ポコ号と私と。
私は魚釣りが好きだ。古いレトロな車も好きだ。
年頃の女の子にしては変わった趣味を持ってるとよく言われる。
現在18歳の私は、働きながら汽車通学で大学に通ってる。
「汽車」というのは、私が今住んでるのは電化されてない単線の鉄道が走るぐらいの田舎。
職場は町に数少ないスーパーのアルバイト。
大学の友達はみんな流行りのファッションをして流行りの遊びをしてそれをSNSに投稿したりしてる。
それが楽しいらしい。
私は愛車に乗ったり、のんびり魚釣りをしたりしている。
愛車は古いレトロチックな所謂「旧車」と呼ばれてるモノである。
中学2年の頃に一目惚れし、憧れ、貯金してようやくこの歳になって買えたものであった。
旧車なのでもちろん中古ではあったが、それにしても破格だったので思いの外あっさり買えた。
それでドライブし、釣りをし、満喫している。
これが至福のとき。
みんなそれぞれ好きなことをしている。ほんとに良いことだと思う。
そんなある平日、私は磯場で釣りをしていた。
大学は今日は授業を取っておらず、アルバイトも丁度休みだった。
磯場は見渡す限り、少し離れた位置で釣りしてるおじさん1人だけしか居ない。
平日ならではである。
海もベタ凪だし、本当ゆったりした雰囲気だ。
私はこの雰囲気が大好きだ。
ただ、早朝から釣りをしているが お目当ての魚は一匹も釣れず、釣れるのは外道のフグばかりだった。
もちろん毒があり、食べれないので全てリリースだ。
私は2年前に父に誘われて初めての釣りを嫌々付き合ったが、見事にその楽しさにハマってしまい
それがキッカケで一人でもするようになった。今じゃそれが立派な趣味になった。
ただ、一人で釣りをする時に限ってボーズである事が多く、苦戦する回数が増えた。
午後になって、今日は釣れないしもう帰ろうと支度をしようとしたときだった。
隣のポイントで釣りしているおじさんがこっちに歩み寄って私に話しかけた。
「こんにちわ。釣れたかい?」
「こんにちわ、まだ何も…」
「お姉さん、一人なの?」
「はい、」
「珍しいね~若そうに見えるけど。お姉さんみたいな若い人が一人で釣りだなんて。」
とおじさんがニコっとした顔で言った。
「好きなので。父の影響なんです」
「そうかい、いや~この趣味は良いよね~ なんというかさ、全てのシガラミから開放できて
色々忘れられるし、もう飽きが無いよね。釣れたら楽しいし食料にもなるし、ここの魚美味いし。
全てが最高だよ。」
「そうですねー、私もこの趣味向いてて…気づけばハマってて…あはは」
そのおじさんは白髪交じりでちょっと大柄で、顔も小皺だらけで、
だけど目元がどこか優しそうな感じだし、顔も結構整った面持ちだった。50代半ばだと思われる。
よく見ると、まぶたにほんの小さな「傷を縫った痕」が2つあった。
おじさんはくわえタバコをふかしながら私に言った。
「俺、もう帰るんだけど、さっきいっぱい釣ってさ 余ったグレいる?
