7 「桃色コスモス」始まる! ①
『クソッ!なんなんだこれ、どうして俺が主人公とキスしてんだよ!』と俺が心の中で毒づいていると
「ごめん、君、大丈夫?怪我はない?」と主人公である藤咲 百花は自分も被害者であるにも関わらず、こちらを心配して見せる。『あぁ、これが主人公って奴か、確かに完璧だ』と藤咲 百花の人の好さに感心していると、どうやら俺が黙っているのを勘違いしたのか彼の表情が暗くなる。
「あ、あぁ、大丈夫だ」と咄嗟に返事をすると安心したのか彼は「良かったぁ…」と笑う。
思わずドキッとしてしまったが『いや、俺が攻略されてどうする!』と考えていると
「悪かったな、だが、お前もやるじゃねぇか。咄嗟に女庇う何てな!」と、事の原因となった男、鈴音 翔は
悪びれる様子もなく、軽い調子でこちらに声を掛けてくる。
「いや、お前はもっと反省しろよ!」とこちらも軽い調子で返すと「悪い、悪い」と笑いながら返事をして来た。『こいつ、ゲームと一緒でホントに軽いやつだな』と思っていると
「助けてくださって、ありがとうございます。あのままだとこの男に唇を奪われてしまうところでした」と藤咲 百花を指差し、男3人にのけ者にされてしまった、ヒロイン桃井 秋桜がこちらを見つめて感謝を口にする。
「い、いえ、僕は当然のことをしただけですよ」と少し噛みながらも返事をするが、俺は、彼女の唇を守れたことへの安堵と、画面越しにしか感じれなかった彼女の可憐な声が彼女の視線が自分に向けられているという事実に、幸せがキャパを軽く超え、今にも桃源郷をへと意識が飛んでいってしまいそうだった。
そうして、喜びに胸を打ち震わせていると、入学式5分前を報せる鐘が鳴る。
「ヤバイッ!早くホールに行かねぇと遅刻になんぞ!」という鈴音 翔の言葉と共に俺たちはホールへ駆け出した。
ホールの中に入り、先輩らしい人から座席に案内され、そのまま席に着く。
「おっ、お前が隣か秋桜さんだったら良かったんだけどな」と軽い口調で鈴音 翔が席に着きながら声をかけてくる。
「秋桜さんじゃなくて悪かったな。俺もお前じゃなくて秋桜さんが隣が良かったんだけどな」
「酷いこと言うなよ、泣くぞ、お前。てか、お前あの子の名前知ってたのか?」と聞かれ『しまった』と思う。『そう言えばさっきは誰も名乗ってなかった』と思い至り、
「お前の口ぶりからそう思っただけだ。というか互いに名乗らないか。いつまでも”お前”っていうのも褒められたものじゃないだろ?俺は伊月 凛桜だ。リオって呼んでくれ」と無理やりに話をそらし誤魔化すと「ん、そうか」と少し考える様子を見せてから、納得したのか、
「俺は鈴音 翔。翔って呼んでくれ」と答えた。
『どうやら納得してくれたみたいだな』と考えていると
「皆さん、おはようございます」と言って、学園長らしき男性が壇上に立つ。
すると、先ほどまで騒がしかった会場が静寂に包まれる。
ただ、翔は相も変わらずこちらに話しかけてくるので、小声でいくつか話していると、近くにいた教師にギロッという擬音が聞こえて来そうなほどに睨まれてしまった。
「おぉー、怖ぇ、怖ぇ」
「翔がうるさいからだぞ」と、軽口を交わしてから、互いに黙り、壇上に目を向ける。
どうやら学園長の話はすでに終わっていたらしく、丁度壇上を降りようとしているところだった。
そして学園長と代わって壇上に立った女性を見て、思わず息を呑んでいた。
壇上に立つ、光すら吸い込んでしまいそうな黒の髪に瞳を持つグラマラスな容姿と視線を引き込むような存在感を放つ女性、ヒロインの一人にして「桃色コスモス」の発売前人気投票で堂々の1位である生徒会長 黒木 百合が壇上には立っていた。