7 客室
そんな話をしていると先頭を歩いていたプラチナブロンドの侍女、ロゼッタが茶褐色のドア前で立ち止まった。
「こちらが客室です。どうぞお入り下さい」
ロゼッタが扉を開けて中に入るよう促してくれたので、軽い会釈をして客室内に入ると磨き抜かれた寄木細工の床上には天蓋付きベッド。
そして壁際には優美な猫脚の三面鏡ドレッサーなど調度品や大理石造りの暖炉。その前には象嵌細工の意匠が施されたローテーブルに布張りのソファが置かれ、上を見あげると小振りながら美しいクリスタルガラスのシャンデリアが天井から吊されていた。
「うわぁ」
「今すぐ、ご用意できるのはこちらの客室なのですが……。手狭でご不便でしたら女官長に相談して、もっと広い客室をご用意いたしますが如何でしょうか?」
「いえ、じゅうぶんです……」
「この箱はここに置いておけば良いか?」
「はい、運んで頂けて助かりました。ありがとうございます。アルベルトさん」
私の返答を受けて銀髪の騎士はローテーブルの上に茶色いダンボール箱を置いてくれた。一方、キョロキョロと客室内を見ていた赤髪の騎士は、私と視線が合うと爽やかな笑顔を浮かべた。
「マリナちゃん。見知らぬ地で独り寝が寂しいなら、俺が朝まで一緒に寝てやるから遠慮なく……」
「ヴィットリオ! 用は済んだんだから、さっさと帰るぞ!」
「ぐえっ! は、離せ! アルベルト! 俺は異国の地で一人、心許ないマリナちゃんの心をベッドでなぐさめるんだッ!」
「寝言は、寝てから言え!」
駄々をこねる赤髪の騎士ヴィットリオは、銀髪の騎士アルベルトが首根っこを掴んでズルズルと引きずって強制的に客室から出された。その様子を見ていたプラチナブロンドの侍女ロゼッタは水宝玉色の瞳を細める。
「アルベルト兄さん、おやすみなさい。ヴィットリオ様も」
「ああ」
「ロゼッタちゃん! マリナちゃん! 寂しくなったら、いつでも俺の寝室に来てくれ!」
「貴様、マジでぶっ殺すぞ!」
「ぐぇぇ!」
地を這うような低音のつぶやきを発したアルベルトさんが怒りにまかせて、ヴィットリオさんの首根っこを強くひっぱったことで、赤髪の騎士が断末魔のようなうめき声を出してる途中で客室のドアは閉められた。
「聖女様、申し訳ございません。騒がしくて……」
「いえ、ロゼッタのせいじゃないし……。あと『聖女』って呼ぶのはちょっと……。私、本当にそんなのじゃないから」
「では『マリナ様』とお呼びしますね」
「う、うーん。様付けされるような身分でもないんだけど」
「マリナ様は第一王子、デュルク殿下のお客様ですから」
「あー。まぁ、ロゼッタの立場的にはそう呼ばざるをえないか……。でも、本当に私そういうのじゃないし多分、手違いでここにいると思うから、あんまり気を使わないでね」
「お気遣いありがとうございます」
「それより、さっき『兄さん』って言ってたけど……。もしかしてアルベルトさんはロゼッタのお兄さん?」
「はい。そうです」
プラチナブロンドの侍女は屈託のない微笑みで頷いてくれたが、私は顔が引きつった。
「ヴィットリオさんは妹の前であんな話を……」
「あの方は、いつもあんな感じですから。私は慣れておりますので」
「そうなんだ……」
やはり日常的に童貞ネタを連発しているせいで、妹さんが平然とするまで耐性がついてしまったのか……。遠い目をしているとプラチナブロンドの侍女は苦笑した。
「私に対してはアルベルト兄さんがきつくクギを刺してくれたので、あからさまに口説くようなことは減ったんですが……。あの方は女性に対して、いつもああですから。マリナ様も適当に流しておいて下さいね」
「うん、そうね。そうするわ」
「あと客室の隣に控えの部屋があります。私は今日からそこに控えてマリナ様のお世話をさせて頂きますので、ご用の時はいつでも遠慮なく、お声をかけて下さいませ」
こうしてロゼッタが身の回りの世話をしてくれて、夕食には白磁器の皿に盛られた真っ赤なトマトと新鮮な葉野菜にオリーブオイルがかけられたサラダ。肉や野菜を長時間、煮込んで作られた香り高い黄金色のブイヨンスープ。
薄切りされた数種類のチーズとハムの盛り合わせ、そして芳ばしいキツネ色に焼かれたパン。メインに香草と共にこんがり焼かれた鶏肉という美味しい食事を頂き、浴室で汗を流した後は用意して貰った薄布の白い夜着に着替え、天蓋付きのベッドに入った。
「ごはんは美味しかったし、ロゼッタは何かと気を配ってくれて不自由はないけど……。それにしても周囲の人は皆、獣耳だし。やっぱり異世界なのか……。目が覚めたら、元の世界に戻ってたら良いんだけど……」
そんなことを考えながら瞼を閉じると昼間、祖父の遺品を整理して肉体的に疲れていた上に突然、見たこともない場所に来て精神的にも疲れていたのだろう。私は夢も見ないような深い眠りについた。