約束!火の神殿と二人の試練 第五話
それを合図に、目の前の小さな三人は身構える。
「リムは後ろに下がって!」
隣に並ぶリムを手で制し、セトは一歩踏み出る。
ラズロもセトと並ぶ。その手には細身の剣が抜かれている。
「しかしでっけえな……」
「確実に急所を狙って動きを止めましょう。手数をかけては、我々の体力が持ちません」
ラズロは早口に言い、すぐさま行動を起こす。
火竜の後ろ手にまわり、その足首を狙い剣を払う。
しかし、浅いわけではないはずの攻撃がそのまま弾き返されてしまう。
(堅い……!)
近くで見ると鱗のようなものが敷き詰められている。皮膚と一体になっているようで、この装甲を削らねば攻撃は通らないだろう。
「っく、」
弾き返された剣を両手で握り直し、体勢を整えるために一度距離をとる。
火竜は長い首を持ち上げて、ラズロを見た。
『素早い反応、頭が切れるようじゃ。しかし、そのように貧相な攻撃では、我に傷一つつけられんぞ!』
その大きな体躯を勢いをつけて動かし、右手を共に振りかざす。
鋭い爪をラズロへ向ける。が、ラズロはまた素早い身のこなしでそれを避けた。
「こっちにだっているんだからな!」
ラズロが攻撃した箇所にまた衝撃が走る。火竜はふむ、と冷静に目をやると、セトが後ろ足を切りつけたようだった。
「って、かってー!」
「それはさっき私がやりましたよ」
「チキショー、こんなのどうすりゃいいんだ!」
と、セトが泣き言を言うと、頭上から火の弾がセトめがけて降ってきた。
「どうわっは!」
すんでのところでセトが避けると、彼が立っていた場所がどろりと溶けている。
「な、なんじゃあ、こりゃあ」
セトが驚きと恐怖でその場に釘付けになる。
(魔法も使えるとは、厄介ですね……)
ラズロは苦い顔をするが、すぐにその憂鬱も振り払う。
自分たちがこれから戦おうと、倒そうとしている相手は、魔法を使える魔物たちだ。
こんなところで心が折れるわけにはいかない。
強く剣を握り直し、前足、後ろ足と連続で切りつけ、火竜を注視から外さないようくるりと回転する。
そこに、再び火の弾が降ってきた。
突然現れた攻撃に、ラズロは反応が遅れる。
(このままでは……!)
とっさに剣で自らを庇う。それが自分ができる精一杯の防御だった。
すると、目前に水の塊が現れ、火の弾はそれにぶつかり蒸発して消えた。白い煙を残し、ラズロはリムをみる。
リムが両手をこちらへかざしていた。
(ありがとうございます……!)
目で感謝の念を送り、ラズロは微笑んだ。
『良い連携、けれど足りん、全くもって到達できん!』
火竜は怒号のようなうなり声をあげ、大きく翼を広げた。
風圧に、一同が身を屈める。
火竜は体を起こし、ラズロとセト、リムを踏みつぶそうと地面めがけて両手を振りかざした。
「リム、さがれ!」
リムに一番近い距離にいたセトが彼女の方へ駆ける。
ラズロはくるりと身をかわし、火竜の右手を避けた。
しかし。
「ぐッ」
背中に走る熱い衝撃。
ラズロは自身に何が起こったのか理解できず、そのまま吹っ飛ばされる。壁に叩きつけられ、ラズロの意識は途絶えてしまう。
「ラズロ!」
火竜が身を翻し、遅れて払われた尾に突き飛ばされたラズロ。頭から血を流し、ぐったりしている彼に声をかけるが、返事はなかった。
意識を失ったラズロの姿に、セトはさっと血の気がひく。
そして、自身の中に渦巻く強い感情に身が悶える感覚を覚える。
(おっさんにも勝てねえ、コルシックにも何もできてねえ、炎のやつにも負けて……、俺は……っ)
悔しさに燃える心に、セトは胸を強く掴んだ。
「強くなる、そう言ったって、何もできてねえ……! 約束を守るには、強くならなきゃならねえのに!」
『自身の弱さに気付いても遅い! 貴様はあの男と比べて何もかもが足りん!』
火竜が翼を広げ、飛び上がる。くるりと舞い、翼を羽ばたかせ、リムめがけて大口を開いた。
リムは恐怖に足がすくみ、その場から逃げることさえできなかった。
「きゃっ」
横からの衝撃に目をつむり、突き飛ばされたリムは勢いのまま倒れた。
瞳をすぐさま開くと、足下には鮮血。
セトの左肩を火竜が力の限り食らいついている。痛みに顔をゆがませるセト。
「セト!!」
リムは思わず叫んだ。耐え難いほどの胸の痛みを感じる。
「っぐぁ、いってええ……!」
歯を食いしばっていたが、抑えていた言葉は喉から漏れ出る。傷口からはとめどなく血が流れている。
『勇敢であることと、無謀であることは違うぞ、小僧』
火竜はさらに力を込める。
セトは悲痛に声を漏らす。セトと火竜の目と目が合う。
火竜は目を見張った。
大粒の汗を浮かべたセトは、しかし笑っていたのだ。
「弱いのは分かってる、でも、目の前に守りたい人がいる。俺はもう、見ているだけは絶対にしない!」
右手に力を込めて、剣をふりかざす。
振り上げた剣は火竜の左目に突き刺さった。
火竜は瞬間、口を大きく開けて痛みに吠えた。
セトはその場にしゃがみこみ、左肩を抑える。
「セト……!」
リムはセトに駆け寄り、その体を支えた。
「血が……!」
鼓動に押されるように恐怖心がリムの体を支配していく。火竜の存在に怯えているのではない。リムには、目の前で息も絶え絶えの、セトしか見えていない。
「リム……」
朦朧とした意識の中で、セトは目に涙をためた少女に手を伸ばす。
「約束した……俺が、リムを守るって」
「セト、わたし、わたしは……!」
セトの真摯な思いが、今のリムにはひたすらに痛かった。
(不甲斐ない、わたしは、まだ、ここでさえも……!)