針飲み込んで仕方なく〆てキープしたのよ。そしたら食いきれないぐらいになってさ。」
針を飲み込んだ魚は例えリリースしてもすぐには死にはしないものの
弱ったり生存率が下がったりするためそれを考慮し、リリースしたくても持ち帰る釣り人はいると聞く。
「いいんですか!私今日は釣れたらお刺身にして食べたかったんですが…なんか今日は釣れないので…折角なので是非ほしいです!」
おじさんは自分のポイントに戻ってバケツにキープしてた〆た後のグレを
持って私のところに戻ってきた。
「グレ」というは正式名で「メジナ」の事。根魚の一種である。
釣り人がこれ目当てで狙うほど人気の魚種でもある。
「ほれ。これ。」
「ありがとうございます!!いいサイズですね!」
「多分足裏ぐらいだけど…せめて尺はほしかったなー!」
と頭をかきながらちょっと照れくさそうに言うおじさん。
足裏とは…名前の通り人間の足裏サイズぐらいの大きさ。
24~26cmぐらいであろう。 尺は30cmの事。
「十分ですよ!お刺身で食べさせていただきますね。ありがとうございます!」
「あとさ、ちょっと聞きたいんだけど」
と、おじさんが少々神妙な面持ちで尋ねた。
「はい、なんですか?」
「あそこに止めてある車、もしかしてお姉さんの?あの初代レックス。」
私の愛車だった。万が一の為に釣り場からはちょっと離れてるが見える場所に停めたのだ。
「はい、そうです。」
「あれ、もしかしてオイカワ中古自動車で買ったやつ?」
「え、よくわかりましたね… ってこんな田舎だとあそこぐらいしかないか…、でもなんでですか?」
「いやぁキレイに乗ってくれてて嬉しいよ。あれ、俺のだったんだよ。懐かしいね。」
一瞬、耳を疑った。
「え!? あれおじさんのだったんですか!!」
「朝、釣り場に来る途中、近くで見かけて俺びっくりしたよ。あ!これ俺のだ!ってね。」
「…」
私は呆然としていた。
「小さいキズとかちょっとの凹みとかの位置、覚えてるし見ただけで分かるよ。こんな車、他に乗ってる人この町じゃ見かけないしね。」
「よ、よくわかりますね…」
「わかるよ~!ずっと乗ってたんだから。といか、お姉さん凄い趣味してるね…」
「はい、中学の頃からずっと言われてます…」
「ハンドル、買った時ちょっとセンター位置から左に10度ぐらいズレてただろ?」
それを聞いて私は瞬時に疑いを拭った。
「え!はい!予算がなくて修理できずそのままにしてます。しかし…本当におじさんの車だったんですね…」
「あと給油口、レバーひねっても凄い開けづらいだろ。」
「そうです!とても開けづらくて…あの蓋、錆びてるんですかね?」
「あれはコツがいるんだ。」
話が盛り上がり、私とおじさんは愛車の方へと向かった。
おじさんは私の愛車の弱点やコツを色々と教えてくれた。
実際に手でいじってレクチャーしてくれたり…色々と助かった。
そのお陰で以前より愛車の知識がついた。
しばらくして…
「この車、一応俺の中では名前があるんだ。ポコ号っていうんだけどね。」
「ぽこ号?」
「飼ってた犬の名前だよ。ポコ。ずいぶん昔に死んじゃったけどね。この車に乗せて走ったりしてたよ」
「そうだったんですね…」
色々想いが詰まってる車なんだなとしみじみ思った。
大切に乗らなきゃ、という想いがずっしり痛感した。
「今日は本当に有難うございました。」
「いや、いいよいいよ。これからも大事に乗ってね」
「はい、愛でながら乗ります」
釣りしてるときは普通のそのへんにいるような中年のおじさんだったのに。
その時のおじさんは、ちょっとかっこよく見えた。
私はその日の夜、頂いた魚を持ち帰り 私は魚がまだ捌けないので母親に捌いてもらった。
刺し身にして食べたら、やっぱりすごく美味しかった。
色々あった日なのでそれで美味しさが倍増したかもしれない。
「また釣りしに行こう!」と張り切った。
翌週の平日。
私はまたいつもの磯場で釣りをしていた。
早朝から釣りしてるが、この日も釣果に恵まれなかった。
フグ2匹にベラ1匹。どれも外道だった。
するとこの前の「ぽこ号」のおじさんがやってきた。
「お、この前のお姉さん。やっぱり居たんだね。」
「あ!その節は有難うございました。これから釣りですか?」
釣り道具とバケツを手に持ってたので、これから開始する様子だった。
「うん、あとこの前教えたコツと癖、覚えたかい?」
「はい!バッチリマスターしました。」
「よかったよかった。」
おじさんは笑顔で言った。
「ただ…釣果の方のマスターはまだ…」
「おっと、次は魚の方か。」
と、おもむろに私が使ってる釣り具を見渡し…竿から垂れてる「釣り糸」を見て言った。
「このハリス(釣り糸)じゃちょっと太いかも」
