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ガルデ村!少年少女の淡い夢 第四話

 扉が閉まり、一度沈黙が訪れる。

 イディカは隣に並んだ自分と同じくらいの目線の男を横目で盗み見る。最初の印象から変わらず、絶世の美女、と言い表すしかないほどの美しさだ。しかしイディカはその美しさ以上に、ラズロの内面に警戒を覚えた。

「そう警戒しないでください」

 心中を見透かしたように、ラズロが先手を打つ。

 今度ははっきりとラズロの表情を伺うと、優しい微笑みで自分を見ていた。

「あの二人が人を疑うことをしないので、私だけが担当している、というだけですから」

「あのリムってのは……プリムヴェールさまという解釈で間違いはないか?」

 あえて本人の前で聞かなかったことを確認する。

「えぇ。彼女はこの国の姫君。そして、セトはかつて魔王を倒した勇者のご子息です」

「勇者に姫、か。あんたは姫様の護衛係という立場か?」

「えぇ。私はマグノリア・ラズロ。姫様の専属騎士です」

「マグノリア……」

 その名は国中に響くほどの異彩を放っている。もちろん村はずれに暮らすイディカですらその名前を聞いたことがあった。剣舞の達人。女神に祝福された聖人とまで言われた、才能に溢れた人物であると。ロジエ王国で活躍する偉人としてイディカは記憶していた。

「そんなたいそうな人が遙々こんな辺境まで足を運ぶとはな。魔王討伐の一環と推測するが、由緒正しき家系に生まれた者としては、おれのような得体の知れない男は毛嫌いするものと考える」

 皮肉そうに言いながら、ガラス瓶に入った液体を揺らす。

 その冷たい言葉にも、ラズロは怖じ気づくことはなかった。

「いいえ。城を出れば世界が広がります。あなたのような優秀な人材を見つけられる」

「おれが?」

 イディカは目を丸くしてラズロを思わず見てしまう。その端正な顔にはにっこりと笑みが張り付いている。

「えぇ。ここにある文献。城にはないものばかりですね。特にこれらの……」

 ラズロは平積みされた本を手にとる。

「こういった、私ですら読めない本とか」

 ラズロが手にしているのはこの国の文字で書かれたものではない。

「……」

 イディカはラズロが手にした本から視線を外した。

(まだ彼は私に心を開いていない)

 リムたちがいたときと態度が変わらないことを察知して、ラズロは部屋を眺めた。そして、とりあえず埃の積もった窓枠を指でなぞる。

「不潔ですね」

 と、一言。

 氷のような一句にイディカは首を傾げた。検討のついていない家主を振り返ってラズロはにっこり笑う。

「仮にも医療に関わる薬を作っていらっしゃるのでしょう。医療機関が不潔というのは許せませんね」

「し、仕方ない。そんなことより、やることがほかに存在するっ」

 部屋が汚いことを指摘されて恥をかいたようだ。イディカは話を逸らすように作業の続きをしようとする。しかし、自分が書いた資料が見つからずに机の上を探ったり、床に平積みにされた本をぱたぱたさせている。

