帰還!王都演説 第五話
「リム、大丈夫か!?」
セトが勢いよく扉を開けてリムたちがいた部屋へ入る。
「ちょっと、ノックぐらいしなさいよ」
夫人は不機嫌そうに立ち上がって抗議するが、その脇を通り過ぎてリムに駆け寄るセト。
「わ、わたしは大丈夫ですけど……」
状況が掴めず、戸惑った表情のリムは首を傾げた。
「何かあったのですか?」
様子のおかしいセトに、ラズロは厳しい表情で問う。
「散歩してたら黒い珍しいのがいて、そいつをつけてったら本がたくさんあって、後ろからドンッてされて顎ぶつけて……!」
えっとえっとと一生懸命説明するが、全く要領が掴めない。フラムも補足しようかとそわそわしていたが、詳しいことはセトしか知らない。
セトの話を困った顔で聞く二人に、夫人はぱん、と扇子を打つ。
「ちょっと落ち着きなさい」
夫人が言うと、セトはおう、と頷いて黙った。ラズロは再び、今度は落ち着いた様子のセトに尋ねる。
「魔王の手下がいた、ということですか?」
「そうだ。そいつに後ろをとられて、でもなんとか抜け出して話を聞こうとしたんだ。その場所、本がいっぱいあったし、戦うのはだめだと思って」
「図書室ですね。その魔物は図書室にいた、ということですか」
セトは首を振った。
「魔物じゃない。人間だった」
一同が血相を変え、顔を見合わせる。ラズロは神妙な顔でさらに問う。
「人間……? 魔王側に人間がいる、ということですか?」
「うん、みたいだ。そいつ、なんで俺が人間側についてるんだって聞いてきた」
「人間に対して、何か恨みがある、といったような言い回しですね」
ラズロはふむ、と考え始める。
「目で人を殺せそうなきっつい顔してた。俺と同い年ぐらいに見えたけど……あ、あとそいつ、魔法を使ってたんだ」
「魔法を?」
「魔法って王族にしか使えないんじゃないのか?」
セトの純粋な問いに、リムとラズロは顔を見合わせる。二人でアイコンタクトをとっているようにも見えた。セトが二人の様子に怪訝そうに首を傾げると、夫人は扇子を開いて自身を煽る。
「厳密に言うと違うのよね」
「あ、それフラムも言ってた。なんだよ、ゲンミツって」
「魔法って言うのは……」
「じゃなくて、ゲンミツってなんだ」
夫人の言葉を遮って問いつめるセト。その発言に、夫人は嫌な予感を覚え、頭を抱える二人に視線を送る。
「ねえ、この子って……」
「セトの村には体制の整った教育機関がありません……やわらかい言葉を使えば伝わるのですが……」
リムは視線を逸らして言いにくそうに説明した。
言葉を失った夫人は、しかし大きくため息をついてセトを面倒くさそうな目で見る。
「細部にわたってきびしく注意を行き届かせるさまってこと(明鏡国語辞典MXより)」
「……はあ?」
夫人の意地悪な回答にセトはさらに首を傾げた。
「そこが重要じゃないの。魔法は王族にしか使えないって言うのは、結果的にそう言えば見当はずれな答えではないってだけ」
「これ、難しい話だな」
なんとなく察したセトは黙ることにした。
「つまりは、魔法は実は王族以外でも扱えるのです」
「なるなる」
リムの説明に、セトは素直に頷く。
「魔法の書から現れる女神様から力を授かるのです。魔法の書は王族によって管理されていて、むやみにこの強大な力を持つ者がないように、と王家で代々継ぐことになっていて……魔法の力を授かるときに、王家の者と認められ、この国を治めることができる、といったようなしきたりになっているのです」
「その行事のことを戴冠式、と呼んでいます」
「わたしもその戴冠式を経て、魔法を扱えるようになるはずだったのですが……式典の途中で魔王が復活して……」
リムは俯く。
「まだうまく魔法が使えない状態に……」
「なるなるなるほど」
セトはうなずき、はっと目を見開く。
「え、じゃあ、あいつが持ってたのって、魔法の書ってこと?」
「……」
「……あんた、今なんて?」
