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約束!火の神殿と二人の試練 第六話

 先ほどまでのうだるような熱さが幻覚だったかのように、その場所だけ凍てつく空気が漂っていた。

「うぅむ? おお、おお、これはなんと見事な雪像か!」

 ずんずんと進む牛頭のシプレは、感嘆の声を上げた。

 後ろを静かについていく青年は、シプレの言う雪像を軽く見上げる。禍々しい文様が施された黒い衣装を纏い、青年は足音も立てずに進んでいく。すぐに足下に倒れている二人に目を配る。目にかかるほどの前髪の隙間から、鋭い目つきで二人の様子を観察する。

 少女の方に外傷は見あたらず、ただ眠っているように見える。しかし、傍らの少年は左肩から血を流している。

 じわじわと広がる血だまりに、青年は一瞬狼狽える。

(いやな光景だ)

 苦虫を噛み潰したような表情で、青年は思った。

「セト……」

 少女が苦しそうに呟いた。起きる気配はない。

 少女は少年に手を伸ばしかけ、そのまま眠ってしまったようだった。届かなかった手にはなにも握られていない。

 その光景が、あまりにもあの日に似ている。

 青年は吐き気を覚えるほどの嫌悪感に苛まれた。

「あのときの坊主ではないか。あの少女もいるな。なるほど、この雪像はこやつらの仕業か」

 ずい、と青年の横に押し掛けるシプレ。

「ふむ、坊主はこのままでは死んでしまうな。ううむ、人間とはやはり弱い生き物だな……」

 青年がシプレの表情を伺うと、寂しそうに、悲しそうに眉を下げて何かに耐えたように拳を握りしめている。

「また再度力比べをしたかったが……わしでは助けられん……無念」

 シプレと魔王は繋がっている。魔族はすべての者が魔王の一部を分け与えられてできているのだ。その分け与えられたものを通し、魔王は魔物それぞれの感覚を共有している。特に多く魔王の一部を与えられている四天王の一人、シプレたちは行動を把握されているのだ。

