ガルデ村!少年少女の淡い夢 第三話 ☆
「話が一方的のような様子が拭えませんね。彼女も、実際に目の前で見たような感じではありませんでしたし……」
女性の家をあとにし、セトを探している道中、ラズロが肩を竦めた。
「わたしも同感です。これは、ただ単に人間である彼が悪さをしているわけがない、という願望ですが……」
女性の話を聞いている間、リムはひどく心が傷ついていることを認識していた。一方的に悪者扱いをされている青年に同情していたのだ。
「我々の話を聞いてくれる冷静さが向こうにあれば良いですね」
ラズロは言いながら、セトを発見したので彼の元まで歩み寄る。
「何をしているんですか?」
ラズロは怪訝そうな顔で言い放った。
セトは川縁に座り込み、川をじっと眺めているようだった。
「この水、なんか変じゃないか?」
セトが言うと、二人はまた顔を見合わせて今度は合点のいかない顔で川を見やる。
二人には至ってふつうの川に見えた。厚い雲に覆われたこの空の下では分からないが、太陽さえあればきらきらと光るふつうの川だろう。
「なんだろう? なんか、どろっとしてるというか……」
リムはどうしても気になって動かないセトを放っておけず、彼の隣まで来てその川の水をすくおうとする。
すると、
「いや、やめた方がいい」
セトはリムの手を掴んで止めた。
反射的にセトの顔を見ると、そこには非常に厳しい表情の彼がいる。その様子に、尋常ではない気配を感じてリムは手を引っ込めた。
「セトはいろいろな自然の変化に気付くのが得意なのですね」
「森の中でいろいろやってたからな。動物の動きとか、植物の動きとか、なんとなくわかる」
「植物の動き?」
「ほら、あるじゃん。こう、風が吹いたときに、うねん、ってするとか」
「……?」
超感覚すぎる話にリムは首を傾げるしかなかった。
「とにかく、今は迷いの森付近にいる青年の家まで行きましょう」
要領得ず混乱しているリムを呼び戻すように、ラズロは二人に促した。
そうだな、とセトは言って立ち上がり、リムに手をのばした。
リムは一瞬その手の意味が分からず、それでも分からないままなんとなく手を出した。するとセトはその手をむんず、とつかみ、リムを引き上げる。反動で立ち上がったリムはびっくりした顔をしている。
「ラズロもやってただろ、タイカンシキ、で」
へへ、と照れたように笑うセト。
リムはエスコートしてくれたのだと合点がいくと、少し頬を赤くした。
「そんな乱暴な作法がありますか。怪我をさせる可能性が見受けられましたよ」
どうやら先生は厳しいらしく、厳格な指摘をされる。
セトは渋い顔をしていた。
その顔がおもしろくて、リムは肩を揺らして笑っていた。
迷いの森を目前としたとき、陰鬱とした様子に三人は息を呑む。特にセトは眉を下げてあまり進みたがらない。
「こんなところによく住めるなぁ……」
すっかり元気をなくした声色でセトは呟く。元気のないセトが珍しい二人は不思議そうな顔でセトを見ていた。
魔法が使えるという噂の青年宅を前にして、リムはドアを叩こうとする手を一瞬止めた。しかし、意を決したように二度、ノックする。
「……」
「……」
返事はない。
リムはもう一度ノックする。
すると、
「何用ですか」
ドアの向こう側から小さく消え入りそうな、しかし明らかに不機嫌さが伺える声が返ってきた。若い男の声だ。
リムはラズロに目配せし、ラズロは慎重な面もちで頷く。
「あなたに伺いたいことがあります。どうか、お話を聞かせてもらえませんか」
リムの声色は優しい。
「……」
しばらく沈黙だったが、ドアが静かに開いた。
リムを守るようにラズロは一歩前に出て、リムを自分の背後に隠した。
セトも身構える。
そしてセトは目を丸くした。
ドアから出てきたのは暗い印象の青年だ。群青色の髪が顔を隠すように長く伸びている。その髪の向こう側に見える双眸は非常に眠そうにぎりぎりで開かれていた。細身のせいか、実際の背丈より更に身長は高く見えた。その大きさに、リムはたじろいだ。
「こいつじゃない」
