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やいやい!専属騎士ラズロ 第三話

 プルミエ村を出発する前。

 セトが旅支度をしている間、待機中のリムはセトの姉から魔法の使い方について指導を受けていた。

「魔法の使い方、って言われても、こう、ぐぬぬーってやればできるもんよ」

 セトの姉はさらりと言った。

 それ以上なにも説明が出てこないのを見るに、彼女が本気で言っていることを理解したリムは苦笑する。

「いえ、あの、そういった抽象的な表現をされると困ると言いますか……女神さま直々に教えていただけることすら今後二度とない、非常に栄誉あることなのですけど……」

 そう言い繕って彼女を持ち上げるが、目前の女神さまはさっぱりとしていた。

「んー、具体的に説明しようにも、なあ……こう、なんていうの? 気持ち? 的な?」

 全く具体的ではなかった。

「やはり、戴冠式と魔法の書をきちんと通さねば、わたしは魔法が使えないんでしょうか……」

 すっかり落ち込み俯いてしまった少女を、困ったように眉を下げて見つめる女神。

(戴冠式も魔法の書もたいした意味はない、なんて、たぶん言っちゃだめなやつだろうからなあ……)

 女神の心情は揺れていた。

(自信がないことが、きっと影響してるわよね……)

 思案した結果、女神は少女の肩にポンと手を乗せた。

 反射的に顔を上げ、目を丸くするリム。

「あなたはこの国のお姫様だから、責任があるのはよくわかる。それは決して忘れてはいけないものよ。でもね、うまくできないことばかりに目を向けていると参っちゃうでしょ。出来なくてもいい、出来ない自分を受け入れてゆくことだって大切よ」

「女神さま……」

「肩の力を抜いてやっていきましょ」

 そうにこりと笑って見せたが、リムは困ったように微笑むばかりだった。


「私のことは気にせず、リム様は安全な場所へ」

 ラズロが俯いているリムに指示する。

 しかし少女は動かなかった。

「今は魔法が使えなくとも、リム様はきっといずれ使えるようになります。今は別の方法を考えるべきです」

「わたしは……」

 組んだ両手を強く握りしめる。

 悔しさに、無力さに震える両手を結び、リムは顔をあげた。

「できない自分を受け入れることだって時には必要です。でも、でも今は! わたしは、できるようになって前へ進みたいのです!」

 その瞳には涙が浮かんでいた。

 少女の必死な表情に一瞬たじろぐラズロだったが、周囲を囲む糸が突然光りだし、警戒に眉をひそめた。

 その光は温かく、害があるようには思えない。

 優しく心地よい光はそっと離れていき、気付けばラズロを取り囲んでいた糸は消えてなくなっていた。

「今のは……」

 はっと目を見張り、ラズロが喜びかけた瞬間。

「憎たらしい小娘だね! せっかく一番醜い姿にしてやろうって時にさ!」

 蜘蛛女の激高する声が飛んできた。

「お前の相手は俺だろ!」

 リムたちに意識が向く蜘蛛女との間にセトが躍り出る。

 しかし蜘蛛女は牙を剥いて威嚇し、セトのことなど全く見えていないようだった。

「ちょっと遊んでやろうと思ったけど、アンタたちは此処で殺す!!」

 完全に怒りがのぼりつめた蜘蛛女がセトの目前に現れる。

「!?」

 さきほどまでの速さとは比べものにならない俊敏さに、セトの反応が遅れる。

 蜘蛛の鋭い前足がセトの体を裂く。

 その、手前。

「うべらっ」

 セトの視界がぐるりと反転する。ふわりと優しい風が頬をなで、細身だが力強い腕に抱えられていることを認識する。

「ここからは私が相手です」

 凛と降り立つ声。

 ラズロはセトを抱え攻撃をかわし、蜘蛛女の足を剣ではじき返した。

 ぱっと手を離され、セトは一度距離をとる。

 振り返ると、すでに二人の戦闘は始まっていた。

「気に食わない、気に食わない、気に食わない!!」

 腹の底から苛立ちをまき散らし、蜘蛛女が鋭い前足でラズロを攻撃する。しかしラズロは流れるようにそれらを凪ぎ、静かな動作で避け続けた。一向に攻撃が通らない蜘蛛女はさらに激高し、金切り声をあげる。

 セトはそれをただ見つめていた。

(今一緒に戦ったところで、俺は足手まといだ)

