」

 それを聞くと、マルグリットは不安が残りつつもその緊張感を緩めた。

「この病気には【鉄光の花】が効くのだけれど、迷いの森の中にあるの。イディカにとってきてもらいたい」

 母はいいながら、花の特徴を書いたメモを渡す。

 イディカはそれを受け取り、頷くと家を出ようとした。

「あたしも一緒に行く!」

 マルグリットは勢いよく立ち上がり、イディカのそばへ駆け寄った。

「迷いの森は危ないところよ。妖精の貴方もよく言われているでしょう」

 イディカの母は説得するが、マルグリットは断固として首を振った。

「あたしの妹のためなの。あたしがここまで連れてきたんだもの。責任は全部、あたしにあるの! ね、お願い、あたしも一緒に連れて行って」

 マルグリットはイディカの手を取りすがった。その必死さに、イディカも困り果てたように母を伺う。すると母は首を竦めて、イディカに厳しく言った。

「森では絶対にはぐれないようにね」


 薄暗い森の中を二人の子供は歩いている。

 魔王がこの世界を支配してからは一層足下もおぼつかないほどだ。イディカはただ暗いだけではなく、何かが背後をついてきているような感覚になるこの森が苦手だった。けれど今、隣に女の子がいる。緑色の髪に深緑の瞳。透き通るような白い肌は明らかに人間の自分たちとは違う雰囲気を放っている。けれど、自分と同じように、その子からは恐怖心がそれとなく伝わってきていた。

(この子も怖いんだ)

 そう思うと、自分がしっかりしなければと勇気がわいた。

「家族を思う気持ちは、人間も妖精も変わらないんだね」

 イディカは思わずそう口にしていた。

「……うん。あの子はあたしの大事な家族なの。お父さんもお母さんも、同じ病気で死んじゃったから……おじいちゃんと、あの子だけがあたしの家族なの」

 マルグリットは弱々しく答えた。

「妖精たちにも治せない病気なのに、どうしてマルグリットだけがここにきたの? ほかの大人たちは?」

「妖精は来るものをただ受け入れる、っていう風習が強いの。病気だってそう。魔王が蒔いた種でさえ、妖精のみんなはそれを受け入れている。それが世界の運命なんだ、って」

 マルグリットは拳を強く握っている。彼女の悔しさに気付いたイディカは、彼女の強い芯に心を打たれて何もいえなくなった。

 もどかしい気持ちはイディカにもわかる。どんなに弁明したって、村の人からは魔女の子供だと揶揄される自分。耳を貸してくれない周囲との関係がどれほど苦しいものなのか、イディカにはよくわかった。

 イディカは何か言葉を返すことはしなかった。ただ、一言、

「早く花を見つけないとね」

 と、優しく言った。


 帰宅してきたマルグリットの手には花が握られていた。

 日が沈む前に帰ってきてくれたことに、イディカの母は心の底から安心した。

 帰ってきてすぐ、マルグリットは妹のそばへ駆け寄る。

 目は覚まさないが、連れてきたときよりは表情はやわらかく見える。

「もうすぐ、よくなるからね」

 マルグリットは夢を見続ける妹に申し訳なさそうに語りかける。

 それから母は薬の調合へと移った。

 その間、イディカとマルグリットは家の家事を協力してこなしていた。母は研究に入ると身の回りの世話がまったくできなくなる人だった。

 その後、三日が経過しーー

「ほら、これも一緒に食べないと」

「苦いからやだ」

「また病気になっちゃうよ」

「むー」

 妹はすっかり元気になり、イディカたちと一緒に食事ができるまで回復していた。

 イディカは姉妹のやりとりをほほえましく思いながら、胸の内の寂しさに耐えていた。

(この子はもうすぐ自分の里に帰るんだ)

 同じ年頃の子供と交流が全くなかったイディカにとって、マルグリットははじめてできた友達だった。

 彼女は妖精の里へ帰らなければならない。それは理解していながら、行ってほしくない、という気持ちがいっぱいだった。しかし、それを口にできるほど、人間と妖精の間の溝が浅くないことをイディカは知っている。