セトは呟いた。
「はい?」
青年は不機嫌そうに聞き返す。
「急な訪問で申し訳ありません。私たちは王宮のものです。あなたに是非お伺いしたいことがあります」
セトのつぶやきをかき消すようにラズロは丁寧な対応を心がける。
王宮、と聞いて、青年は諦めたように目を伏せた。
「おれを殺害しに来訪か? 村の住民に、依頼されたと推測する」
青年はそう言いながらも逃げる様子はない。あと、堅苦しい文章のような言葉遣いに、早速セトはついてこれていない。(現在セトは子供向けの絵本から絶賛猛勉強をしているところだ。)
「いいえ、そんなことは決してしません。ただ、お話を聞きたいのです」
リムは食いつくようにラズロの前に出て青年と対峙する。今度は青年が気圧されたように首をひっこめた。
「大声を控えることを希望する。頭痛が酷い」
「まさか、あなたも病気に?」
「それは、確証がある上で否定する。……立ち話は失礼と思い至ったので、どうぞ、中へ」
リムの心の底から心配したような様子に青年は少し顔をほころばせて、三人を招き入れた。
優しいその表情に三人は少し警戒を解いて、互いに顔を見合わせ意を決したように頷きあった。
部屋に入ると、そこは乱雑な様子がうかがえた。見知らぬ器が並び、実験をしているかのような印象だ。何より圧倒されるのは書物の数。本棚びっしりと置かれたものと、床に平積みにされたものとあり、ラズロはその多さに目を丸くした。
そのことについて触れたかったが、まずはもう少し警戒心を解くことからだと思い、黙っていることにした。
椅子は二つしかなく、リムが座り、ラズロとセトはその後ろに控えた。
「どちらか腰をかけると良い……と、提案する。椅子が不足しているのは申し訳ない。まあ、客人は滅多に来ないので」
皮肉そうに笑う青年。
「私は結構です。ここが定位置ですので」
ラズロはきっぱり言い放った。
「あんたが座ればいいじゃん? あんたの家なんだし」
セトが言うと、青年はまたびっくりしたような顔で少し停止し、やがて顔を逸らす。
「いや、まあ、べつに……」
歯切れの悪い返事をしながら、窓際にある実験机の前に置かれた小さい椅子に座った。
「それってなんか実験してんのか?」
いきなり聞いたのはもちろんセトである。
仲間二人に緊張が走る。
青年はちらりと後ろを見、こくりと頷いた。
「えっと、まあ、いろいろと……様々に……」
どうにもはっきりしない口調に、ラズロは何か隠しているのではないかと目を光らせていた。
一方リムには彼に既視感があった。厳密に言うと、彼のその態度に既視感があったのだ。
彼はつまり、人見知りなのである。
自分や、セトの優しさを受け取ろうとして、その受け取り方が非常に下手だ。絶対に人見知りしている。
リムはそんな彼を柔らかな表情で見つめる。
「お名前はなんですか? わたしはリムです。こちらがラズロ。彼はセトです」
彼をとにかく緊張から和らげようと、自己紹介を始める。
「お、おれはイディカ……王宮の、と、紹介を受けた。が、そいつも同様なのか?」
イディカはセトに不審そうな目を向ける。
「彼は今回だけ特別に同行しているだけです……あの、イディカさんは村ではあまりよくない噂をされていることはご存知ですよね?」
慎重に、遠くから輪をかけるように聞き込みをはじめるリム。
イディカは俯いたまま、何の反応も返さない。
しばらくの沈黙。リムも、どう話を進めれば分からなくなっていた。セトが城にいたのはイディカではない、と言っていた。それに、彼は本来はただ優しい人間なのではないか、と予測していた。自分たちを招き入れてくれたこと、時折見せる優しい笑み、そして、人に怯えたような態度。
彼と話していると、胸が痛むのをリムは感じていた。
村の人たちは、何か勘違いをしているのではないかと。
「お前って魔法使えるのか?」
ど直球。
再び時が止まる王宮の二人。
もちろん尋ねたのはセトだ。
イディカも目を丸くしていた。目をぱちくりさせ、やがてその言葉をやっと理解したように吹き出した。
