約束!火の神殿と二人の試練 第四話
明らかに戦闘態勢の向こうに、セトは戸惑いながらもラズロと並び剣を構える。
「なんなんだ、こいつ」
「門番が試練、という言い回しをしていましたね……試されている、というわけでしょうか」
「なるなる……って、なんか増えてないか?」
前方に人型炎が数匹控えていた。低く身をかがめる炎を筆頭に、どうやら大人しく先には進ませない気らしいことが伺える。
「くっそー、そっちが先に手を出してきたんだからな!」
セトは言い訳を垂れながら、先手をとってきた親玉らしい炎にむかっていく。
物理攻撃が通るか不明であったが、怒っているセトにはそこを考える余地などなかった。
「てや!」
白銀の剣を横に一閃する。と、炎は直前に飛び上がり、セトの顔面めがけてくるりと回し蹴りをする。
「ぶべらっ」
再び頬を攻撃されたセトはべしゃり、と地面に倒れ伏す。
「俊敏さがあるようですね」
「見た目はどことなく可愛らしいのに……」
「二人ともなんでそんな冷静なの!?」
がばりと半身を起こし、セトの大声が神殿に響く。
すると、親玉炎はまだ寝そべっているセトの左足首を掴み持ち上げた。
「なぬっ!?」
その足首を左腕で固め、空いている手で足先をぐいぐい向こう側へと押す。
「あだだだっ」
無理な方向へ足を捻られ、セトはばしばしと地面を叩く。
すると親玉炎は腕を離し、ササッと後退し距離をとった。
「なんなんだテメエ! 地味な攻撃してきやがって!!」
今度こそガバッ、と立ち上がるセト。致命傷には決して至らないものの、足首どころか左足全体が痛みに震えている。
親玉炎はリズムをとったまま、またセトと対峙した。
他の炎たちはラズロとリムが相手していることを、完全に視野に入っていなかった。むしろ、親玉炎もセトしか認識していないかのように、彼だけを見つめている。どこに目がついているかは分からないが。
「おちょくるのもいい加減にしろよ!」
セトはぐっと足に力を入れ、一気に親玉炎との距離を詰める。低い姿勢からの突き。しかし、それさえも風のようにくるりと一回転でかわされ、ついでに脇で立ち止まった際にもう一回転。肘突きを後頭部に食らう。
ゴン、と低い音が響き、セトはふらりと一歩前に倒れかける。
「ぐんぬう!」
それを踏ん張りで制止させ、両手で握った剣を自身ごと回す。背後に立った親玉炎を一閃しようと振り返ると。
ダンッ。
と、両手に踵落としが降り、痛みにセトは剣を離してしまう。
「なんと!?」
あまりに速い判断力と技の繰り出しに、セトは思わず驚嘆の声をあげてしまう。
さらに親玉炎の攻撃は止まるところを知らない。
踵落としを繰り出した片足が地面についた瞬間、その反動を利用するかのように一瞬身を縮めて、右の拳を引き、セトの下顎めがけて振り上げる。
「どぅわっ!」
すんでのところでセトが頭を傾けて避けた。今度はセトが相手の振り上げたままの状態を見逃さない。がら空きになった胴体に飛びつき、それを思いっきり投げる。
投げ飛ばされた炎はくるくる回転しながら壁へ飛んでいったが、空中で体勢を整え、壁に対して垂直に着地、壁を蹴り上げセトへと突っ込んで戻ってくる。
「えぇぇ!?」
恐ろしいまでの瞬発力に目を丸くさせ困惑したセトはただ弾丸のように飛んできた炎の前に避けることさえできなかった。
「ぎゅむっ」
炎はセトの顔面に飛びつき、その柔らかな体躯をセトの体に絡め這わせる。
「むははっ」
首を、胸元を、脇をくるりくるりと這う炎に、セトはくすぐったさに笑いを起こした。
「くすぐったっ……いっ……いててでデデデ!!」
のほほんとした風景も束の間、気づかぬうちに背中に手をまわされ、肩と頭部を固定され、頭をぐっと捻られる。無意識にその痛みから逃れようと身を捩ると、足がもつれてそのまま倒れ込むセト。親玉炎はセトに乗っかったまま動かない。
「痛い! いたいって!」
と、訴えても炎は動かない。
喉元の締め上げが地味にきつい。肩の痛みも地味すぎるがきつい。こんな地獄が一生続くんだろうかと絶望しかけたそのとき。
「えいっ」
少女の柔らかなかけ声が聞こえ、セトの視界が水で包まれた。
というか、頭上から水がだばーっと降り注ぎ、全身びしょ濡れになった。