 旅立ちの朝、イディカはむすっとした顔をしていた。

「イディカ、元気でね」

 マルグリットはいつもの元気いっぱいな声で真っ直ぐに言う。

 イディカは何も答えられなかった。

「イディカ」

 母が優しくイディカの背中を押す。少年はそれでも別れの言葉を口にしたくなかった。

 マルグリットが困ったように眉を下げた。

 何か彼女が言い掛けて口を開いたとき。

「二人とも、隠れて」

 母が彼女と妹を物陰に隠した。一変した鋭い口調に、子供たちは従う。

 イディカが母の視線の先を追うと、村から来たらしい親子がこちらへ歩いてきている。

 病気で困っている人だ。イディカは思いながら、そっと母の後ろへ隠れた。

 手をつないできた親子だったが、子供がはしゃいだように母との手をほどいて、森の魔女の前に立つ。そして、後ろに隠れているイディカをぐっと見つめて笑った。

「魔女の子供なのに人間の形をしてるんだね!」

 イディカの母が、何もない表情でその子の母を見つめていた。

 イディカは胸にナイフを刺されたような痛みが走って、何も言わなかった。

 こうしたことはよくあることだった。

 こういう偏見で、いつまでもイディカはからかい続けられてきたのだ。

「ご用件は」

 イディカの母は凛とした態度で向こうの母方に尋ねた。

「夫が熱を出してしまって。解熱剤をもらいたいの」

 自分の子供の無礼を悪びれもせず、村の女は言った。

 魔女は何も言わずに家へと戻り、すぐに女に薬をそのまま渡した。

 その間も、子供はイディカを見つめてにやにやと笑う。

「こいつ、しゃべれないの? 人間の言葉、わかる?」

 子供が母親に無邪気に尋ねる。

 はしゃぐ我が子に、女は不機嫌そうに言い放つ。

「この子とはあまり話さないで」

「あの」

 その会話の間を、イディカの母が鋭く刺すように口を挟む。

「もう帰っていただけますか」

 冷たい表情で彼女が言うと、女はさらに勘に障った様子で我が子の手を強引にとる。

 そして踵を返したとき。

 森がうなりをあげた。

 それは風だ。

 大きな突風のようなものが森から現れる。

「イディカ!」

 危険を察知した母は傍らにいるイディカを必死に抱き留めた。

 突風は村の親子を飲み込み、その場にとどまる。風になぶられた親子は叫び声をあげた。

 イディカの母は目前で起こっていることが、彼女の仕業なのだとすぐに分かった。

「やめて!」

 物陰に隠れているあの子へ懇願する。

「お願い、やめて!」

 イディカを抱きしめたまま叫ぶと、風は最初からなかったかのように消え失せ、あたりはしんと静まりかえった。

 村の親子はお互いに抱き合い、恐怖でふるえていた。

 その姿に、しかしイディカの母は同情する気にもなれず、ただ一言、

「早く帰ってください」

 としか言えなかった。

 村の親子は顔を青くさせたままその場から走り去っていった。

 残された森の親子はそれを見つめ、やがてマルグリットと妹が近づいてきた。マルグリットは申し訳なさそうな顔をしている。

「あたし、悔しくて」

 マルグリットは言った。

「分かってる。イディカのために怒ってくれたのよね」

「おばさんだって悲しいでしょ。同じ人間なのに、どうしてあんな……」

 そう訴えた彼女に、イディカの母は驚いた顔を一瞬して、やがて慈しみに溢れた目を向けた。

「あなたは勇気のある賢い子ね」

 そういって彼女の緑色の髪を撫でた。

 マルグリットはくすぐったそうにほほえみ、イディカに悲しそうな目を向けた。

「あたしは妹を助けるために妖精の里から飛び出してここまで来たの。現実のそのままを受け入れる事なんてしない。イディカは妖精のみんなと一緒。臆病者なのね」

 寂しさも含まれた声だった。

 そう言われた瞬間、イディカはどうしても悔しかったが、言い返す言葉も見つからなかった。

「イディカ、あなたにも勇気が出せる時が必ず来ると、あたしは祈ってる」

 マルグリットはイディカの握りしめられた手にそっと自分の手を重ねた。ゆっくりと少年は少女と目を合わせた。少年は泣きそうな顔をしていた。彼女の優しさに胸を打たれて、あの子供に何も言い返せなかった自分が悔しくて、彼女との別れが寂しくて。

 いろんな感情が詰まって、やっぱり何も出てこないと思った。

 しかし。

「ぼくも、君みたいに強くなりたい」

 イディカは言った。

 その言葉を受けて、マルグリットの表情は明るくなった。合わせた手に力をこめて、イディカの手を包んだ。

「なれるよ。あたしを怖がらなかったイディカなら!」

 マルグリットはイディカの手を引き寄せて、その勢いでイディカをぎゅっと抱きしめた。

「!?」

 イディカは顔を真っ赤にさせた。思わず後ろに退くが、マルグリットは力強く抱き寄せて体は動かなかった。

 そのとき、マルグリットの震えを微かに感じた。

「マルグリット……」

 彼女の名前を呼んで、イディカは涙が溢れてきた。

 マルグリットはイディカから離れる。その瞳は濡れていたが、涙を流すことはなかった。

「じゃあね」

 マルグリットは言った。

「じゃあね」

 イディカは言った。

 またね、という言葉を飲み込んで。

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