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帰還!王都演説 第六話

 翌日、暗雲に包まれた空から光が柔らかく降り注ぎ、かろうじて王都は明るかった。

 自分の心の内を映し出しているような空模様に、リムの表情は固い。

「さ、できたわよ」

 リムをぐるりと一周し、その姿を見定めるように眺める。

「うん、完璧」

 満足げに夫人は頷いて、リムの正面に立つ。

 リムは鏡に映る自分を見て、頼りなげに微笑んだ。

 純白のドレスに、所々赤色が差されている衣装は戴冠式用に用意されたものだ。髪を一つにまとめ、華やかに着飾られたリムは背筋を伸ばして、その衣装に穏やかに身を包んでいる。きらびやかであるが、柔らかい印象のあるドレスはリムの内面をより引き立たせているようだった。

「似合うわよ。この前よりも、ずっと」

 夫人はしっかりと言った。

 この服に袖を通すのは二回目だった。本来は一度きりのはずだったのだ。

 リムはドレスの裾をそっと持つ。柔らかな生地がリムの指をするりと滑る。

「……」

 リムは心につっかえている何かを必死で抑えているようだった。

 その姿がたまらなく痛ましく思えて、夫人は強くリムの両手をとる。

「リムちゃん。貴女は随分自分を責めているようだけれど、誰も、貴女の選択が間違っているなんて思っていないわ」

「……わたしが、みんなから助けられて逃がされたことは理解しています」

「リムちゃんは逃げたと思っているみたいだけれど、あたしたちは貴女に託したのよ」

「え……?」

 リムが目を丸くして顔をあげた。

 夫人は目があった少女に微笑む。

「貴女が必ず世界を救ってくれると信じて、あたしたちはあの村に貴女を向かわせたの。貴女は使命感に潰されそうになることも分かっていた……けれど、今こうしてちゃんと立って、国民のためにできうる限りの全てをしようとしている。これは、貴女にしかできないことだわ」

 夫人は言って、そっとリムを抱きしめた。

「胸を張りなさい。そして自分を誇りなさい。貴女は、自分の足でここまでやってきたのよ」

「……わたしは」

 リムの声は震えていた。すかさずリムから離れ、今度は目に涙をためた少女の頬を両手でぎゅむっと包む。

「泣かない! 貴女は笑うのよ、何があっても!」

「おばさま……」

 リムはぐっと唇を堅く結ぶ。たまった涙が落ちないように。

「国民はみんな、貴女の笑顔が大好きなのよ」

 そう微笑んで、ぱっと手を離す。

 リムは一瞬うつむきかけるが、夫人の目をとらえて逸らさなかった。

「わたし、行ってきます」

 リムは決心したように強く言い放ち、扉の向こうへ歩き出す。


「なんか変な感じ」

 なよなよした表情で、セトは廊下を行ったり来たりしている。

「私のお下がりで申し訳ありませんが……立派な式典ですので、正装はしてください」

 落ち着かない様子のセトをなだめるように、ラズロは優しく言う。

「動きにくいな、この服」

 セトとラズロは白を基調とし、赤の差し色が入った正装に身を包んでいる。清純の白と、この国の象徴であるロジエの花と同じ色。誉れ高い服装であるが、窮屈さにセトは不満そうだ。