「回りくどく聞かれるよりは非常に心地良い。残念ながら、おれは村の住民が噂している魔法の使用は不可能だ」
イディカは素直に首を振った。
リムはその言葉にほっと胸をなで下ろした。
「あなたはこの危険な場所でなにをされているんですか?」
実験机や本を見渡しながら、ラズロが尋ねた。
「おれの母さんは医者だった。迷いの森には調合すれば薬になる薬草や木の実が多様に生息している。母さんは村の住民たちの為にここで研究をしながら暮らしていた。しかし、村の住民たちは母さんの医療知識を魔法のように捉えた……人付き合いも苦手だった母さんは村では魔女と呼ばれていた。その末、子供のおれは魔女の子、って顛末だ」
イディカは背もたれに背を預ける。
「それでも村の住民は都合の良いときだけ母さんを利用した。母さんが死んだときは、おれだけで母さんを埋葬した。そのあとは母さんの研究をおれが続けている。もっと、いろんな病気を治したい。治せる可能性があることを、母さんが教えてくれた。母さんが魔女と言われても尚続けていた研究を、おれが引き継いだ」
イディカは立ち上がって部屋を見渡す。これらは全て、母の遺したものなのだろう。そのまなざしは寂しそうに、誇らしげに光っている。
「では、村の病気については、あなたは詳しいのではないですか?」
病気との関連性を説こうと、ラズロは踏み出す。
イディカは神妙な面もちで頷いた。
「村に病気が流行りだしたのは魔王が復活してから……この森にも暗雲が届いた頃だ。以前も……母さんの時にも同じ病気が流行った。母さんの残した研究資料には当時の研究内容が記載してある」
イディカは古びた手帳を取り出す。それは年季も入っているのはそうだが、何度も何度も開かれて使い古されたような気配がある。
「病気の元凶や、治療方法などは書いてありますか?」
ラズロの問いかけに、イディカは曖昧な表情で固まった。
「元凶は不明。しかし、治療方法、投薬によって症状が軽くなって完治する、というのは解明済み」
「薬があるのですね」
「おれは今その薬の作成をしている」
実験机を眺め、しかしイディカの表情は暗い。
「ちょっと待て、そこのそれはてれび、じゃねえか!?」
ずかずかとイディカの傍に駆け寄り、実験机のメモたちに埋もれている黒く四角い物体を眺めるセト。
「お前はこれの知識があるのか?」
イディカは信じられない、というような目で少年を見た。
「俺の家にもあったんだよなー! ほらリム、これが絵が動く箱だよ! うちのに比べるとだいぶ分厚い感じするけど」
取り付けられたスイッチを押すが、変化はない。セトはううむ? と首を傾げた。そして横から後ろからてれび、を観察すると、無造作にぴょろっと出ている線を掴んだ。
「これ、エネルギーがついてないな」
「動かすための物質が必要ということか?」
イディカが聞くと、セトはそうそう、と頷く。
「姉ちゃんは電気で動くって言ってた」
「では、わたしが動かせるのでしょうか?」
リムが若干わくわくした様子で近寄り、セトから線を受け取る。先端には二手に分かれた金属がついている。
それをぎゅっと握る。
すると、ブーン、という低い音を立て、てれびに文字が表示された。
「何か出てきましたよ!?」
リムは少し怯えたように、おそるおそるそれを覗き込む。怪訝そうな顔でそれを眺め、
「この国の文字ではありませんね……なんと書いてあるのでしょう?」
「アナログ放送、終了、と書いてある」
イディカが読み上げた。
「イディカさん、読めるのですか?」
「あ、いや、まあ……」
振り返った少女の大きな瞳に見つめられ、イディカは反射的に顔を逸らす。
「終了、というのは、元気がないということなのでしょうか…?」
「そういうもんだっけ…? もうちょっと電気食わせてみれば?」
「ぐぬぬぬ……!」
リムが懸命に電気を送ると、焦げ臭い匂いが立ち上り始める。
「ま、待て待てリム! なんか危ないぞ!?」
「爆発!? 爆発するのか!?」
危険を察知したセトがストップをかけた。イディカは傍にある研究資料を抱き寄せた。
