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帰還!王都演説 第四話

 城の探索をすることになったセトは、ふかふかのカーペットの敷かれた床や、ただのレンガの壁でさえも興味津々に吟味しながら歩く。

 この城が建ったのはリムの両親も生まれるずっと前。

 まだこの王都も幼い街並みだった頃、当時から変わらず民から慕われていた王族のために、城の建設を提案する者たちがいた。その中の一人、ある青年は建設に大きく携わる匠の一人だった。

 職人気質の彼は表情を変えることが滅多になく、変えるとしても不機嫌そうにするか渋い顔をするかぐらいの、感情表現に乏しい人間だった。

その彼が建設中に気にかけていた人物が一人いた。

 当時の王家は二人の娘を授かっていた。二人の姉妹は両親に似て優しく、やわらかな日の光の下で愛らしく育っていた。

 彼の目にとまったのは下の妹の方だった。彼女は体の弱い姉をよく助け、慕い、いつも一緒にいるようなそんな子だった。活発そうな顔立ちの彼女はその印象を裏切ることなく、よく建設現場に遊びに来ていた。遠目に見ている姉を待たせ、危険もある現場内に勇ましく入ってくるような少女だった。

 彼女を捕まえるのはいつも青年だった。

 見つかると怒られることが分かっていた彼女は、その小さな体を活かして大人たちの目を盗みこそこそ入り込んできていたのだ。しかし、一人黙々と作業をしている青年にはいつも見つかってしまうのだった。