「厳かな行事のものですからね。動く必要はありません」

「オゴソカ……」

「……リム様がお話をされている最中寝ないでくださいね」

 今日とて知能指数のあがっていないセトに、思わず嫌味っぽく言ってしまうラズロ。

「お待たせしました」

 と、そこにリムの声が入る。

 二人は振り返り、ラズロが柔らかく微笑み、セトは目を丸くして彼女を迎えた。

「リム様、やはりよくお似合いで」

「すっげー! お姫様みたい!!」

 ラズロの声を遮ってセトはリムに駆け寄った。

「えっと」

 リムは完全に照れて戸惑っている。

「ロジエ王国の姫様ですよ」

 ラズロが後ろで密かにつっこみを入れる。

「セトも、いつもと雰囲気が違ってかっこいいですね」

「この服、すっげー動きにくいんだ」

「すみません、式典の時だけ我慢してください」

「おう。で、その式は何をするんだ?」

「昨日説明しましたよね」

 ラズロがはあ、と腰に手を置いてため息をついた。

「俺は何をすればいいかは聞いてないぞ」

 至極真っ当にセトは言い返す。

「リム様が帰還……この城に戻ってきたこと、魔王を封印するために旅立つこと、それを説明した後、あなたを国民に紹介します」

「セトはわたしの合図で前に出てきてもらえれば」

 二人に言われ、なるなる、とセトは頷く。

「リムのそばにいればいいわけだな!!」

「……そうですね、そうしてください」

 ラズロは頭を抱え、セトの言葉を肯定した。

「では、参りましょう。国民が待っております」

 ラズロは言って、リムの一歩手前に立つ。そして流れるような所作でリムに手を差し出す。

「えぇ。行きましょう」

 リムは頷き、ラズロの手に自分の手をのせる。二人はそろって歩き出した。

 セトはその二人の姿に、感心に似た気持ちを向けた。

 白と赤の衣装に身を包んだ二人は、完成された関係のように見える。

 見とれていたセトだったが、すぐに二人の後ろをついて行った。


 前で先導するラズロが金色の取っ手に手をかけたとき、リムは胸の奥からぐっと不安が押し寄せてくるのを感じた。

 自分のやろうとしていることは間違っているのだと、今までやってきたことさえも揺らぐほどの不安感が背後に忍び寄ってきたような気がした。

 振り返ってはならない、と思ったのに、リムは一瞬後ろを見てしまった。

 するとそこには、リムを真っ直ぐに見つめるセトの姿があった。

 潔白さを放つ高貴な衣装に身を包んだ姿は普段とは少し違った印象で、リムはちょっとどきりとした。けれどその顔にたたえるほほえみは、リムがいつも見ているあの勇気と、優しさにあふれている。

 リムは前を向いた。

 するとラズロが扉を開く。

 一瞬、光が視界いっぱいに入って、目を細める。

 風がリムの頬を撫でて去った。

 三人の耳には、国民たちの声援が飛び込んでくる。リムを待っていた国民たちが城に集まり、リムの登場に歓喜の声をあげた。

 駆け寄りたい気持ちを抑えて、リムはラズロとともに歩き出す。

 演説台にのぼり、リムは二階から国民を眺めた。

 頭上には暗雲。しかし、王都はあの頃の活気を取り戻していた。

 リムが壇上に立ち、彼らを一心に見つめると、ラズロが手を離して後ろに下がった。

 国民はそれが合図のように、しん、と静まりかえる。

 リムは口を開いた。

「みなさま、本日は急にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます」

 その頬に笑みをたたえて。

 リムの内には国民に伝えたいことが山ほどあった。しかし、リムは一転して険しい表情で言う。

「ご報告したいことがたくさんありますが、事態は急を要します。わたしも現在は命をねらわれる身です。その身でありながら……みなさまを危険に晒すようなこの戴冠式も、本当は行うべきではないと重々承知です。しかしわたしはみなさまにどうしても知って欲しいことがあるのです」

 毅然とした声で、リムは語りかける。

「わたしは無事である、と」

 その瞬間、国民のみな、ほっと安堵した空気を察した。彼らの優しさに、リムも胸が熱くなる。

「そしてすぐにでもここを離れ、魔王封印の旅を続けます。次にわたしがここに戻ってくるのは、この世界に平和が訪れる時です。わたしはみなさんに約束します。必ず、必ず魔王を封印し、わたしはここに戻ってきます!」

 リムの言葉に、国民が歓声をあげる。

 声援も混じったひとつひとつの声に、リムはのどの奥が熱くなった。

 頭上に覆う暗雲を見上げる。

(どんなに世界が暗くなろうとも)

