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お祭り!はじめてのおつかい ☆

 翌日、リムとラズロは夫人に呼び出された。

「なんですか、見送りでもしてくださるのですか」

 ラズロはどうにも親に対して好戦的な態度をとる。父親に対しても厳しい言葉を選ぶが、ラズロ曰く「父はまだ会話ができる」そうだ。

 その会話ができない方の親は、一人息子の敵意の見られる声色にむっとして対抗する。

「せっかく外は良い天気で、お祭りで賑やかなのに、あなたたちはそれを満喫しないわけ?」

 その言葉に顔を見合わせる姫と騎士。

「あのですね、私たちは魔王を封印するという重要な役目があるのです。ここで時間をいたずらに食いつぶすことは致しません」

「そうです、おばさま。もちろん民との交流をしたいとも思いますが、優先するべきものがあるのです」

 口をそろえて真っ当に返す二人に、つまんない、というように盛大にため息をつく夫人。

「久しぶりに家に戻ってきて、すぐにまた出発、ってのも味気ないじゃない。それに、あなたたちは働きすぎ、気の張りすぎ! いつか必ずダメになっちゃうんだから」

「休息は適度にとっています」

「ほんっと、グリアちゃんは頭が固いわね」

「貴女が緩いだけでは?」

 煽るラズロに、意地の悪さが伺える。が、リムはいつものことと思い苦笑するばかりだ。

「セトみたいに緩く構えるくらいがいいじゃない。あたし、あの子好きじゃないけど」

「セトは良い子です」

 飛び火する不在のセトに対して、リムがすかさず弁明する。

 夫人は今まで夢見ていた一人息子と可愛がっていた女の子との間に入ってきた、間男を認めたわけではなかった。つーん、と拗ねたようにそっぽを向く。

「そういえば、セトはどこにいるのでしょう? 部屋にもいなかったのですが、稽古場でしょうか?」

「セトが自分で起きたことなんてないでしょう。床に転がってはいませんでしたか?」

「よく調べたんですけど……」

「あぁ、あの子ならあたしの買い出しのために城下町に行ってるわ」

「そうなんですか、買い出しに……えぇ!?」

 頷きかけたリムは素っ頓狂な声をあげた。そして夫人に詰め寄る。

「一人で城下町に行ったのですか!?」

「楽勝! って言って出て行ったけど」

「楽勝なわけないです!! 絶対に、絶対に迷子になってます!!」

 リムは言って身を翻し駆け出す。

 その後ろ姿を見て、夫人は不機嫌に頬をふくらませる。

「んもう、べたべたに甘やかしちゃって!」

「あまり意地悪をしないでください」

 ラズロがぴしゃりと叱咤する。

「あたしはグリアちゃんとリムちゃんが仲良くする未来に夢見てたの!」

「まだ諦めていなかったのですか……」

「グリアちゃんが諦めても、あたしは諦めないもん」

「……」

 もう姿の見えなくなったリムの背中を思い返しながら、ラズロは静かに目を伏せた。

「私は諦めてはいませんよ」

「えっそうなの!?」

 喜びの隠しきれない声色で夫人が振り返る。

 そのとき、ラズロの表情に夫人ははっとして固まった。

「えぇ。私は、リム様のおそばにいますよ。尊敬する仕事仲間として」

 その補足に、不満をぶつけようと思ったが、夫人はついに口を閉じた。リムを思う慈しみに、希望にあふれたその瞳に何も言葉は浮かばなかったのだ。

「リム様のおそばを離れるわけにはいけませんね。私も追いかけます」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 大きく嘆息し、夫人はかわいい息子を見送る。

 ラズロがいなくなると、夫人はあーあ、と肩をすくめた。

「リムちゃんはほんと、良い仲間に巡り会えたのね」

 小さい頃から知っているあの少女の成長に、やはり喜ばずにはいられない夫人だった。


 人の声が往来している。太陽に照らされたレンガ道は輝くようで、歩く人々の足下で明るい音を響かせている。

 不思議な形をした食べ物を売り出す声に振り返り、珍しい玩具を持った少女に目を輝かせ、華やかな衣装に身を包み踊る女性に目を奪われる。あっちこっちに目移りしかしないセトを、鞄の中からもぞもぞと注意する声が飛んでくる。

