帰還!王都演説 第八話
戴冠式を終え、太陽は沈み空も静かに星を瞬かせる。
久しぶりにみた夜空に、リムはほっと、安堵のため息をついた。
自室で僅かに残された書類仕事に手をつけながらも、今日あったことを思い返しては、心の中に温かさが宿るのを感じる。
(わたしは誰かに支えられてばかり。でも、それは決して弱いわけではない)
こんな自分にも光がさしたこと、その光は、きっと自分を慕ってくれる国民や、信じてくれる仲間がくれたものだ。きっと、自分を信じて、願いを託し、城から逃がしてくれた人たちが、はじまりの光。
リムはもう自責しない。前を向いて歩く覚悟を決めたのだ。
「リム様、よろしいですか」
とんとん、と控えめなノックの音とともに、ラズロの声がした。
リムは振り返り、どうぞ、と優しく言った。
扉が開き、長い髪をゆるくまとめた美青年があらわれる。妖艶ともいえるその姿に、リムは思わず頬を染めた。
「夜分遅くに申し訳ありません……顔が赤いようですが、体調でも優れないのですか」
変化にすぐ気付くのも難儀なものだ、とリムは思いながら、必死に首を振って否定した。
「大丈夫です。ですが、今日はさすがに気疲れをしました」
「久しぶりの姫としての業務、滞りはなかったと思われます」
ラズロは決して贔屓をして物事を見ない。その言葉に、リムは心から安心した。
リムはふふ、と微笑みながら、椅子に座るようにラズロに促す。
ラズロはけれど片手をふりそれを拒否する。
リムは揺れる髪を見て、不意につぶやく。
「髪、のびましたね」
ラズロは目を丸くし、そして目を細めながら髪を軽く梳く。
「お見苦しいかも知れませんが、これは願掛け……というより、戒めのようなものです」
「綺麗な髪ですから、わたしはかまいません。けれど、戒めというのは」
「自分の中の問題の話です」
年の離れたラズロは時々、リムにも言わないことがある。というより、多いとリムは感じていた。けれど、彼にすべてを語らせるというのもできるのであろうが、リムは決してそれはしなかった。
彼から話してくれることを、彼女は待っていた。
「戒め、ですか。マグノリアはどうにも、自分に厳しすぎるところがありますね」
彼の名前を口にした一瞬、心の中に深い安心感が広がるのをリムは感じた。もともと、2人きりの時はラズロの名前であるマグノリア、と呼んでいたが、旅の最中は常にセトもいたからか、久しく呼んでいない。
困ったように笑うと、ラズロは肩をすくめた。
「主人に似たのでしょうね」
「主人というのは、わたしのことですか」
むっとした表情を感じ、ラズロは内心まずい表現だったか、と口を閉ざした。
応えないラズロに、リムは悲しそうに眉を下げる。
「あなたとは対等であるとわたしは思っています。主従という上下関係があるなどと思ったことは一度もありません」
厳しい口調で抗議する。
しかし、ラズロはやれやれといった風にあきらめたような顔をした。
「貴女が思う分には多少問題ないでしょうが……私の立場から言うと、大きな問題になってしまうんですよ」
「それは、わかってますけど……むむむ」
至極真っ当な返答に、リムもうなずきかけるが、
「ですが、言わなくてもいいので、心の内だけでは、そう思ってくれると嬉しいです」
素直な気持ちをのべる。
どこまでもまっすぐなその心に、そうですね、と専属騎士は応えるしかなかった。
「それで、何か用事ですか? あ、ごめんなさい、書類はまだ終わっていなくて」
「いいえ。明日で構いません。ただ、今日は一緒にいましたが、あまりお話はできませんでしたので」
若干の甘えが見えるその発言に、驚きながらも笑みがこぼれるのを抑えられないリム。
「そうですね」
柔らかく、可憐な花が開くように微笑む。
ラズロはその顔を見るだけで、今日はもう穏やかに終えられると思ったが、さきほどセトにも自分の内心を告げてしまったためか、口が開くのを止められなかった。
「私は、リム様とセトとともに、魔王封印の旅にでたい、と、考えております」
「マグノリア……」
「リム様は以前より、ずっと逞しく、気高くなられた」
魔王が復活したとき、戦火に燃える城から飛び出していくリムの背中。それから、再会したときの不安げな表情。火の神殿をあとにし、怒りながらも流した涙。戴冠式での、あのまばゆいまでの光。
すべてが、今のリムを作っている。つらく苦しい道のりではあったはずだが、今、こうしてリムは立派な王家の者として民を導いている。
(ほんとうに、大きくなられた)
すっかり状況は変わってしまったが、この城に戻ってくれば思い出す。自分をお姫様みたいだと見とれていたあの大きなまなざし。人見知りで引っ込み思案のためか、よく自分の後ろに隠れていた。
その幼かったリムはもういないのだ。
「それは、みんながいてくれたからです」
リムはそっと目を伏せて言う。
「わたしはまだまだ臆病で、気弱で……迷うことばかりだと思います。けれど、前に進む力をセトや、マグノリアがくれる。だからわたしは、迷いながらでも前に進めるんです」
「セトがいてくれて、私も良かったと思います」
その言葉に、リムはぱっと顔を明るくしてラズロをみた。
「セトがいること、まだ否定的だと思っていました」
ラズロは恥ずかしそうに小首をかしげた。
「最初はもちろんそうでしたよ。ですが、私は最初から間違っていたのですね。貴女の中で、彼はとても大きな存在です」
「えぇ。彼がいたからこそ、私はここまで来れた」
そう語るリムの目をみたとき、ラズロはぐっと口を閉ざした。何故か胸がふさがるような思いに、のどが熱くなる。
「覚悟は、決まったようですね」
「えぇ。わたしにはセトがいる。もちろん、マグノリアも。三人なら、きっと成し遂げられます」
「……もう遅いですね。冷える前にお休みになってください」
「え、えぇ……?」
突然話を終わらせたラズロに、振り回されたようなリムは曖昧に頷く。
ラズロは扉に手をかけたが、振り返り少女を見つめる。
「リム様。民はいつでも、貴女の幸せと笑顔を願っております。それはセトも、そして私も同じ気持ちです」
優しく撫でるような声色に胸の内が温かくなる。
「ありがとう」
柔らかくはむように礼を言う。
「では、おやすみなさい」
「えぇ、おやすみなさい」
ラズロは静かに扉を閉めた。
一人になり、しん、と部屋が静まりかえる。
リムはふう、と一つため息をついて、明かりを消してベッドに横になる。
その枕元で、ぽかぽかした気持ちの中で、けれど一つの懸念が潜んでいるのを確かに感じた。
(幸せと笑顔……民の幸せがわたしの幸せであるように、姫であるわたしの幸せが民の幸せ。わたしはこの国の姫として、旅をしている)
(セトがもし旅をやめると言ったとき、わたしはそれに素直にうなずけるのだろうか。彼にも彼の幸せがある。それは分かっている。でも……)
その先の感情を、言葉にすることさえ怖かった。
大きな立場を背負っている自分が、私情を挟むことがどれほど身勝手なことか、リムには痛いほど分かっていた。
窓辺から見える星空を眺める。
その煌めきが滲む前に、リムは目を閉じた。