 リムの心に迷いはもうない。

 国民の表情を一心に見つめ、リムは口を開いた。

「魔王がどれだけ手を伸ばそうとも、わたしたちの心にまで暗雲は届かない。わたしたちの心には確かな光がある。優しさや、慈しみ、勇気にあふれた、確かな光が! そのすべてが希望となって、わたしは前へ進みます。彼とともに」

 リムは振り返り、セトに微笑み手をのばす。

 セトはその手をとり、リムと並んだ。

「彼はわたしの勇気。かつて魔王を封印した勇者の息子、セトです。彼とともに、わたしは行きます。どうか、みなさん、その心の光をどうか絶やさず、守り続けてください。わたしの希望は、あなたたちとともに」

 たおやかに微笑むと、国民の声援が波のように響いた。

 そして、暗雲の隙間から光が射し、彼らの頭上を眩く照らしだす。

「!?」

 リムは目を丸くし、セトは思わず警戒した表情でリムの前に立ちはだかった。

「そんなに警戒されると、傷ついてしまいますね」

 頭上から清廉な女性の声がふってくる。

 セトははっと目を見張る。

 光を纏って、空中に女性が現れる。それは丘で現れたあの女神だ。

「あの時のおb」

 言い掛け、セトの脳裏に痛撃な記憶が走る。

「お……ねえさん」

 セトは冷や汗を流しながらすかさず言い直す。

 女神はにっこり微笑んで呼びかけに応えた。

 リムはセトと並び、戸惑いと驚きの眼差しを向けた。

「どうして、女神さまが……」

「強く気高く、喜ばしい希望を感じたから……かしら」

 女神が微笑む。

「わたくしは別に魔法の書があるから現れるわけではないのよ。むしろ、いつも貴方たちの希望や、愛や、勇気とともに存在しているの」

「そう、なのですか……?」

「魔法だってそう。魔法の書だってそう。すべては気持ち次第よ」

「魔法……わたしはあの日、戴冠式の日、魔法の力を授かることなくここから離れることとなりました。女神さま、今一度、わたしに力を授けていただけませんか」

 リムが言うと、女神は目を丸くしてきょとんとした。その予想外の反応に、リムも目を丸くした。

「えっと……?」

「いいえ、ごめんなさい。わたくしも勘違いさせるような登場をしてしまったものね。ごめんなさい、わたくし、たくさんの強い光を感じて嬉しくて見に来てしまっただけなの」

「それは、一体……?」

「あなたはすでに魔法の力を得ていますよ。そうですね、足りないものといえば……」

 女神はずい、とリムを見つめ、隣のセトを一瞬みる。

「勇気だけ、でしょうね」

 リムは胸の前で繋いだ手をぎゅっと握る。

「勇気なら、すぐそばにあります。わたしは臆病者です……けれど、セトがわたしの勇気。わたし一人では足りないことばかりです。でも、みんながいるなら、どんな暗闇でも大丈夫」

「それが分かっていれば、じゅうぶんね。今のあなたなら大丈夫。この暗雲だって払いのけられるわ!」

「この、雲を……?」

「プリムヴェール、さあ、あなたの魔法で、奇跡を見せて!」

 リムは目をつむり、胸の前で結んだ両手に思いを込めた。

 ゆっくりと、王都の上に広がる暗雲が裂けていく。青い空が垣間見え、太陽の光が燦然と輝き姿を現した。王都を照らし、国民ひとりひとりの表情がよくみえる。みな驚いているが、その頬には笑みがあった。

「あなたの光があれば、ここに魔王の脅威は届かぬでしょう」

 女神は微笑み、その光の中へと消えていった。

「プリムヴェール、世界を救ってください」

 残された声に、リムは静かに頷いた。

「彼女をしっかり守っておやり」

 セトの耳に、その声は届いた。それは頭上から、あの女神から届いたようで、しかし後ろから聞こえたような気もした。それに、懐かしい、母の声に似ていたような。

 セトはその声の主が誰なのかはっきりとは分からなかったが、元気よく返事をする。

「あぁ、当たり前だ!」

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