「よそ見ばかりしているとぶつかるぞ」

 渋く響く声だが、この祭りの喧噪にかき消されそうになる。耳の良いセトはでもさ、と目をきらきらさせながら言う。

「王都の祭りってすごいんだな! 見たことないものばっかり! みんな笑ってるし、めっちゃ楽しいな!」

「わしは雰囲気しか分からん」

 つまらなそうに応えるフラム。

 早朝夫人からたたき起こされたセトは怒る間もなく一枚の紙を手渡された。「このメモに書いてあるものを買ってくること」と、夫人は言い放ち、そそくさと出て行ってしまった。セトは寝ぼけ眼でその紙をしげしげと見るが、なんと彼は字が読めないのである。そこでフラムに助けを求めたが、小さいながらも竜がいるなど人に見つかったら大騒ぎだということで、鞄に詰められ連行されたのであった。

「で、次はなんだ」

 フラムは鞄の隙間からセトの持つメモをのぞき込む。

「あと二つだな」

「ふむ。ロジエの香水と書いてあるな」

「香水? あぁ、確かにラズロのかーちゃん、ロジエの匂いしたもんな」

 思い返しながら、セトはきょろきょろと周囲を見回す。

 ちなみにメモには買うものと店の名前は書いてあるが、地図は全く書かれていない。しかも項目は店が近いものから順ではなく、わざわざ行ったり来たりする形でメモがとられている。その夫人からのささやかな意地悪にセトは気付かず、祭りの景色を楽しみながら探索している。

「その店ならさっき右手側にあったの」

 フラムが狭い視界の中から覚えている限りの情報をセトに与える。

「そっか。じゃ、引き返すか」

 素直にくるりと方向転換し、また歩き出す。

 土地勘がまったくないので、さっきも歩いたな、という発想もないセトだった。セトは森や山などの道はすぐに覚えるのだが、こうも建物が多い町は自分の歩いている方向が全く検討がつかない。

「そこの角を曲がったところだ」

 行ったり来たりしていることに気付いていたレオンは、セトが気を悪くしない程度に助言をしていた。後半はメモの回収率が良いこともセトは気にしていない。祭りに夢中なのである。

 セトが指示通り角を左に曲がると、そこには見知った少女がいた。

「あれ、リム」

「セト! 無事で良かったです!」

 セトの姿を認識すると、涙ぐんだような瞳で駆け寄る。

「なんだなんだ」

「心配したのですよ。おばさまに買い出しを頼まれたって……ですが、セトは王都の土地勘がないでしょう」

「とちかん……えっと、そこがどんな道となってるか知りえた内容、って意味だっけ」

 以前ラズロに聞いたらそんな回答が返ってきた。ちなみにラズロは五歳児に話しかけるように、というリムの命令をきっちり守って導き出した返答である。ちなみにちなみにその回答も回りくどすぎてセトには理解できていない。

「そ、そうですね……とにかく、一人で行動は迷子になっちゃいます。わたしに声をかけてくださったら良かったのに……」

「リムは昨日疲れてただろうから、ゆっくりしたいんだろうなと思って」

「お、お気遣いありがとうございます……」

 当たり前のように気遣いができるセトに驚きながら、リムは少し嬉しくなって頬をほころばせる。

「って、そうではありません。一言でもいいので、わたしかラズロに言っていただきたかったです」

 流されかけるのをとめ、的確に注意をしていく。セトは言葉が足りない時が多々見受けられるため、なおしてもらいたいと思っていたのだ。

 セトはその注意を真摯に受け止め、深く頷く。

「わかった。気を付ける」

「そうしていただけると嬉しいです……それで、おばさまからの頼まれ事は、この香水で良いんですよね?」

「お、そうそう。よくわかったな」

「おばさまからお話は聞きましたので」

 ラズロがあとから追いかけて教えてくれたのだった。夫人がセトに買い物を頼んだこと、その買い物リストの内容。そこから推察し、リムは先回りをして待っていたようだ。香水店の店主は戴冠式でセトの姿を覚えていた。セトが来なかったかと聞いたら首を振ったので、買い物もついでに済ませて待っていたらしい。

「でも、いろいろみれて楽しいな。祭りってこんなに賑やかなんだな」

「王位継承の際にのみ催されるものなので、この国で一番大規模なものになりますね」

「リムはたくさんの人たちに思われてるんだな」

 その言葉に、誇らしげな笑顔で返すリム。

「あと一つ買い物が済んでおらんぞ」

「あれ、フラムもいたのですね」

「わしはこやつの子守役じゃ。何せ、字が読めんのでな」

「ご苦労様です」

 リムは鞄にむかってぺこりと頭を下げる。

「それで、最後の一つというのは?」

 リムがセトの持っている紙をのぞき込もうとすると、

「合流されたのですね」

 後ろからラズロの声がした。

 二人で振り返ると、祭りの華やかささえ霞ませる美青年が立っている。

「えぇ。ですが、あともう一つ頼まれたものがあるみたいです」

「そろそろわしは城に戻って羽根をのばしたいんじゃが」

 もごもごと弱ったような声色でレオンが言う。

 するとラズロは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに平常に戻り、セトが提げている鞄をひょいと持ち上げる。