リムもはた、と魔法を止める。線を机に置き、てれびを見ると、若干黒い煙が漏れ出ている。浮かび上がっていた文字がガビガビと揺れている。
「文字が動いてますが、なんだか不穏な演出になりましたね……?」
「燃焼の臭気を感じるんだが、問題ないのか……!?」
ぎゅっと研究資料を抱えてイディカが問う。セトはしかしけろりとした態度で、
「分かんね」
と答えた。
「む、無責任な! まだ研究途中の諸々があるのだから、軽率な行動は控えて頂きたい!」
「わたしもごめんなさい……人の家で勝手にこのような無礼を……」
しゅんとするリムを目前にして、イディカはうぐ……と言葉を詰まらせた。
「大事になってはいないのだから、結構だが……ッ」
喉の奥から苦し紛れに折れるイディカであった。
「それで、先程の話には戻りますが、薬について現在の進捗を伺いたいですね」
ラズロがだいぶ脱線した話を無理やり戻してきた。
「そ、そうですね。薬はまだ完成していないのですか?」
リムはイディカの横顔に問いかける。
「完成していない。寝ずに進めてるけど……足りない材料がある」
「材料?」
「迷いの森に咲いている花だ。珍しい花で……迷いの森に生息していることは分かっている。具体的にどこに咲いているかは不明」
「じゃあ、俺たちがそれを採ってくれば良いんだな」
セトはなんとかくみ取った情報を理解し、早速体を外へと向ける。
「え、えっと、待って」
イディカは立ち上がり声をあげる。
「迷いの森に入ったら、お前は帰ってこれない……と、推測する」
「変な感じのする森だろ。いやな予感は確かにするけど……でも、その花をとってくれば薬ができるんだろ」
「帰ってこれない。おそらく、確実に」
「でも誰かが行かなきゃいけなんだろ。だったら俺が採りに行く」
頑として意見を曲げないセトに、イディカは面倒そうにため息をつき、窓辺に置いてある小箱を持ち上げた。それを優しく開き、その中からペンダントを取り出す。
青色にひかるペンダントをセトにつきだした。
「これを所持していけ」
「なにこれ?」
「迷いの森の、その、「変な感じ」に惑わされないためのお守りだ」
きょとんするとセトに、苛立ったように語気を強めた。
「へー。すごいもの持ってんだな」
「……母さんの形見だ」
「そっか。じゃあ、リムに持っててもらおうかな」
そう言ってセトはリムの方へ視線を向ける。
リムは不思議そうな顔で首を傾げた。
「丁寧な扱いってあんまりできないし。リムが持ってれば安心だ」
「そ、そうか」
イディカはちょっと意外そうにしながらも納得した。
「では、その薬の材料となる花を探しに行きましょう」
リムが意気込んで立ち上がるが、ラズロは動く気配がなかった。
「ラズロ、どうしたのです? 一刻を争うのです、行きましょう」
「いいえ。私は此処に残ります」
「え?」
ラズロが首を振る。リムとセトは驚いた顔をした。
ラズロは至って真面目な顔で二人を見つめ返した。
「イディカさんは相当疲れているように見受けられます。何か手伝えることがあれば、と思いまして。私は学がそれほどありませんので、こういう研究じみたことにお力添えは難しいかもしれません。けれど、身の回りの世話などはで可能ですので」
ラズロは言いながらイディカのそばに寄る。
ものすごくいやそうな顔をしたイディカだったが、その整った顔ににこりと微笑まれて苦々しそうに唇を結んだ。
「なるほど。そうですね、わかりました。ラズロ、イディカさんをお願いします」
「承知致しました」
「ではセト、行きましょう」
「あ、これ、その花の特徴のメモだ」
イディカが手帳から何か書き写し、一枚のメモをリムに渡す。
リムはそれをしっかりと受け取り、イディカに微笑んだ。
「ありがとうございます。イディカさん、大変ですけれど、お願いしますね」
申し訳なさそうに言いながら、リムとセトは迷いの森へと向かった。
(あれ、この煙、大丈夫なのか……?)
四角い箱から未だに立ち上る煙に不安を隠せないイディカだった。