 見つかる度に彼女は青年に懇願した。

「お願い、お父様とお母様には内緒にして!」

 かわいらしい彼女のお願いに、さすがに青年ですらはいはい、と頷くしかなかった。

 そんなやりとりを続けていくうちに、城は少しずつその容貌を顕わにしていく。

 城の完成も間近に迫る頃、当初から比べてすっかり淑女となった末妹は男の表情をのぞき込む。

「なんですか」

 ふだんと変わらないぶっきらぼうな声色。それがやっぱり愛しくて、妹はくすくす微笑んだ。

「もうすぐお城が完成するから、喜んでいるかしらと思って」

 彼の表情が喜びに動くことを、彼女は心待ちにしていた。なぜなら、今のところ一切そんな瞬間がなかったからだ。

 男はしかし、少し俯いて言った。

「喜ぶなんてありません。むしろ……」

 言いよどむ彼に、むしろ? と続きの言葉を急かす。

 彼は彼女の顔を見て、寂しそうに瞳を揺らした。

「むしろ、もう貴方を見つけられないのかと思うと、惜しい気持ちがありますね」

「……」

 彼の言葉に、口をつぐんだ。

 目を丸くして、驚いたまま固まってしまった彼女を、男はすぐに不機嫌そうな顔に戻ってそっぽを向いた。

「え、ねえ、今の、今のってどういう意味?」

 純粋な疑問だった。外見の成長はしていても、心はお転婆のまま育った彼女は、彼の心情に疎かった。

「知りません」

 怒ったように彼は言い放ち、作業に戻ってしまった。

 むう、と頬をふくらませ、お姉さまにあとで聞いてみよう、と思う妹であった。

 やがて……

 なんということでしょう。あの何もなかった草原に、一つの立派な城が建っています。

 王家を想う人々の心が具現化したように、彼らを守り健やかに暮らせるようにと建てられたその城は、燦々と輝く太陽の光を浴びています。

 完成の式典が行われる直前、妹はあの青年を捜していた。

 あの言葉の真意を聞き出すためだった。姉に聞いたところ、あらあらまあまあと恥ずかしそうに頬を染めるばかりで、核心に触れる言葉は教えてもらえなかったのだ。

 なんとしてでも聞き出してやる、と意気込んでいた妹はついに男を見つけた。

 彼女の姿を認識すると、男は驚いた顔をした。

「何してるんですか、式典が始まりますよ」

 少し呆れも含まれながら、注意された。

 今の彼女には式典などどうでもよくて、ただ、彼の気持ちが知りたい一心だった。

「この間言っていた言葉の意味を知りたいの。ねえ、貴方のほんとうの気持ちを聞かせて?」

 彼女が言うと、男は少しためらった後、おずおずと一輪の花を取り出し彼女に差し出した。

 水色の、可憐な花びらの花だった。

「これは……?」

「水路が美しい、ある町の花です。この花を渡すことには意味があって……親愛の証として渡すそうです……その……」

 男は非常にしゃべりづらそうだった。

 なぜなら、彼女がその丸い大きな瞳で彼をじっと見つめていたからだ。

「あの……そんなに見つめないでください」

 ふい、と顔を逸らしてしまう。

 それでも彼女はじっと見つめる。

「あなたの言葉も、表情も、ひとつも取りこぼしたくなくて」

「……見つけてくれたのは、きっとあなたのほうだ」

「……え?」

「いつも一人で仕事をしていたオレを見つけてくれたのは、あなたのほうです。この花の意味は、親愛。ずっと一緒にいたい人に贈るものです」

「……それって……え、じゃあ、あの時の……」

 彼女は顔を真っ赤に染めた。

 しかし、彼の寂しそうな顔はなくならず、ずい、と彼女に花を持たせる。

「貴方と過ごした日々はオレにとってかけがえのないものです。オレは遠くから貴方の幸せを願っています。この城は、貴方の人生を豊かに、健やかに守り続けることでしょう」

 さあ、と彼は彼女の傍らに立ち、その背中を強く押した。

「式典が始まります。みんなが待っていますよ」

 彼は柔らかく笑った。

 その表情を見た瞬間、彼女は何も言葉が浮かばなくなって、彼が押してくれた強さに促されるまま、一歩、二歩と離れていく。

 そしてそのまま、振り返ることもなく、彼女は城へと向かった。

 胸に一輪の花を、大切そうに抱きしめて。

 それから彼女は、彼女を何よりも一番に大事にしてくれる優しい貴族と結婚をした。王国の名前の由来となった、ロジエの花束を渡されて。

 城の庭にはロジエの庭園がある。しかし、ある片隅に、一輪だけ、水色の小さな花が咲いていることは、彼女だけしか知らない。

(すんげー豪華な建物なんだなー)