「うをを」

 急に強い振動が来て、フラムは戸惑いの声をあげた。

「失礼しました。フラムは先にわたしと城に戻りましょう。わたしも、片づけたい仕事がありますので」

「では、わたしも……あ、でもセトは……」

「いいえ。リム様はセトと一緒にいてください」

 決断できずにいるリムにラズロはきっぱりと言い放つ。

「ですが」

「民の様子を見るのも王家のものの務め。その目で実際に見てきてください」

 有無をいわさない様子で遮る。

 確かにリムは王都に戻ってきた時から、そして戴冠式を終えてからも人々の生活が気になっていた。以前までは頻繁に城下町におりては視察をしていたためか、しばらく国民の様子が分からなくて不安だったのだ。

「わかりました。セトと一緒に視察に行きます」

「息抜きでも構いませんけど」

 先ほどは厳しく言っていたはずだが、くるりと手のひらを返したように微笑んで言うラズロ。

「そう……ですね、セトの観光の案内役として、息抜きしながら」

 リムは言ってにっこり笑う。素直に従った彼女に対して多少驚きながらも、それは顔に出さず、では、とラズロは城へと戻っていった。

 残された二人は顔を見合わせ、そして視線を夫人のメモに落とす。

「最後の項目は何でしょう」

「なんて書いてある?」

 ずい、と目の前にメモを掲げられ、リムは一瞬固まる。

(本当に一文字も読めないんですね……)