「え、そうなんですか!適当に巻いたやつなので…やっぱ良くないのかな…」
「これ4号ぐらいあるね…ハリス太いとグレは警戒心強いからすぐ見破られるね」
私は違う太さの糸を持っていなかった。
持ってるのはどれも太い糸ばかりだった。
「何かの縁だ、これをメインラインの先に結んで。1ヒロぐらいの長さで。」
おじさんは私が使ってるのより明らかに細い釣り糸を私に渡してくれた。
「1ヒロ」は両腕を広げた長さ。大体150cmぐらい。
「え、いいんですか…!何から何まで…」
「いいのいいの 若い娘が目の前でボーズだと…ね? アレでしょ…?」
「ありがとうございます!!」
さっそくやってみると
しばらくすると…今までの釣果が嘘かのように釣れた。
サイズはそこそこだったが、明らかに釣果が変わった。
「おじさん!!釣れたよ!!」
「へへ、いい笑顔だね」
釣りを楽しみ、しばらく時間が経って
昼になり、私はクーラーボックスに入れておいた手作りサンドイッチを取り出した。
隣で釣りしてる「ぽこ号」のおじさんに
「おじさん、よかったら、食べますか?」
とサンドイッチを差し出した。
「お、いいの?助かるわ~。腹減ってたし」
おじさんとサンドイッチを食べながら「ポコ号」や「魚の釣り方」について
色々話した。
趣味が被る二人にとっては その「話し」がとても楽しかった。
話しても飽きは来なかった。
話してる途中、私の友人からSNSのメッセージがスマホに届いた。
「何してるの~?」と顔文字まじりのメッセージだった。
私は思い切って
「おじさん、ツーショットいい?」とスマホをかざして尋ねた。
「写真?いいよいいよ。」
大学生特有の「ノリ」だろうか。
何のためらいも無くおじさんと私のツーショット写真を撮った。
それを友人に「釣りなう」と送った。
バックに海が写り、知らないおじさんと私が映ってる。
なんとも不可解な写真だった。
この日はいつもより魚が釣れ、私はご機嫌だった。
夕方まで釣りをやり、2人は別れたあと帰路についた。
前述で述べた私のアルバイトだが、スーパーでレジを打ってる。
この町にスーパーは2~3件しかなく、来る客は顔なじみも多かった。
私が勤務中に思ってることは「またたくさん釣りたい」だった。
釣りで頭が一杯だった。
すると見覚えのある顔の客が来た。
「ポコ号」のおじさんだった。
「おろ、お姉さんここのアルバイトだったの!へー」
「あ、この前のおじさん!」
「小野寺って呼んで。もう顔なじみだしね。また釣り行くでしょ?」
「はい また行きますよ、小野寺さん!」
私はアルバイト中、制服に名札を付けてる。
「畠山 舞」
初めて紹介するが、私の名前だ。
「俺は舞ちゃんって呼ぶね。また会ったらよろしくね。」
「はい、是非!」
次週の釣りがいつもより楽しみになってる。
それはポコ号のおじさんが居ることによって楽しみが倍増してるかもしれない。
翌週の平日。
私はいつものように釣りをしていた。
おじさんに教わったとおり細い糸を使って それなりの釣果を上げていた。
案の定、ぽこ号のおじさんも居る。
お昼になって、私とおじさんは前回のようにいっしょにお昼ご飯を食べていた。
いつの間にかそれが当然かのように。
その間に私はひとつ切り出した。
「おじさん…じゃなくて小野寺さんのお仕事って そういえばなんですか?」
いつも会うのは平日なので私は気になった。
「あー、言ってなかったね。ウチ、小料理屋だよ。舞ちゃんと休み被ってるかもね。水曜休みなんだ。」
「そうなんですか。お休み一緒だとエンカウント率高いですしね。どのへんにお店あるんですか?」
そこから会話が弾む。
夕方になり、二人の魚釣りは終わった。
私の今日も釣果はそこそこだった。
帰り際に
「今日も釣れた釣れたー。よし、来週も来よっと。」
とおじさんがつぶやいたのに対し、
「休みの日に毎週釣りして、奥さん寂しがらないですか~?」
と私は何気なく問う。
おじさんはどこか寂しそうな目で言った。
「女房はポコといっしょにいるよ。」
「あ、…なんか、すいません…」
「いいのいいの。」
とおじさんも気を使う。
少々重い空気が漂う中、黄色く光る海を黄昏れながらおじさんはつぶやいた。
「あ~、あの時にまた戻りたいね…。ポコとあいつとドライブした日に。」
沈黙が続く。
「あの…よかったら私の車… いえ 元小野寺さんのポコ号、いっしょに乗りませんか?」
「え、」
「お時間あればで構わないんで。あの時の気分 少しでも味えて貰えたらな…と。」
「ドライブ?…」
「私からの…ささやかな御礼です。」
私は無意識のうちに声に出してしまってた。
なにか、儚さと妙な感情が私を襲った。
私の心の奥底で 「なにか」が意識し始めた気がした。