 そんなストーリーがあることも知らず、セトは遠慮なく城内を徘徊する。

 すると、兵士とは思えない、一風変わった雰囲気の青年を見つけた。

 全身黒い衣装のその青年は、迷わず急ぎ足でどこかへ向かっているようだった。

 同年代っぽいことと、自分と同じで外部の者らしいことを察し、早くも親近感のわいたセトは青年のあとをつけた。

 青年はこの城の構造を熟知しているように、迷いなく階段をのぼって左手に曲がる。

 妙に急いでいる姿を追いかけ、肩で息をしながら青年の入った大きな扉に手をかける。

 ばん、と両手で開くと、そこには誰もいない。しん、と静まりかえったその大部屋は薄暗く、どこか湿気じみたにおいがする。

 無数の本が並べられた二階構造のその部屋は、図書室という名前だが、セトはその言葉を知らない。セトは敷き詰められた本に圧倒されて一歩踏み出した。

 すると、

「あだっ!!」

 気がつけばセトは床に顎を強打していた。

 両手が背中に回されて、身動きがとれない。背中に人一人分の重さを感じ、セトはそのままの体勢で自分を押さえつけている人物を確認する。

「おまえ」

「後ろをついてくるとは、随分品のない衛兵だな」

 鋭くも透明感のある声色が振ってくる。

 その声の主は、セトが追いかけていた青年だった。黒い装束に身を包み、長い前髪が顔に影を落としている。瞳の橙色が妙に光って見える。

 全体的に鋭利さを感じさせるその顔に、セトは一瞬怯むが、すぐにじたばたと暴れる。

「クソッ、離せよ!」

「ふん」

 青年は鼻で笑い、片手で開け放たれた扉を閉める。

 ばたん、と音を立てて扉が閉まると、その部屋には静寂が訪れた。

「大人しくしてれば危害は加えない」

 青年は言って、踏みつけている足に力を込める。

「ぐへぇ、めっちゃ痛いんですけど」

 セトが苦痛に顔をゆがめると、青年はその横顔をじっとみおろす。

「お前は……」

 青年にはセトに見覚えがあった。あの時は大けがをして血塗れで倒れていた。その傍らにいた少女のことも思い出す。そして、面倒くさそうに舌打ちをした。

「勇者の子供か……」

 青年は視線を落とし、横たわる剣を見つめた。

 その一瞬、力が緩んだのを好機に、セトは思いっきり体をひねらせた。

「くっ」

 青年は倒れ込みそうになるが、片手を床につき、すぐさまセトから距離をとるように飛び退く。

 セトも同様に青年を注視したまま距離をとった。剣を抜き、青年を見据え構える。

「お前、なんなんだ!? 急にびっくりするじゃねえか!」

 セトは状況がつかめず、混乱した頭のまま青年に問う。

 青年は片手に一冊の本を持っていた。青年は腰に剣を携えていたが、この状況でそれを取るような気配は一切ない。

「城のやつらも脳天気だな。あんなことが遭った後で、この警戒の緩さだ」

 青年は嘲笑する。

 セトは青年の言葉にさらに首を傾げる。

「そうだ、いろいろ大変だったんだから、今は盗みとかダメだぞ! やるなら魔王がいなくなってから」

「お前は拍車をかけて脳天気野郎だな」

 青年は吐き捨てるように放ち、本を持っていない左の手のひらをセトに向ける。すると、それに呼応するかのように青年が持つ本が青く光り出した。

「?」

 セトはさらにさらに首を傾げると、その手に現れた氷の結晶に目を丸くした。

「それって魔法」

「死ね」

 青年が冷たく言うと、結晶はセトめがけて真っ直ぐ向かってくる。

 セトは後ろの本に一瞬意識を向け、その煌めく氷を剣でたたき落とす。

「こんなとこで暴れるなよ! 本が傷ついちゃうだろ!」

 セトには村長の家にある本に水をこぼして後に姉から雷撃を食らった前科がある。それが身に染み着いて、本は読めない割には大切に扱うようにしてきた。

「お前も魔法の書目当てか」

 不機嫌そうな声色を向けられる。

「魔法の書?」

 セトは首を傾げた。

 何もかも検討がつかない様子のセトにさらに苛立った感情を露わにする青年。

「魔王様の邪魔をするなら容赦はしない」

「お前、魔王の手下なのか!?」

 セトは剣を握る力を強くする。

「リムを追っかけてきたのか!?」

「あの女か……今は用はない」

「そうなのかー」

 セトはほっと息をついた。

「でもお前、人間なのになんで魔王についてるんだよ」

 今度はセトはむっとした表情で問いかけた。

 その問いに、青年は人を射殺せるほどの眼光を向けてセトを睨んだ。

「それはこっちの台詞だな。何故人間側についている」

「はあ……?」

 青年の問いの意図が全くつかめず、セトは眉を下げて純粋な疑問の声をあげた。

 すると、突然図書室の扉が開かれた。

 廊下の光が入り、セトと青年は目を細めた。

「セト、無事か!?」

 そこにいたのはフラムだった。必死で飛んできた様子がうかがえる。

 青年はフラムの姿を認識すると、体を翻して開け放たれた窓へと走った。

「待てよ!」

 セトが止めようとすると、青年は振り返りまた左手をセトに向ける。セトはその場に急停止し、剣を構えた。

「お前は俺が必ず殺す。覚えておけよ、ボケ脳天気野郎」

 青年はそう言うと、窓から飛び降りた。

「おい、ここは……!」

 セトが窓へ駆け寄り、下を見る。

「五階……」

 青年は隣接して植えられている広葉樹に飛び込み、その影から出てきて北へと駆け出す。

 セトの声は青年には届かない。

「深追いはせんことだ」

 フラムがセトの肩に舞い降りて制止する。

「うん……」

 セトは青年が見えなくなると、頷いて図書室を振り返った。

 どこか心ここにあらずと言ったような様子のセトを心配して、フラムがセトの顔をぺちりと叩いた。

「あ、ああ、フラム、来てくれてありがと」

 はっとしたセトはフラムに柔らかく微笑んだ。

「どうしたセト、ぼうっとしておるようだ」

「いや、さっきの……人間だったのに魔王側についてるみたいで」

「ほう……あの青年が」

「そういや、なんでフラムは来てくれたんだ?」

「魔法の気配がしたのじゃ。魔法を使ったのはあの青年、ということか」

 フラムは深く考え込む。

「そうなんだよ。魔法使えるのって王族だけじゃなかったのか?」

「うぅむ、厳密にはそういうわけではないのだが……」

「ゲンミツ?」

「……」

 こやつとの会話は根気が必要だなあ……とフラムはセトを黙って見つめた。

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