 それはセトを責めているわけでも馬鹿にしているわけでもなく、自分が教育というものの尊さを実感しているのだった。

「えっとですね、リムちゃんが喜びそうなもの、と書いてあります。……? 何故ここでわたしが?」

「リムになんかプレゼントしたい、ってことか?」

「では、わたしが読んでしまうのはまずかったでしょうか」

「うーん」

 セトは首を傾げるが、

「ま、こういうのは本人に聞くのが一番いいから、いいんじゃないか?」

 と気にした様子もない。

 リムはそうですね、とセト同様気にすることはしなかった。

「で、リムは何かほしいものあるか?」

「特に今は……急に聞かれると思い浮かびませんね」

「そんなもんだよな。ま、今日は特別にいろいろ店がでてるみたいだし、見て回ろうぜ」

 セトはやっと気兼ねなく祭りを満喫できるとわくわくしていた。

 そんなセトの様子を見ながら、しかしリムは気になることがあってそわそわした様子で尋ねた。

「セトは、文字が読めなくて不便だと思ったことはないのですか?」

「ん? まあ、今までないけど……これみたいなことがあると困るな」

 メモをひらひらさせるセト。

「ラズロのかーちゃんからもトゲのあること言われるし、覚えた方がいーんだろーなーとは思うけど……」

 セトは言いながらとことこ歩き出す。

「っとと」

 と、反射的に何かを避けるセト。

 リムも彼の視線を追い、足下を見ると、三人の少女が駆け寄ってきていた。

「リムさま! やっと会えた!」

「リムさまおかえり!」

「元気? 怪我してない?」

 各々言いたいことを言いながら、リムの手をひく三人。

「久しぶりですね、元気でしたか?」

「元気だよ! リムさまが空を晴らしてくれたから、もっと元気!」

 活発そうな女の子が笑う。

 リムは彼女らの視線に合わせてしゃがみ、優しく微笑んだ。

「リムさますごいね! 女神さまとお話ししてたね!」

「戴冠式、来てくれたのですね。ありがとう」

 はしゃぐ子供たちの頭を撫でる。

「ねえねえ、そこにいるの、勇者でしょ!?」

「勇者だ!」

「なんか田舎っぽいね!」

 さらに言いたい放題の子供たち。しかし、セトも気を悪くした様子もなく、リムに合わせてしゃがんだ。

「リムの友達か、元気な子だな!」

「リムさまにいろいろ教えてもらってるんだよっ」

「ねえねえリムさま、これなんて読むの〜?」

 のんびりした声色の女の子がメモをリムに渡した。

「これはロジエ香。お香を指していますね。三人はお使いですか?」

「そう! お母さんに頼まれたの」

「わたしたちは付き添いだよっ」

「俺たちもお使いやってるんだよな」

「勇者、使いっぱしりにされてるの?」

「こえぇおばちゃんにメモを渡されたんだ」

「見せて見せて!」

 セトはせがむ子供たちをなだめながらメモを見せた。

「最後、リムちゃんのほしいものって書いてある!」

「プレゼント?」

「え、おまえらこれ読めるのか?」

「これぐらい読めるよねー!」

「ねー! 勇者読めないの〜?」

 くすくす笑う三人。

「やいやいだなあ、子供でも読めるのか……」

 ちょっと悔しいセトはメモをじっと見つめた。

「リムさまに教えてもらったらいいよ!」

「ね、リムさま!」

「えっ!?」

 突然すり寄ってきた少女に、リムは目を丸くした。

「リムさまに教えてもらうとたくさん分かるんだよ!」

「学校の先生になりたいんだもんね!」

「学校の先生?」

「そ、そうですけど……!」

 彼女の秘めた夢を暴露しまくる少女たち。優しいリムは困った顔をしながら、えへへ、とと微笑む。

「へえ、じゃあリムに教えてもらうのが良いかもな。ラズロは結構スパルタだから、剣も勉強も両方って言われるとちょっと……って思っちゃうんだよな」

 ラズロとの剣の稽古を思い出しながら、遠い目をする。

 そんな彼の前で、リムは顔を赤くして、そわそわとした様子で提案した少女の手を握りしめていた。

「ほ、ほんとうですか、わたしで、大丈夫ですか……!?」

「うん、リムが大丈夫なら、俺に読み書きを教えてくれよ」

「は、はい、是非……! わたし、がんばります!」

 気合いを込めた表情でガバッと立ち上がる。

 わーい、と少女たちは周りで嬉しそうにしている。

「では、まずは道具を揃えねばなりませんね。それから、現時点の学力レベルを知るためにテストを作成するべきなのでしょうか……? そもそも本当に文字が全く読めないとなると……児童書などから読み聞かせるのはどうでしょう……!?」

 いろいろ模索してくれているリムを傍らに、やっぱり長く一緒にいると考え方が似てくるんだなー、と、剣の師を思い浮かべながらセトは晴れ渡った空を仰いだ。


 それから二人はにぎわう王都を見て回った。セトが一人で歩いているときも声をかけられることがあったが、リムと一緒にいると常に誰かが話しかけてくれた。リムが言っていた、国民の様子を見たいというのはこういうことなんだな、とセトは思った。

 そんな中、王都の中には一つの不思議な話が出回っていた。

 あの魔王復活の騒動以降、見かけない商人が一人、城下町で商品を売って歩いていたらしい。その商人が取り扱っているのは装飾品で、美しいと言うよりは不思議な魅了を放っていたという。見かけない商人に対して警戒心の強い人が多く、あまりその商品を買ったものはいないそうだが、購入した人が口をそろえて言うらしい。

