帰還!王都演説 第七話
戴冠式を終え、民衆の歓声に押されながら城内へと戻ってきた。
最後まで国民の姿を目に焼き付けるように眺めていたリムは、扉が閉まるとともに振り返る。しかし、そこから歩く気配はなかった。
「リム?」
ついてこないリムに気付き、セトが声をかけた。
「セト……」
リムが振り返ると、そこには眉をさげ、けれどどこか安心したような曖昧な表情があった。
「やいやい、どうしたんだよ」
「いいえ……その、わたし、セトにどうしてもお礼を言いたくて」
「お礼?」
「はい。わたし……」
リムは一瞬言い淀んだが、やがて意を決したようにセトを真っ直ぐに見つめる。その手をとり、目に涙を浮かべた。
「ほんとうに、あなたに出会えて、あなたに助けてもらって良かったと、わたしのそばにいるのがセトでほんとうに良かったと思います」
「どうしたんだよ、急に」
セトはびっくりしてわたわたと戸惑う。
「どうすることもできなかった、暗闇の中からわたしを見つけてくれた……さきほども言いましたけど、セトは、わたしにとっての勇気です。臆病だったわたしを、強くしてくれた、希望です」
涙ぐむリム。その涙を、セトはぐいっと左手でぬぐう。
「強くなれたのはリムのもともとの力だよ。俺は何もしてない。それに、助けられてるのは俺の方だ。リムがいるから俺は強くなれる。こっちこそ、ありがとうな」
セトは太陽のようなまぶしさで笑う。
その言葉に、笑顔に、どうしても敵わないとリムは思いながら、笑ってみせる。
「わたしもそのつもりはないんですけど……ではお互いに、ありがとう、ですね」
「だな」
微笑みあう二人。
そんな仲むつまじい姿の二人を見せつけられる、ラズロ親子。夫人の方はつまらなそうな顔をしていた。
「あーあ、あれじゃあグリアちゃんの入る隙なんてなさそうね」
傍らにいるド真面目息子にはっぱをかけるように呟く。
「何を仰っているんですか。リム様は私の大切な仕事相手です。それ以上の感情はございません」
さらりと受け流すラズロ。そのいつもと変わらぬ口調に、夫人は目を丸くしてラズロをみた。
「え、マジに言ってるの?」
「大マジですよ」
「えーっ、リムちゃんが娘になったらめちゃくちゃ甘やかしてあげようと思ってたのにーっ」
あの服も着せてあげたいし、お買い物だって行きたいし、と夫人は夢を語る。
「でも年上のこんなかっこいい人が傍にいたら、初恋の相手ぐらいにはなってたでしょ」
「わたしの初恋はリム様でしたけどね」
またさらりと言ってのけるラズロに、夫人が停止する。
「……大マジですか」
「最上マジですよ」
「その様子だと初恋は実らなかった、って感じね」
息子の正直な告白に、夫人は母親らしい愛しさを含めて言った。
「リム様は私のことを終始、お姫様みたいだ、と称してくださいましたよ。それに、当時リム様の初恋の相手は他にいらっしゃいました」
「この完成された美少年を差し置いて、その相手は一体誰なのよ」
夫人は少しむきになって問いただす。
ラズロは二人を眺めながら、少し拗ねたように言う。
「それはもちろん、国王陛下ですよ」
「今日の戴冠式、っていうの、すごかったな! あの女神ってこういうこともやってんだなー」
「セトは以前女神さまにお会いしたことがあったそうですね。私ははじめて会ったので、多少驚きました」
いつもの日課、剣の稽古をしながら、セトは興奮した様子で語る。ラズロは相づちを打ちながら、攻撃の手を止めない。
「というか、稽古に集中してくださいね。二つのことが同時にできるほど、セトは器用ではありません」
大振りなセトの剣を最小限でかわし、真横に来たところを足を払って転ばせる。
「あでっ」
間抜けな鳴き声をあげながら前のめりに倒れるセト。しかし持ち前の反射神経で、顔面から倒れるのを防いだ。
そういえば、一昨日こんな光景あったな、とまだ少し痛む背中を思い出す。
「魔王の手下のあいつ、なんの理由があって魔王の仲間になってんだろう?」
くるりと体をひねり、半身を起こす。地面に座ったまま、セトは呟いた。
「情報があまりにもなさすぎますので、推測も不可能ですね。次に会ったときに問いただす……にしても、我々とおしゃべりをしてくれるほど、温厚ではなさそうですし」
「こわい感じのやつだったな。俺を殺す! ってまで言われたし。やだやあ」
「……」
と、そこでラズロがセトを見つめて押し黙った。
セトは深刻そうな面もちのラズロに、首を傾げる。
「セト、私はあなたに謝罪と、感謝の言葉を贈りたいと思っています」
「な、なんだよ、急に」
セトは一瞬萎縮したように顔をしかめた。
星が瞬く夜空の下、稽古場の光に照らされるラズロの瞳に、きらきらとした煌めきが見える。
ラズロの表情は真剣そのものだ。
「はじめて会ったとき、私はあなたに厳しい言葉を言ってしまったと思います。それは今でも思うことはありますが……しかし、リム様の中で、あなたがこれほど大きな存在であることを、私は見抜けなかった」
「はあ」
概要があまり理解できないでいる様子のセトは曖昧に相づちを打った。
「夫人……私の母にも、言われましたよね。あなたは帰るべきだ、と」
「俺は帰らない。リムのそばにいるって約束したから」
反射的に、セトは強く言った。
そう言う話ではないですけど、とラズロは思いながら、それでも尚動じずいつも同じ言葉を放つセトに、力強い安心感を覚える。
「えぇ……私もそう願います。どうか、セト」
ラズロは座っているままのセトに手を伸ばす。
「リム様のそばにいてください。私は、リム様のそばには、あなたがいてほしいと思っています」
ラズロのその表情に、セトは見とれていた。
優しく、慈しみにあふれた顔だ。リムを見ているときによくする表情。
(ほんとに、ラズロはリムのことが大好きなんだ)
セトはその手を取り、力強く応える。
「わかった」
ラズロが力を込めてセトを引き起こした。
セトはタイミングにぴったり合わせて立ち上がる。
「もう遅いですし、今日はここまでにしましょう」
言って、ラズロは剣をしまう。
「次の目的地を決めるまでは休めるでしょうが、それも明日か、明後日までです。リム様はいますぐにでも次に向かいたい気持ちでいるようですので」
「なるなる。とりあえずは今日はゆっくり寝るかなー」
「気になっていたのですが、その、なるなる、とは一体なんですか?」
ラズロが非常に真面目な口調で聞いてくる。表情は神妙な面もちで、セトはなんだかむずがゆい。
「なるほど、みたいな感じの、かるーい感じ?」
ノリでしゃべっているので詳しく聞かれるとどう表したらいいか分からない。
答えを聞くと、ラズロはふむ、と興味深げに頷く。
「確かに、そう表すと軽い印象を受けますね。使いどころは時と場所を選びますが……おもしろい表現方法です」
「お笑い殺しみたいだな、ラズロは」
「私は誰も殺めたことはありません。魔物はありますけど」
至極真っ当に反論するラズロ。
「そういうところだよぉ」
セトはふにゃふにゃした顔で、夜空を仰いだ。