さっと部屋の空気が冷たくなったような気がした。黙る二人を差し置いて、夫人が鋭く聞き返す。
「あいつ、一冊の本を持ってて……魔法を使ったときに光ってた」
「それ、魔法の書よ! 盗まれたの!?」
夫人が形相を変えてセトに詰め寄った。美しい顔立ちに睨まれ、その迫力に二歩ほど後退する。
「持って……かれた……」
その重要さが未だ理解できないなりに、セトは弱々しく返した。
「そんな……」
リムが椅子に沈み込み、落胆する。
「魔王側に魔法の書を……それに、これでは戴冠式を行ったにしても、目的が果たせません……」
「タイカンシキ、またやるのか?」
セトの問いに、困り果てた顔のリムが弱々しく頷いた。
「あたしは反対よ。リムちゃんは今魔王に命を狙われてるんだから。自分の居場所を知らせるようなこと、わざわざしてほしくない」
ぷい、と頬を膨らませながら抗議する夫人。
セトがいない間の会話でも反対されたのか、リムは俯いて黙ってしまった。
「私も同感ですね。リムさまを危険に晒すことは避けるべきです」
「……いいえ、それでも、」
リムは顔をあげた。不安げな色はまだ残っている。けれど、その瞳の奥には強い意志が感じられた。
「それでも、わたしはもう一度戴冠式を執り行うべきと……思います。これは……わたしの覚悟を示すための試練だと、思うからです」
その強い眼差しはラズロに向けられていた。
リムは彼に見せたかった。自分の姿を。
「それから、どうしても民を勇気づけたいのです。わたしが無事であること、そして魔王を必ずもう一度封印すること。それをわたしの口からみなさんに約束したい。そのために、民を集めてもう一度戴冠式をしたいのです」
不安げな瞳の中に、確かな勇気をもって、リムは主張した。
セトはその言葉を聞いてすぐにぱっと笑う。
「それじゃあやるしかないな!」
そう高らかに賛同して。
セトの勢いに何もいえなかったわけではなかった。
ラズロの心の中には、喜びが芽生えていたのだ。今、目の前にいる少女は、自分が思うよりもまっすぐに、きちんと地面に足をついて立っている。揺らぎ、弱々しいあの頃とは違うのだ。
ふふ、とラズロはひとり微笑む。
「……あたしを置いてけぼりにして、三人で勝手に始めちゃいそうね」
ラズロの心変わりに気付いた様子で、夫人は肩をすくめた。
「リムちゃん、ほんとうに、頼もしくなったわね」
夫人は愛しさを込めたまなざしで微笑んだ。
戴冠式は翌日に執り行うこととなった。
急なイベントだが、その日から告知が始まり、少なからず夜は町が騒がしく思えた。
城の外から見える明かりは建物の数のわりにも光の数のほうが多いように思える。
「お疲れさまです」
ラズロとの稽古を終え、戻ってきたセトに声をかけるリム。
セトはそれに笑顔で返事をし、窓から外を眺めるリムの隣に並んだ。
「お祭りの準備、って感じだな」
「魔王が攻めてきてから、片づけもままならなかったので……」
窓辺から外を眺めるセトに、リムは寂しそうに応えた。
「けれど、この明かりを見ると、わたしの戴冠式を一人でも待っていてくれた人がいたんだ、って思えて、すごく嬉しいです」
「一人じゃないよ。みんなが待ってるんだ」
「……」
迷いのないセトの言葉に、リムは心を打たれてはっと黙った。
「あの、セト」
「さあ、明日は忙しいですから、早くお休みになってください」
ラズロが二人に声をかけて自室へと戻った。
「おう。で、なんだ、リム?」
セトが続きを促すが、少女は首を振って微笑んだ。
「なんでもありません。セトも、今日はいろいろと大変でした。ゆっくり休んでください」
少し子供に言い聞かせるように、優しく慈しむようにリムは言って、ぱたぱたと部屋へと戻っていった。
賑やかな音楽が遠くから微かに聞こえる。
(明日は楽しくなるんだろうな)
その期待を胸にいっぱい吸い込んで、セトは星空を背にして部屋へ向かった。