「リム様が戻られた二度目の戴冠式の日になくなってしまった」

 と。

 ただ単純な紛失なのではなく、それを購入した人全員がそうらしい。跡形もなく消えてしまったので、セトもリムも、その装飾品を調べることはできなかった。

「不思議なお話ですね」

「夢でも見てたみたいだな」

 二人は首を傾げながらその話を聞いていた。

 そんな話をしてくれた魚屋の店主に会釈をし、再び歩き始める二人。

「それにしても、リム、すごい人気なんだな」

「公の場にはお父様と一緒にでていますから、みなさん、覚えていてくれているのです」

「リムは優しいから、みんなの人気者になれるんだな」

「そんなことは……」

 否定しようとしたが、あまりの真っ直ぐさに照れが勝ち、ごにょごにょと言葉は小さくなっていった。

「こんにちは、姫様」

 するとまた声をかけられた。宝石店のようだ。外にも商品を並べているようで、店番の女性が声をかけてきた。

「こんにちは」

 リムは微笑んで挨拶をする。

「こう並んでいると、どれもきらきらして綺麗ですね」

「お、これすごいな」

 セトはしゃがんで一つのブローチを眺めている。

「あぁ、それね」

 女性の表情が一瞬暗くなったのを、リムは見逃さなかった。

「のぞくと石の中にロジエの花が咲いてるんだ。花も宝石で作ってあるんだよ」

「すげー。ほら、リムも見てみろよ」

 リムもそっとのぞいてみると、緑の宝石の中に赤いロジエの花が咲いている。宝石の輝きがそのまま写るように、リムの瞳もきらきらしている。

「すごいですね」

 呟くように感嘆の声をあげる。

「ここはうちの父さんがやってる店なんだけどね。夫も少し作ってんだ。本業は祠の管理隊だけどね」

「あ、もしかして、管理隊長さまの奥様ですか?」

 リムが言うと、女性はそのふくよかな頬をぐっと固めて驚いた顔をした。

「そうか、姫様に覚えていてもらえるなんて、うちのも誇らしいだろうね」

「お優しい方ですよね。小さな息子さんがいると仰っていました」

「そう。今は父さんと一緒に祭りを見て回ってるけどね。あの子、ほんとは戴冠式の日にちょうど誕生日だったんだ」

「それは……」

 リムは気まずそうに口をつぐんだ。

「魔王の復活で王都があんなことになって……祠にいた夫の行方も分からなくてね。戴冠式だし、息子の誕生日なんだから、仕事休んで一緒に祭りに連れてってやれ、って言ったんだけどさ。こういうときだから、仕事しないと、って」

「……」

「あれからうちの子は随分塞いじゃっててね。でも、昨日の戴冠式でちょっと元気が出たみたい。渋々だけど、父さんと一緒に出かけてくれてね」

 女性がセトの持つ宝石をじっと見つめる。

「戴冠式の記念に、って作ってたんだ。一つだけそんな凝ったもの作っててね。他にも店の手伝いなんていっぱいあるのに」

 愛しそうに愚痴をいう女性に、リムはそっと微笑んだ。

「すみません、これ、いただけませんか」

「え?」

「わたしたちの旅のお共に、是非」

 リムの言葉には揺るぎない強さがある。女性はまた目を丸くしていたが、やがて首をふった。

「じゃあ、それは姫様にあげるよ。夫もそのほうが喜ぶ」

「いいえ、お金は払います」

「いいんだよ。姫様につけてもらえるんだ。それだけでじゅうぶんだ」

 そう問答する中、セトは値札を見てお金を置いた。

「これは俺からリムへのプレゼントにする」

「いいよ。勇者さまだからって、金はとらないよ」

「良いものには金を払え」

 セトは女性を真っ直ぐに見ていった。

「って、姉ちゃんが言ってた」

 その言葉に、女性は黙る。

「もちろんその商品が良いからお金を払う、ってのもあるけど、それを作った人に対してもお金を払ってるんだ。そのお金でその人が生活できて、良い生活ができれば、また新しく良い商品ができる。相手へ払っているわけでもあるし、未来の自分に対して払っているわけでもある、って。お金は良い未来をジュンカンさせるためにあるんだって」