 核心と、どうしようもない悔しさに立ち尽くす。

 それでも彼は俯かず、決して嫉妬するわけでもなく、ラズロの動きを注視していた。

 少しでも、自分が強くなるために。

「この、人間ごときがァ!」

 蜘蛛女は高く前足をあげてラズロの頭上からそれを振り下ろす。彼はその大振りな動作を見逃さない。

 小さく息を吐き、細身の剣を横に一閃。

 ごとり、と、音を立てて黒い塊が地面に落ちた。

「い、」

 黒い塊が何であるか気付いた途端、蜘蛛女は力の限り悲鳴をあげた。

 その声に、セト、リムが苦々しい表情で耳を塞ぐ。

「この、この人間め! アタシの、アタシの足が……ッ」

 わなわなと震えながら蜘蛛女は残った足で一歩、二歩と下がる。

「人間と違って足は多くあるようでしたから、一、二本減っても問題ないでしょう」

「うぅう、もう、もうなんなの! 最悪! 本当に最悪だわ!」

 飄々とする彼に対し、今度は駄々をこねるように不満をまき散らす女。

 ラズロはその様子にすら関心がないように、再度剣を構え直す。

「もう、アンタとは遊んでやんない!」

 そう宣言し、蜘蛛女はびし、と人差し指をラズロに向けた。

 背筋に悪寒が走る。自分の勘に従い、素早く後退する。

 ドドド、とラズロが立っていた地面に氷柱が突き刺さる。

「コルシック……アタシの名前よ、よく覚えておきなさい! 今度はそのきれいな顔、ぐちゃぐちゃにしてやるんだから!」

 コルシックはそう吐き捨ててそそくさと逃げていった。

「あ、待て!」

 セトが追いかけようとラズロの脇を通るが、ラズロがその首根っこを掴んで阻止する。

「ぐへえ」

「追い返しただけで十分でしょう。深追いはやめましょう」

 と冷静に言い放ち、剣を鞘に納める。

「もう少しってところだったんじゃないのか?」

「いいえ……彼女は直前まで魔法を使わなかった。完全に弄ばれていましたね」

 ラズロが懸念していたことはこのことだ。あの直前まで彼女は本気を出していないようだった。今の戦力で撃退は難しいと判断したのだ。

「そ、そうなのか……」

 存外大人しく聞き分けた少年に、少し驚いた顔をするラズロ。

「な、なんだよ」

「いいえ」

 怪訝そうな顔をするセトに、ラズロは取り繕うようにそっと目を伏せた。

「その傷、大丈夫か?」

 セトの視線の先はラズロの頬の傷だ。

「あ、ええ。大した傷ではありません。いずれ治るでしょう」

「なりません!!」

 悠長に応えるラズロに対して、突然声を張り上げるリム。

 その顔は真っ青で、何かに怯えているようだった。

「ほんとうにお気になさらず」

「いいえ、だめです、こんなところに怪我をしただなんておばさまが知ったら……!」

 その先を言うことすら恐ろしいのか、はっと口を閉じる。

「見せてください!」

 手を伸ばし、両手でラズロの顔を包み無理矢理顔を向かせる。

「ぐぬぬ……!」

 包み込んだ手に念力でも送っているのか、リムが眉間に皺を寄せて祈っている。

 先ほどのような光が発生するわけでもなく、特に変化があるようには思えない。リムから離れようと、彼女の腕を掴み引きはがす。

 ぱっと細い手が離れていくと、セトは目を丸くした。

「お心遣いはありがたいのですが……」

 困ったように目を伏せたラズロだったが、固まっている二人の様子に気が付き、首を傾げる。

「治ってる!」

「治ってます!」

 少年と少女が同時に歓喜の声をあげる。

 ラズロが自分の頬を撫で、切り傷がなくなっていることを確認する。

「リム様……!」

 目を見張り、心の底から喜びを表そうと少女に視線を向けると、

「やりました、できました、セト!」

「うおー! すげえ、すごいぞ、リム!」

 喜び合う二人がいた。

 すっかりタイミングを逃したラズロは、しかし自分以外の人間にありのままを見せるリムを見て多少の安心を覚えた。

 はしゃぎあう二人を見つめ、ふふ、と笑うと、セトがにっこりとラズロに向かって笑った。

「兄ちゃんもすごいな! なんかこう、さらーって避けてさらーってかわして! かっこよかった!」

 どうやらコルシックとの戦闘のことを表現しているらしいことは理解し、ラズロは首を振って謙遜する。

「いいえ。私はまだまだです。初手から行動を制限された挙げ句に人質にされるなど、恥ずべき結果ですね。それに、セトさまはわたしと違って、また本当の感覚での戦いに慣れているように見受けられました。やはり、勇者のご子息はそういった訓練を?」

