約束!火の神殿と二人の試練 第二話
食事を終えた三人は火の神殿について所在を聞くことにした。どうやら食事処と思っていたこの店は、宿屋としても利用されているらしい。
この宿屋はリタローがいた村出身の夫婦が経営している。一階が料理店、二階には宿泊客が泊まる部屋が用意されている。夫婦ともども人と関わることが好きで、いつか宿屋か料理店を開きたいという夢を持っていた。十六年前、結婚をした二人はこれを機会と思い、この村へ引っ越してきた。気候の過酷な地域だが、人情に厚く、情熱的な人が多いこの村をすぐに好きになった。しかし、その一年後、突如として魔王が現れた。世界が震撼し、人々は絶望に呑まれかけていた。自分たちに何かできることはないか、そう考えた二人は、自分たちの夢を叶えることを考えついた。
未来も見えず、明日のことすら懸念された村の人たちの希望となれるよう、望む未来を実現させる強さを二人は形として表した。
夫婦にはお互いに、確かに信じられるものが一つあったのだ。
この人と一緒なら、きっとどんな道でも乗り越えていける。
この村出身ではないものの、夫婦の熱い気持ちに感動した地元の住人は二人の夢の実現に尽力した。
そうして、地元の住人の協力により建設されたこの宿屋は、魔王に支配されていた当時も、そして晴れ渡る青空の下でも繁盛しているのだった。
「火の神殿ね……場所は知ってるけどアンタたち、一体なんの用があってあんな危ないところに行くんだい?」
宿屋兼、料理店店員の女将さんが怪訝そうな顔で三人を見た。
まっさらになったテーブルを囲んだ一同は顔を見合わせる。
女将さんはリムの身分も知らない様子で、ほんとうに観光客と思っているらしかった。そんなただの観光客が、火の神殿に行くことは不審に思われる行為らしい。
「えっと、まあ、色々事情がありまして」
深くは言わないまま通せるだろうかと思いながら、ラズロがごまかそうとする。
すると、女将さんはじっとラズロを見つめた。
「あの、私の顔に、なにか……?」
「アンタ、もしかしてあのラズロ様じゃないかい?」
「おっと……」
ラズロは言いよどんだ。
それにすかさずセトが反応し、ラズロに耳打ちする。
「おい、早速ばれてるじゃん。リムのことは隠せてるのに!」
「そ、そうですね……」
身バレに思い当たる節があるのか、ラズロは反省しながらも冷静だった。
「確か、あれは五年前くらいの剣舞大会だね。旦那と一緒に見に行ったんだよ。その時の優勝した人がたいそう美人でね。まだ十九歳だってんだからびっくりしたよ。大人たちをバッタバッタ倒していくんだからね」
「は、はい……」
どうやらその人物が過去のラズロであるらしく、本人は否定もできず羞恥を漏らしながら頷くしかできない。
「いやあ、もうこんなに大きくなったんだね。しかし、まあ驚いたのはそれだけじゃないけど……ちょっと男の子っぽくなったねえ?」
女将さんが首を傾げ、セトが思わず笑い吹いてしまう。
「おばさん、この人男だよ」
親切心で教えると、女将さんはあらやだ、と反射的にこぼす。
「へえ、ずっと女の子だと思ってたよ。確かに体格が真っ直ぐな子だねえ、とは思っていたけど……」
「紛らわしい装いで申し訳ありません……」
確かにラズロの服装はリムに合わせているのか、騎士らしい清潔感と、それにプラスしてレースじみた装飾がある。金持ちっぽさとひらひらした装いに、セトはつい目で追ってしまう。
「いやいや、勝手に勘違いしてたのはこっちだったから、ごめんなさいね、気を悪くしたね」
「いいえ、気にはしていません」
「剣舞大会はあれから出てないみたいだね。毎年新聞で気にしてるけど、ずっと優勝できてないみたいじゃないか」
「あぁ、あれは……」
苦笑するだけのラズロに代わり、リムが口を開く。
「ラズロが参加して以来、優勝をし続けてしまって……参加者の意欲を削がないために、四年前からは講師として参加することになったんです」
「あらあら、そんなに強いのかい、お兄さん」
女将さんは眉をあげて目をまん丸くした。顔がよく動く人だな、とセトは思った。
「それじゃあ火の神殿に行っても大丈夫だろうけど……」
「俺もそれなりに強いぞ!」
ガタ、と音を立てて前のめりになるセト。腰に提げた剣を確認した女将さんは、そうかいそうかい、と宥めるように頷いた。
「魔王が復活した、って話だし、王宮の騎士様もなんか事情があるんだろ。止めるようなことを言ってすまないね。でもね、火の神殿に行くには大門を通らなきゃならないんだけど、それを開けられる門番のじいさんがどっか行っちゃったみたいで、行方知れずなんだよ」
「行方が……? それは心配ですね」
リムが神妙な面もちになる。
「二日前くらいからかね。門も閉まったままだ。門番のじいさんを見つけなきゃ、火の神殿には行けないだろうね」