「イディカさん」

 呼ばれて肩を揺らすイディカ。

「な、何用か」

 何を言われるのかは予測できたが、あえて知らないふりをする。

「仕事をする上で整理整頓は必須です。作業効率が格段に違いますよ。必要なもの、不要なものを分けること、本も目当てのものをすぐに取れるように並べてーー」

「りっ、理解している、わかっている! しかし片づけとかあーだこーだしてる暇は断じてない!」

 反抗期の息子のように口をつく。しかしやれやれ分かってないなというようにラズロは肩を竦めて首をふる。

「整理整頓のための時間などは用意する必要はないのですよ。使ったら元に戻す、を習慣づければ散らかることは永遠にないのです」

「……正論だからって何言ってもいいわけじゃない」

 敗北宣言をするイディカ。

「今の部屋の状態ではそれぞれのものに定位置が出来ていないので元に戻す、ができないんですけどね。まあ、そのために私が残りましたので」

「身の回りの世話、って、それが目的か!」

 プライドが高そうな彼の外見とは裏腹に、メイドのようなことをするのか、とイディカは驚いた。

「姫様の護衛係がなんでそんな」

「私は他人のために何かをするのが好きーー」

 言い掛けて、一瞬止まるラズロ。

「いえ。というよりは、義務でありますので」

「はあ」

 面倒くさそうな生き方だな、と思いつつもそれは心にしまっておく。

 ラズロは腕まくりをしてイディカに向き直る。そしてその端正な顔で満面の笑みを見せ、

「とりあえずイディカさんはお風呂に入りましょうか」

 と言った。


 イディカが風呂に入っている間、ラズロは分類別でものを動かしていた。イディカでなければものを整理できないのと、とりあえず埃が非常に気になるので先に掃除をすることにしたのだ。

「溺れていませんよね?」

 やけに静かな風呂場を気にして生存確認をとる。寝不足の様子だったので、気を失ってはいないだろうかと心配になった。

「生存はしている」

 相変わらず堅い返事だ。

「そうですか」

 しかし素っ気ない返事にほっとするラズロ。

「とりあえず先に掃除をしますね。物のゾーニングについてはイディカさんの指示が必要ですので」

 報告しながら、まず上から埃を落としていく。

「本格的だ。あの二人の帰宅までに終わるのか?」

「終わりますよ。残っても、あなたがやればいいんです。そもそも、全くの他人の部屋を片づけるなんて、あまりやりたくはないことですからね」

 そのぼやきが、勝手に人のものを触る、ということを良く思っていないから、というのはイディカにも分かった。

「難儀な性格だ」

 イディカは湯船に浸かりながら呟く。返事はなかった。

 それから少し沈黙が訪れた。

 ラズロは掃除に集中しているのだろうかと思ったが、不意に、ラズロにも話しても良いかとイディカは思う。久しぶりに風呂につかってリラックスしているせいかも知れなかったし、ラズロにも、うちに秘める面倒な事情がありそうなところが親近感がわいたのかもしれなかった。

「あんたが詳細を知りたがってる、あの読めない文字の本」

 独り言のように言う。

「あれ、妖精たちが書いた本なんだ」

「……」

「母さんは妖精たちと交流があった」

 母に口止めされていたことを、イディカは自然と話していた。彼になら言ってもいいだろう、という許しが自分の中で確かにあった。

「妖精は元々人間とあまり交流は好まなかったと聞きます。何故お母様は?」

 隣の部屋から質問を投げかけられる。その声色は驚きと、けれど冷静さも伺えた。

 奇異の色が見えず、慎重に言葉を選んでいる様子に、イディカは心から安心した。

「母さんは多様な病気を治癒可能な人だった。おれが生まれる前に、ある病気を治したことがきっかけで、妖精と交流が可能になった。以降、母さんは以前の妖精の里で暮らした。あの事件が起きてから妖精たちは移住した。それでも、母さんもそれについて行くことも許可された……妖精たちの中でも、様々な考え方や価値観が存在する。母さんのことを未だ信頼する妖精たちもいた。母さんも、妖精を心配して一緒についていった。あることがきっかけでこちらに戻ってきたらしい。その理由については詳細を聞けず、死に別れることなった」

 淡々と語るイディカの声色に、ラズロはふむ、と一呼吸おく。

「主な交流はあなたのお母様によるものとしても……貴方も、妖精に会ったことがあるのではないのですか?」

「どうしてそう思うんだ?」

 確信を持ったような言葉に、イディカは眉をひそめた。

「村の住人が言っていました。貴方は魔法が使える、と。それは、妖精の仕業なのでは?」

「……」

 ラズロの問いかけに、イディカは押し黙った。それは驚きと、今まで感じていた孤独がなくなっていったことへの安心感とで、口をつぐんでしまったのだった。

 誰にも理解されず、村の住人からは白い目で見られ、弁解するほどの時間さえ与えられなかった。

 母が死んでしまってから、ずっと一人でここにいた。

(この人は、漸くおれの言葉を聞いてくれるのか)

 イディカはそうして話し始める。

 幼少期に出会った妖精の少女との話を。

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