「いいや。姉ちゃんから剣とか弓とか教わって、狩人として食ってるからさ」

「なるほど。では、野生の動物たちと命のやりとりをしているわけですね」

 ラズロはまじめにふむふむと頷く。リムと同じで、貴族ってこういう堅物しかいねえのかな、とセトはなんとなく気の重いような気持ちで思った。

「お姉さまがおられるのですね。お姉さまから剣の指導を受けたとは、不思議な関係であると思われますが……」

「姉ちゃんだけど血はつながってないんだ。女神らしいし」

「なるほど、女神……、はい?」

「彼の家庭環境は複雑なのです」

 リムがセトの助け船を出そうと口を挟むが、さらにややこしいことになったことはこの場で気付く者は誰もいなかった。

 ラズロは重苦しい表情でうなずき、どうやらこの少年はすごいらしい、ということだけが理解できた。

「血が繋がっていなくとも、きっとセトさまを心配していることでしょう。ここまで姫様を送り届けてくださったこと、感謝いたします。お礼は必ず致します」

「いや、お礼なんていいよ」

「プルミエ村に住んでいるとおっしゃっていましたね。そちらまでお見送りしたい気持ちはありますが、私たちは一刻を争う立場ですので」

 そこまでラズロが話しているのを黙って聞いていたリムが、ラズロが何を言おうとしているのか合点がいき、すぐさまその会話に割って入った。

「待ってください、ラズロ。それは、セトに村に帰れと言っているのですか?」

 そうきつく問いただしたリムに、なだめるように肩に手を添える。

「無論です。たとえ勇者のご子息であろうと、一般の民であることに変わりはありません。彼には魔王討伐の義務はないのですよ」

 その言葉に、今度はセトが険しい顔をした。

「それは困る! 俺はリムを守るって約束したんだ! この約束は絶対に守る!」

 そう噛みつくようにセトは身を乗り出した。彼の強い主張に、ラズロは一瞬目をむく。

 しかし、彼は決して頷かない。

「確かに貴方は戦うこともできるようです。しかし、何かあってからでは遅いのです。貴方にも大切な家族がいるでしょう。その方たちが、貴方の故郷で待っているのです」

「家族も、村のみんなもそんなの分かって俺を見送ってくれた! リムが助けてって言ってくれたんだ、だから俺はリムを助ける! リムが危険な目に遭ってたら俺がリムの盾になる! リムの目の前に敵がいたら俺がリムの剣になる! 俺は、リムを助けるためにここにきた! これからだってそうだ!」

 セトはラズロに差し迫って訴えた。

 ラズロは何か言い返そうと眉を寄せていたが、セトの眼差しを一身に受け、やがて反論の変わりに大きくため息をついた。

 リムは心配そうに二人をみやった。

 肩を落として脱力したラズロは、やがて意を決したようにセトの深緑の瞳を見つめた。

「分かりました」

 諦め混じりに一言。

 その一言にセトとリムがお互いの顔を見つめ、ぱっと表情を明るくした。そしてお互いの手をとり、やった、と笑いあう。

「しかし」

 と、ラズロはさらに強く一言。

「戦況に応じて無謀だと私が判断した場合は、すぐに送還しますからね」

 と。

 しかし難しい言葉の羅列にセトは首を傾げる。

「えっと、これ以上は危険だろうと思ったら村に帰ってもらいます、という意味です」

「なるほど!」

 リムはこっそりセトに耳打ちする。

「あの……その翻訳は何なのですか?」

 こそこそ話の内容を察したラズロは、たまらず怪訝そうな顔で問いただす。

 リムは非常に気まずそうな顔で、今度はラズロに耳打ちする。

「セトは読み書きなどの教育は受けていないため、簡単な日常会話以外で使う言葉は検討がつかないようでして……五歳児に話しかける気持ちで話してあげてください」

「いや、五歳児は言い過ぎだぞ」

 ちょっと聞こえたセトはすぐさまつっこみを入れる。

 しかしラズロはセトを全く無視して衝撃的な顔をしている。

「な、なるほど……自らの世界に閉じこもりがちな貴族の悪いところですね。教育機関に身を置けることを当然の現実と認識しておりました……矮小な世界から抜け出さねばなりません」

「何を言ってるかわかんねーけど、すごく失礼なこと言ってるんじゃないか?」

「とんでもございません」

「まあ、気にしてねーけど……そうだ、一個頼みたいことがあったんだ」

「私にですか?」

 内容に心当たりがないラズロが不思議そうな顔をする。

 そんなラズロを純粋に、実直な瞳で見つめ、セトはガバッと頭を下げる。

「俺に剣を教えてくれ!」

「……」

 返事がないことに不安を漂わせながら、そろりと顔を上げる。頼まれた相手はその純美な瞳を丸くして固まっていた。

「えっと、ラズロ?」

「あ、いいえ、たいへん簡潔で、素直で良いな、と思っただけです。いいでしょう。旅をしながら、稽古でもつけましょう」

 一般人がこの旅に加わることは今でもまだ納得はいっていないものの、こうも誠実に言われてしまうと断れないものである。

(五歳児なんてとんでもない……気持ちの良い少年ではありませんか)

 内心嬉しく思いながら、ラズロは一人静かに微笑んだ。

「では、稽古のスケジュールを組みますね。まず貴方は剣の基礎からになるでしょう。それから剣を持つものの心得や作法も教えたいですね。騎士に関することなどは割愛するとして、それが終わったら……おや」

 一気にまくし立てるラズロについていけず、セトの脳味噌はキャパオーバーしていた。

「ラズロ、そんなに一息に言われたら混乱します!」

 主人があわててラズロに注意し、セトを庇うように間に立つ。

 セトは頭から煙を出して停止していた。

「セト、セト大丈夫ですか!?」

「……」

「ハッ……! こういう時にやいやいと言うのですか!?」

 リムの必死の問いかけに、セトからの返事はなかった。

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