 拳を目の前でぐるぐるさせながら、セトは難しそうな顔をして説明する。

「姉ちゃんのいうことってあんまりわかんないけど、良い未来が来るなら金は払うべきだな」

 ずい、とお金を押し出した。

 すると女性は肩を竦めて苦笑した。

「商売人を生かしも殺しもする文句だね」

 言いながらお金を勘定し、確かに、と足下にしまった。

「次も、きっと良いものを作るよ」

「そうだな。そうやって、王都に良いものが増えると俺も嬉しい」

 と、女性がセトたちの背後に視線を移し、困ったように微笑んだ。

 セトとリム、二人が同時に振り返ると、そこには妙齢の男性と、抱え込まれてむすっとしている男の子がいた。

「もうすぐ花火だって始まるのに、もう帰ってきちゃったのかい。もうちょっと見てまわればいいのに」

「いろいろ見ていて、寂しくなってしまったみたいで」

 男性がそう言うと、男の子は拗ねたように男性の肩に顔を押しつけてしまった。

 男性はこの店の店主だろう。そして、拗ねている男の子が例の息子だろうというのは、二人にはすぐに想像できた。

「おやおや、これは姫様。ご来店ありがとうございます」

 男性は淑やかな動作で会釈をした。気品のある人だ。

 抱えられた男の子はリムの存在に気づき、そろそろと視線をこちらに向けてきた。

「ほら、リム様にご挨拶をしなさい」

「……」

 息子の口は一文字に結ばれている。

 リムは彼の心情を思って、悲しそうな顔をした。

 重苦しい空気を感じたのか、セトはすっと立ち上がって男の子に寄る。

「お前のとーちゃん、俺たちが必ず助けるから」

 と、言い放った。

 男の子は目をまん丸くさせたまま、セトを頭からつま先までじっくりと見た。そして、驚いた顔のまま口を開く。

「お兄ちゃん、勇者?」

「勇者は俺のとーちゃんだな。すごい人だったんだぞ。俺はその子供。お前のとーちゃんもすごい人なんだってな」

「……お父さん、どこかにいるの?」

「お前のとーちゃんも、リムのとーちゃん、かーちゃんみたいに、どっかに閉じこめられてるんだと思う」

「……」

 それでも暗い表情を拭えない少年に、セトはさらに顔を近づける。

「いいか、お前のかーちゃんも、お前と一緒なぐらい寂しかったり不安だったりするんだ。だからな、今はお前がかーちゃんを守ってやるんだ」

 真剣な眼差しでセトは言う。

「俺が魔王を封印して必ずお前のとーちゃんを連れて帰ってくる。だから、それまでは、お前がかーちゃんを守るんだ」

 セトの強い瞳に、少年は戸惑いながら、迷いながらも、その目を見つめ返す。

 とらえて離さない、絶対に折れない強い意志に、少年は頷いていた。

「うん、おりがお母さんを守る」

「よし、約束だ」

「うん」

 セトはにぱっと笑って少年の手をとり、握手をする。

「勇者は田舎くさい言葉を使うんだね」

 ちょっと気になっていたことを少年は平然と口にした。

「こら! すいません、失礼なことを」

 女性がすぐさま謝った。セトは気にした様子もなくそうだな、と同意していた。

 と、そこで上空から小さな爆発音のようなものが二度鳴った。

「!? なんだ!?」

 セトはびっくりして腰の剣に手をかける。

 その様子に一瞬一同固まったが、やがてどっと笑いが起きた。

「花火が始まる合図だね。勇者さまは王都の祭は始めてかい?」

「ハナビ……?」

「空に花が咲くんだよ。城から見た方がよく見えるんじゃないかね」

 女性がそう言うと、セトは目をきらきらさせた。

 その様子に、リムは優しく微笑んで、

「そろそろ戻りましょうか」

 と言った。

 セトは頷き、わくわくしながら城へと体を向ける。

「それでは、良い一日を」

 会釈をし、リムは城へと歩き出した。

「あ、そうだ」

 くるりと再びセトは方向転換し、少年を見つめて笑う。

「誕生日、おめでとうな!」

 言って、リムのあとを追いかけた。

 少年はその言葉にぐっと胸が熱くなり、祖父の手を振り払ってその場に降り立つ。

 自分の足で立ち、一つに結んでいた唇を柔らかくほどく。

「よかったね、ルタロー」

 我が子の頭を優しく撫でる母。

「ねえ、母さん」

「なあに?」

「一緒に花火、見に行こうよ」

 少年はそっと母の手を取り、花が開くように笑った。


 鼓膜を揺すぶる大きな音がするたびに、セトは目を丸めた。

 その様子に、くつくつと笑う夫人。

「田舎ものは花火も見たことないのね」

「すげえな、空に花が浮かぶんだな!」

 セトは興奮したように、びっくりしながら、喜びながら一心不乱に空を見つめている。

 ラズロはリムのカップにお茶を入れながら、そっと耳打ちする。

「今日は良い一日でございましたね」

 その一言にリムはさっとラズロを振り返り、ちょっと頬を赤くした。

「きょ、今日もいつもと同じです。民が元気そうで、良いと思ってました」

「それだけでしょうか」

 ラズロはいたずらっぽく笑う。リムは否定もできず、恥ずかしそうにぐっと押し黙った。

 そして、リムの胸元で光るブローチに気がつき、柔らかく微笑んだ。

「すてきなブローチですね」

「あ、これは……」

「リム様によくお似合いです」

 リムはそのブローチをそっと手で包む。その表情はどこか愁いを帯びていて、ラズロは自分が思う以上に何かあったのだろう、と察した。

「必ず、魔王を封印しましょう」

 リムは言った。

 その言葉には真っ直ぐな、どこまでも折れない強さが見える。ラズロは頷いた。

「えぇ。必ず」

 花火の音はどこまでも響くように、華やかさを空へと打ち上げる。

 暗雲を払った空には、色とりどりの火花が散っては消える。

 あの宝石店の少年は、母と一緒にこの花火を見ているだろうか。セトは想像する。そして、自分の母も、どこかで見ているだろうかと、そっと思った。




挿絵(By みてみん)

挿絵つけれるんだ!?って感じでつけました。

先行して書いてる方も残り後日談となり、だいぶ心に余裕ができてきました。

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