女将さんはさっぱりとした口調で言った。
リムはラズロとセトを振り返り、その心配そうな表情を見せた。
「門番のおじいさんを探しましょう。魔物に遭遇してしまったかもしれません」
「そうですね、では早速行きましょうか」
「女将さん、ありがとうございます。用事が終わりましたら、また此方に戻ってきますね」
ラズロとセトが立ち上がり、店を出ていこうとする。それに続いてリムも席立つが。
「ちょっとちょっと、お嬢さんも行くのかい」
女将さんは思わずリムの腕をとって引き留めた。
引き留められることを予想していなかったリムは、え、と顔を青くした。
「えっと、それは、もちろんですけど」
「だめだめ。アンタみたいなか弱い子は。うちで大人しく待ってなよ」
女将さんは本心から忠告してくれているようだった。
困り果てたリムはラズロに助けを求める。しかし、身分を明かしてしまったら、ここに魔物が来てしまうかもしれない。
ラズロも口を閉じて、どう打開しようか考えていた。
「いいや、大丈夫」
沈黙を裂いたのは少年の、当然だというような声色。
女将に捕まれている彼女の左手をそっととり、自分の方へ引き寄せる。
「俺が守るから大丈夫だ」
肩を抱き、そう宣言するセト。
その真っ直ぐさ、そして純粋さに、思わず女将はぽかんとした。
やがて、自分の青春時代を思い出し、羞恥に吹き出してしまった。
「こりゃあ敵わないね。いやいや、アンタ、いい男になるよ」
ゲハゲハ笑いながら、女将さんは反射的に出てきた涙を拭った。
「いまのそんなにウケるところだったか?」
「セ、セト、あの……」
か細い声に視線を落とすと、静かに腕に収まるリムの顔が赤い。
「あ、ありがとうございます、力強い言葉です、感謝致します……」
混乱しきった少女は自分がなにを言いたいか見失ってしまっている。
そんな主人の様子に、専属騎士は大きなため息をついた。
「安心なさってください。二人は必ず私が守ります」
女将さんにほほえみかけるラズロ。
すると今度はその端正な顔立ちに笑いかけられた女将さんが顔を赤らめる。
「やだやだ、アタシにはもう心を決めた人がいるんだからね。まあ、帰ってきたときはとびっきりの料理を振る舞ってやるよ。気をつけて、行ってらっしゃいな」
女将さんはそう言って晴れやかな笑顔を向けてくれた。
その言葉に背中を押されながら、三人は店をあとにした。
山肌が露わになった山道を三人は歩いていく。
気温も高く、気がつけば額には汗が滲んでいる。
「二日ほど行方知れずと言っていましたね……さすがにもう足跡などもないでしょうか」
ラズロが地面を目で辿りながら思案していると、セトは動物のようにくんくんと周囲の匂いを確認しだした。
「動物じゃないな……人でもない。良い匂いがする」
「良い匂い?」
リムが首を傾げた。
「ふわふわ〜っていう感じの、でも焼いているときの火の匂いみたいな」
「……?」
セトが感じていることをうまく言語化できるはずもなく、王宮育ちの二人は首を傾げるばかりである。
「匂いはどちらからしますか?」
しかし何かの手がかりであろうそれを無視するわけにもいかない。ラズロはセトの感覚を信じて行く先を促す。
あっちの方だ、と指をさし、セトがそちらへ先導した。
山道から外れる手前、ラズロが急斜面にさしかかった地面が崩れていることに気がついた。
「これは……」
「ここから滑り落ちてしまったのかもしれません」
リムがそっと斜面をのぞき込む。リムが落ちないようにと、そっと傍らにラズロが控えた。
すると、リムがあ、と声をあげた。
「人が倒れています!」
と、声をあげると、セトはわかった、と返事をした瞬間にその斜面を滑り落ちていく。
「え、セト!?」
あまりの反射的な行動に制止する間もなく、ただ驚愕の声をあげる。
土煙をあげて降り立つと、セトはむむ、と顔をしかめた。
「なんだ、こいつ」
「ちょっとセト、待って下さい」
「動物ではないのですから、突飛な行動は控えて下さい」
ラズロに抱きかかえられて、リムも共に降りてくる。そっと地面におろされたリムは、セトのぽかんとした視線に固まった。
「えっと、どうしましたか?」
「ラズロは平気だけど、俺だと顔が赤くなるのはなんでだ?」
さきほどの一件を掘り返してきた。どうやら引っかかっていたらしい発言に、リムは再び顔を赤くした。
「こ、これは、その、ラズロは小さい頃からずっと一緒でしたから、慣れというか、その……っ」
どうにか説明しようにもやはりうまく言葉が出てこない。
しかしセトはふむふむと頷いて笑顔を向けた。
「なるなる。二人は仲良しなんだな」
彼の中ではその解釈で納得したようだった。
しかしさらにリムはハッと何かに気付く。
「セトだって私と仲良しです!!」
