6 寝取られを阻止する代償
今、初めて俺はこの世界に来たことを喜んでいた。何せ前世で愛したヒロインがゲーム画面より近く実在し目の前にいるのだ。ここが人前でなければ小気味好くステップを踏みながら狂喜乱舞していただろう。いや、足は既に小気味好く痙攣するように僅かにステップを踏んでいた。
だが、その喜びも長くは続かなかった。
何せ、俺は知っているのだ。このまま主人公とヒロインが言い争っていると、主人公の友人キャラとなる鈴音 翔が遅刻ギリギリで走って来て、その勢いのまま主人公にぶつかり、主人公である藤咲 百花は前のめりに倒れ、あろうことか目の前の、ヒロイン桃井 秋桜の唇を奪うのである。それもただ唇と唇が触れ合うかわいげのあるものではない。言い争っていたがためか互いに口が開いていてディープなキスに発展してしまう。それはゲームであれば主人公を操作するの自分であるため喜ばしいことなのだが、この世界は現実で、俺は主人公ではなくモブである。前世では18歳になってすぐエロゲを買いあさり、少なくない経験を積んできたが、いまだ俺は、寝取られを喜ぶ境地にまでは至っていなかった。
『ゲームとは言え何度も愛し合った、ヒロイン桃井 秋桜の唇を俺以外が奪うなんて!!あの主人公ぉぅ許さねえ絶対止めてやる』とお門違いな怒りを向け、どうにかして止めることを決意し、現実へと意識を向ける。
無慈悲にも背後には「やべー、遅刻するぅー!」と叫びながら走ってくる鈴音 翔の姿があった。
俺は焦って振り返る。鈴音 翔の姿は50mほど後方にあった。
だが、その距離も最早半分ほどしかない。彼はとにかく速いのだ。恐らく魔法で加速をしているのだのう。人間が出せる速度を軽く超えていた。
『もう彼の前を遮ることはできない、出来てもただでは済まない』そう判断した俺は、いまだ言い争いを続ける主人公とヒロインの間に割って入る。それと同時に彼、鈴音 翔は主人公に衝突する。
そして俺のファーストキスは、前のめりに倒れて来る「桃色コスモス」の主人公藤咲 百花によって奪われた
ファーストキスの味はただただ空しく苦かった。
寝取られって見てると心がざわつきますよね。