 自分を助け、親代わりのシプレがこれほど寂しそうな顔をしているのを目の当たりにして、青年は心の中にもやもやした気持ちが渦巻く。

「ッチ」

 青年は小さく舌打ちをすると、少年の傍に座り、左肩に手をそえる。

「イフ、舌打ちはガラが悪く見えるからやめなさいとーー」

 聞こえてきた青年の舌打ちに対し、シプレが丁寧にそう忠告しながら振り返る。イフが少年の傷口に触れて、集中しているのに気づき、むむ、とシプレは口をつぐんだ。

 その手には淡い光が集まり、やがて静かに散っていく。

 手を離すと、傷口はすっかりなくなっていた。

「……」

 先ほどまで苦しんだ表情だった少年の顔が、心なしか和らいだ気がした。それを見て、イフはそっと立ち上がりシプレの元へ戻ってくる。

「ふむ」

 シプレはイフの行動に、何も言わずに温かい視線を送った。

 そんな彼の様子に、青年はむっとした表情で低くうなる。

「なんだ」

「いいや」

「……あんたが変な顔するからだ。こいつを助けたかったわけじゃない」

 それはイフの本心であったが、シプレはふむふむ、と何も言わずに頷くばかりであった。

 しかし、とシプレは雪像を見上げる。

「ふんむぅ、腕試しは無理そうだな」

「守護神はどうやら口が利けないらしい」

「なんとも名残惜しいが、帰って修行をするしかないな!」

 がはは、と笑いながらシプレは来た道を戻る。

 青年もそのあとに続いた。

 静寂が訪れたその場所で、ピシッ、と、雪像の声が響く。


「リム様!」

 ラズロが目を覚ますと、あたりはすっかり冷え切っていた。

 自分が意識を失う前と同じ場所とは思えない寒さだった。

 目前には視界を覆い尽くすほどの雪像。火竜と同じ形をしたみごとな結晶が佇んでいる。

 その足下に、倒れている二人の姿を確認し、すぐさま駆け寄る。

「リム様、セト!」

 二人を揺り起こす。

 すると、目を覚ましたのはセトだった。

「ふあぁあ、まだ朝じゃねーだろ、姉ちゃん」

 寝ぼけたことを言うセトに、ラズロはほっと胸をなでおろした。

 起きないリムを不審に思い見やると、三人の足下には血の後が広がっていた。この寒さで凍結したような血は、黒く変色している。

「こ、これは一体……」

 リムのものだろうか、とすぐさまラズロは外傷を確認する。しかし、リムは本当に眠っているだけで、どこか怪我をしているようにも見えない。

「って、そうだ、俺、めっちゃ痛くて!」

 と、今度はセトが声をあげる。セトは自分の左肩を抑えてラズロに訴えるが、あれ? と、首を傾げた。

 触れても、見てみてもそこに傷はない。

「リムが治してくれたのか……?」

 リムは静かに眠っている。なんとなく、苦しそうに見えた。

「リム、大丈夫か?」

 セトがリムを起こそうとすると、

「相当無理をしたようだ。しばらくは起きんな」

 と、聞き慣れた声がした。

 さきほどの火竜の声が耳に入ってきた瞬間、セトはリムをかばうように身構えた。

 ラズロも雪像のほうを警戒した様子で睨む。

「そう警戒するな。我はおぬしらに、宝玉を授けると決めた」

 雪像の前に、小さな、マスコット的かわいらしさの竜がいた。小さな羽をぱたぱたと動かして浮いている。

 セトは目を丸くした。

 そして、

「な、なんだこれー!」

 好奇心に満ちた声をあげたかと思うと、むんず、と小さな竜を両手でつかんでいた。

「ぐぇっ」

 竜は驚いたような怒ったような顔をして鳴いた。

「ちっせぇ! おまえ、さっきの火竜!? なんでちいせえの? ぬいぐるみみてー!」

「ぐぐぉぉ」

 セトは興奮のあまり、手に力を入れているようだ。

 ミニマム火竜は小さな手でぺちぺちとセトの手を叩く。

「こら、セト、離しなさい」

 ラズロが窘めるように言った。

「あ、すまん」

「ぐ、ぐへぇ、今度こそほんとに死ぬところじゃった」

 火竜は肩を揺らしてぜえぜえ息を吸う。

 手を離したが、セトは好奇心に満ちた目で火竜を見つめている。目からキラキラした興奮が放たれている。

 目の前でぱたぱた飛んでいる火竜は、先ほどのあの威厳のある姿がそのまま小さくなった、といったような形だ。紅い瞳も変わらず鋭いが、小さな見た目のおかげで愛らしさが新たに搭載されている。

「話の途中となってしまいましたが……私たちに宝玉を授ける、ということは、敵意は無い、ということでしょうか?」

 警戒心を含んだままの様子で、ラズロが尋ねる。

 火竜はうむ、と頷いた。

「我に打ち勝つということはそういうことじゃ。火の宝玉は、その小僧に託すとしよう」

「お、さんきゅー!」

「……」

 セトの軽いノリに、火竜はじとーっと呆れた様子で見返す。

「え、俺まずいこと言った?」

「先ほどまでの荘厳さはないにせよ、彼はこの神殿の守護神なのですよ。もっと敬意を払うべきでしょう」

 耳打ちしあう二人。

 お、おう、とセトは返事し、火竜を見据えてびし、と姿勢正しく立つ。

「あざーっす!」

 九十度のお辞儀。

 ラズロは頭を抱えてしまった。

 不服そうな火竜であったが、一向に頭を上げる気配のないセトに根負けし、大きなため息をついた。

「その娘の休息のため、すぐに村に戻りたいだろう。ほれ、宝玉だ」

 すると火竜は高く舞い上がり、空中に大きく火を噴いた。

 セトはそれを見上げる。火の粉が舞い踊り、二人の頭上に落ちてくる。

 きらきらした何かに目を奪われ、セトは一瞬目を細めた。

 それは深紅の丸い玉だ。

 舞い降りてきたその玉を両手で丁寧に受け止めた。片手で持てるほどのその玉を見、セトはわなわなと震える。

「これって、七つ集めると竜が出てくるーー」

「そういうんじゃないわい」

 すかさず鋭いつっこみが返ってくる。

 セトはそのつっこみにてへ、と照れつつ、すぐに目を丸くした。

「あれ、このネタわかんの?」

「やれやれ、あの女神も相変わらずのようじゃの」

 ふよふよと二人の目線に戻ってきた火竜は肩を竦めた。

 どうやら火竜はセトの姉と面識があるらしかった。

 ラズロはその関係性について聞きたくもあったが、それよりも先に優先したいことがあった。

「すみません、姫様を早く安静にできる場所へお連れしたいのですが」

 目立った外傷はないにせよ、こんなところですやすや寝ていて起きないのも心配である。

 過保護である自覚はあるにしても、今回はそれを抑えずにはいられない。

「そうだ、早くリムを村に運ぼう!」

 セトは言うが早いか、リムを担いで神殿から出ていこうとする。

「待て待て」

 すぐさま火竜がセトの顔の前まで飛んできて、それを制止した。

「道中過酷であったろう。我のとっておきを使っても良いぞ」

 火竜はどこか得意げである。

 セトははやる気持ちを止められて、少しむっとした。

「なんだよ、リムを治してくれるのか?」

「それはできんが……」

「じゃあ、止めないでくれ」

「話を最後まで聞け!」

 先を急ごうとするセトの顔面にむい、とひっつき火竜は抗議する。

「なんだってんだよ!」

 セトは顔面に火竜をつけたまま悪態をつく。

「小僧、パッと行きますか? を使いたくないのか!?」

 火竜もセトに負けじと声をあげた。

「……」

 セトは一瞬停止し、

 やがて、

「使います!」

 と、答えた。

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