高らかに宣言する。
慌てたように付け足した言葉に、セトは驚きながらもまた笑う。
「そうだな、仲良しだな!」
「ラズロだってセトと仲良しですよね!?」
「セトはそういった意味で問いただしたわけではないと思いますが……」
セトの真意からずれていく主人の思考に歯止めをかけるラズロ。
「そうなんですか……?」
リムが自分の暴走に気づき、しおらしく問いかけた。
すると、
「あのお、お嬢さんたち、助けにきてくれたわけじゃないのかの……?」
さらにしおらしい音色が届く。
しわがれたその声を辿ると、斜面に背中を預けて座り込んだ老人が一人。のばされた足の周囲に不思議な生き物が三体ほど控えている。
「きゃあっ」
不思議な生き物に気付いたリムは小さく悲鳴をあげた。
「なんですか、このふわふわ〜っとした感じの火のような生き物は……!?」
と、どこかの少年が言っていたような台詞を呟く。
不思議な生き物は人間の膝丈ほどの大きさで、炎が人型をとっているようだった。ゆらゆらとしたその存在は、けれど敵意は感じられず、穏やかな雰囲気が見てとれる。
「こいつらは動けないわしの所にずっと一緒にいてくれたんじゃ。見ていると、不思議に安心するかわいらしいやつらじゃのう」
「えぇ、不思議ですね……」
リムがしゃがんでそれをよく見ようとすると、炎たちはお互いに手をつなぎあい、ゆらりと消えていってしまった。
「ありゃ、消えた」
「役目を終えたということかの。お嬢さんたち、どうしてこんなところに?」
「門番のおじいさんの行方が分からなくなった、と宿屋の女将さんから聞きました……やはり、動けなくなっていたんですね」
「動物の頭をした変な生き物がうろついていてな……隠れようと思ったら足を滑らせてしまったんじゃ」
「魔物ですね……やはり、宝玉を狙ってここに来ているのでしょうか……」
ラズロが重く呟いた。
「早急に火の神殿へ向かわねばなりませんね」
リムが頷くと、おじいさんは目を丸くした。
「ありゃあ、驚いた。お嬢さんたち、宝玉を授かりに来たのかあ。そうかあ。じゃあ、その剣は勇気の剣か……」
「あ、ああ、そうだけど、じいさん、宝玉のこと知ってんだな」
「十年前にもあったからのう……当時の勇者も豪快で、優しく、気持ちのいい男だった」
「父さんに会ったことあるのか!」
喜びを含めた声色で詰め寄ると、門番はさらに顔をほころばせた。
「そうかあ、あの勇者の息子か。いやいや、小さい坊主がいるとは聞いていたが、そうかあ、大きくなったんじゃなあ」
「そっか……父さんもここに……」
何とも言えない感情がセトの中で渦巻いている。父との記憶が殆どない彼にとって、父親を知っている人間がいる、という事実がどれほどうれしいものか。ラズロは彼を横目で見ながら、ふ、と微笑んだ。
「怪我をしてなさいますね。町まで抱えていくことになりますが、よろしいでしょうか」
ラズロが提案し前に出たところを、リムが制止した。
その怪我をした足首にそっと手を添えて。
「リム様、無理はなさらないでください」
「大丈夫です。わたしにできることがあるなら、それをするまでです……!」
そう言って目をつむり、自身の手に力をこめ集中する。
「むぐぐ……!」
ラズロの傷を癒したときの感覚を必死に思い出す。
(大丈夫、わたしはできる……!)
心の中にはあのとき一緒に喜んでくれたセトの姿がある。手を取り合って喜んだこと。彼が笑ってくれたこと。
事実として、結果として残った思い出に応えるように、リムの手のひらがじんわりと温かさが広がる。
「これは……!」
少女の手のひらに集まる光に感嘆の声をあげる門番。そして、光が消え去った後、自身の足をおそるおそる動かし、ぱっと顔を輝かせた。
「魔法が使えるということは、まさか貴方は……!」
「身分についてはご内密に。彼女は魔王軍に狙われている身のため、ご承知おきください」
ラズロが門番の言葉を遮って口添えた。門番はそうかあ、と深く頷き、ゆっくりと立ち上がった。隣でそれを支えながら、リムはおずおずと口を開いた。
「早速で申し訳ないのですが、火の神殿へ行きたいのです。どうか、門を開けてはいただけないでしょうか」
「いやはや、お安いご用さ。そもそも、このときのための門番じゃよ。自分が生きているうちに、二度もこの扉が開かれるというのは、悲しいことじゃがな……」
宝玉を必要とするのは、魔王が存在するときのみ。
門番は多くは説明しなかったが、一同の深刻な表情を見て、ふおふおと笑った。
「しかし、今わしの目の前には、かの勇者と同じ、優しさと勇気を持った者たちがおる。あの暗雲も、すぐに取り払われる日が来よう」
かつてを経験した老人の導きに、セト、リム、ラズロは顔を見合わせ、お互いに覚悟を持って頷いた。