その状況が理解できたとき、背中の重みはなくなっていた。
「セト、大丈夫ですか?」
駆け寄る金色の髪の少女。絹のような長髪を揺らしながら、セトを心配そうにのぞき込む。
「精度は心配ですが、リム様も魔法を扱えるようになってきましたね」
「どうにか倒せましたが……セト、本当に大丈夫ですか?」
「う、うへぇ〜」
げんなりした顔で、セトは倒れ伏したまま動こうとしない。
「一方的にやられてましたけど、楽しそうでしたね?」
ラズロは暢気な様子で死にかけている少年に声をかける。
セトは完全に気力をなくしたような顔で呟いた。
「もっと早くに助けて……」
奥に進んでいくと、開けた場所に足を踏み入れた。
人工的な石造りの通路から一変し、そこは自然に作られたドーム状の穴だ。周囲を溶岩が囲み、時折火を噴いてはまどろみ消えていく。
「ここが最深部のようですね」
額の汗を拭いながら、ラズロが周囲を見回した。
地面の亀裂から漏れ出る溶岩に照らされ、足下が不思議な明るさを放っている。
「天井に穴があります……もしかして、ここは火山の火口部分ではないでしょうか」
リムが空を見上げて言った。
「火山自体が神殿だった、というわけですか」
リムとラズロが息を呑む中、やっぱり緊張感が伝わらない少年が一人。
「なあ、あれって火の宝玉じゃないか!?」
空間に響くほどの大声で、はしゃいだ声を出す。
セトが指さす方向に、ぽつりと玉座が建っていた。そこに、赤く輝く丸い玉が一つ置かれている。
「確かに……ここは祭壇のようなものなのでしょうか?」
「またあの敵が出てくるかも知れません、セト、気をつけて下さい」
『我が精霊たちを倒し、よくぞ此処まで辿り着いた』
「!?」
一同は、頭上から降り注ぐその声に身構えた。
ぱっと天井を見上げると、火口の入口部分から大きな竜が羽ばたき、舞い降りてくる。
翼を大きく広げ、祭壇へと着地すると、風圧と振動にリムがよろめく。それを傍らにいるラズロが支えた。
「あ、あ、」
目前の竜の振動に全く微動だにせず、口を開き停止し、さらには目をきらきらさせた少年は、漏れる感動を抑えきれない。
『む、どうした、小僧。我の姿に恐れ戦いたか?』
長い首をもたげて少年を見据える。その瞳は紅く、自信に満ちあふれている。
しかし、少年はそうではないのだった。
「火竜だ! ほら、ラズロ言っただろ!? 火竜はほんとうにいたんだ!!」
「今はそんなことを言っている状況ではありません!」
ラズロが剣を構える。
その行動に、火竜は感心したように目を細めた。
『試練に挑む者の心意気、その者には伺える。小僧、貴様は我を拝みに来ただけか?』
「違うけど! 火の宝玉を取りに来たんだって!」
と、言いながらセトは剣を抜く。すると、その剣を見た火竜は体を起こし、喜びを交えて広く吼えた。
天地を揺るがすほどの咆哮に、一同は耳を塞ぐ。
『それは勇気の剣! もう見ることはないと思っていたが、そうか、今度は貴様が……いやはや、しかし残念だ。かつての勇者はもっと冷静沈着であったがのう』
呆れたように火竜がぼやくと、セトの表情はぱっと明るくなった。
「父さんに会ったことあるのか!?」
その言葉に、火竜は一瞬停止し、口から炎の息吹を出しながら、がははと笑った。そして深紅に光る瞳を、セトに向けた。
『小僧、あの勇者の息子か』
「そう! そっか、父さんもあんたと戦ったのか!」
『魔王が現れたとき、一戦交えた勇敢な男だった……そうか、息子のお前が今度は相手か』
どこか懐かしさを含むような声色で、火竜は唸った。その瞳の奥には不思議な熱がこもっている。
『かの勇者が命を懸けて守ったもの……それと相対することになるとは……』
神殿に轟くその声色は、胸を刺すような悲しみも含んでいる。しかし、その奥には確かな喜びも垣間見える。
火竜の内心は、不思議と弾む心地だった。
孤独に守るこの神殿の中、何者ともふれあえず、恐れられていた自分と、関わりを持つ者。その血を宿した人間が、自分の目の前に現れたこと。
その細く、確かなつながりが、脈々と身体中に注がれていくのを、火竜は一身に感じた。
『さあ、小僧よ、その意志の強さ、我にとくと見せてみるがよい!』
灼熱の炎を口からまき散らし、高々と火竜は雄叫びをあげた。