城から逃げ出したこと、森でセトに助けられたこと、そして、今だって。
(わたしはまた、なにもできないまま……!)
「セト、ごめんなさーー」
「リム」
俯きかけたリムの頭を、セトが引き寄せる。
抱きしめられたリムは、ただその腕の中で目を見張る。
「絶対に守るから、泣くな」
暗闇の中で、セトの確かな声が頭上から聞こえる。
その声を聞いた途端、リムの震えは止まった。
涙も自然と止まっていた。
ぱっと視界が明るくなると、セトは立ち上がろうと剣を地面に突き立てる。
力を込めたせいか、再び傷口から血が流れ出る。
『まだ立ち上がるというのか』
片目でセトの姿を見据え、火竜は苦しそうに言った。
「立ち上がるさ……約束は必ず守れ、って、姉ちゃんに言われてるからな」
にやりと笑って、セトは剣を構える。
その後ろ姿を、リムは見ていた。
ただ一心に、なにをも見逃さないと言うように。
リムの心には、あたたかな気持ちが広がっていた。セトの、あの力強い言葉。
(セトにはいつも助けられてばかり……)
諦めたように微笑んで、リムは立ち上がる。
そして一歩踏み出る。
『おぬし、その光は……』
火竜が神妙な声をあげる。セトは自分に向けられたものではないことに気づき、振り返る。
と、隣には、清らかな光に包まれたリムがいた。その光は、どことなく雪の結晶にも見えた。
「リム……?」
セトが声をかけると、リムはそれに応えるように微笑んだ。
「セト、貴方からは、いつも勇気をもらってばかりですね」
光はリムの周囲を取り囲んでいる。涙のあとがきらめいて、セトはまぶしさに目を細めた。
そしてリムは火竜を見上げた。その瞳には確かな決意が見える。
「わたしだって同じです。わたしも、セトを、みんなを守りたい、絶対に!」
右手を火竜へと向け、目を伏せて集中する。
恐怖心はなにもない。失敗する気なんてものもない。
ただ、胸の中にある確かな勇気を信じて。
神殿の空気が張りつめる。
『なっ……!?』
火竜が狼狽える声がして、セトは視線を戻した。
すると、火竜の足下が凍り、それは這い上がって火竜の動きを止める。
火竜は抵抗するように身悶えするが、両足は完全に氷の手によって動きを止められている。
「燃えいづる無限の炎よ、清純の凍えと共に沈め!」
リムが唱えると、氷の加速が始まる。その勢いは止まることなく、胴体、首、やがては火竜すべてを飲み込んでしまった。
音を立てて凍り付いた火竜は、やがて動かなくなった。
二人の目の前には、白い雪像が佇んでいる。
リムがほっと胸をなで下ろし、右手を下げると同時に、隣でドシャ、と音がした。
振り返ると、セトが気を失ったように倒れていた。
「セト!」
リムがしゃがみかけた瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
激しい頭痛と吐き気に、リムは無意識に膝をついた。
(これは……魔法の反動……?)
リムは一瞬思案したが、そんなことよりも、今すぐにセトの傷を止血しなければ、と、這いずりながらセトの傍に寄る。
しかし、あまりの負荷に耐えられず、リムはセトの傍らに倒れ込む。
「セト……」
か細い声で名前を呼ぶ。
返事はなく、苦しそうに目をつむるその姿に涙があふれる。
遠のく意識の中、ただひたすら、リムは彼の名前を呼んだ。




