56 本音
ソファから立ち上がって客室から出ると通路の奥に第一王子たちの姿が見えたが、一行はすぐに通路の角を曲がって姿が見えなくなってしまった。
「やばっ! 見失うわ!」
慌てて追いかけ、やっとのことで追いつくと第一王子と黒縁眼鏡の魔術師は美しい赤バラが咲き誇る中庭で何やら立ち話を始めていた。
「それにしても、ずいぶんと大盤振る舞いをされましたね。ディルク殿下……。あれほど高価な宝飾品を贈るとは、いささか驚きました」
「フン。まぁ宝飾品に関しては高額過ぎて、すぐに売り払えるような物ではないからな。黒髪の聖女についている侍女ロゼッタに申しつけておき城内から持ち出さないようにしておけば、一時的に手元へ置かせるだけなら問題ないからな」
「え、手元に置かせる? あの宝飾品はマリナさんへのプレゼントではなかったのですか?」
「手元にあるのだから本人はプレゼントされたと思っているだろう。実際は城の宝物庫にあった物を一時的に持ち出したに過ぎん」
「まさか、国王陛下に無断で?」
「ああ」
第一王子はダークブロンドの髪を揺らして平然と頷いたが、私はギョッとした。場合によっては第一王子から預かった形になっている私が犯人扱いされるんじゃないだろうか? 宝物庫からの持ち出しに直接、関与したわけではないのに冗談ではない。黒縁眼鏡の魔術師も同じように考えたのだろう。顔を引きつらせている。
「それは……。さすがに、マズいのではないですか?」
「このようなこと、病床にある父上の耳に入れるほどの話でもない。だいたい、父上が亡くなれば宝物庫の中身は全て俺の物だからな。とにかく売り払う意図で持ち出した訳でなく、あくまで城内に置いてあるだけなのだから問題ない」
「そうでしょうか? それに……」
「なんだ?」
「ディルク殿下はマリナさんを妃にすると言っていましたが本気ですか? いくら聖女召喚で呼び出したとはいえ、何の実績もない異世界の女性を『正妃』に迎えるというのは、周囲の王侯貴族や重臣から反発があるのでは?」
「だれが異世界の女を『正妃』に迎えると言った?」
「え?」
黒縁眼鏡の奥で魔術師が鳶色の瞳を見開くと、第一王子は口元に薄笑いを浮かべた。
「俺は役に立てば『妃』に迎えると言ったが『王妃』や『正妃』にしてやるなど、一言もいった覚えは無いぞ」
「では、まさか……」
「ああ。召喚した異世界の女が魔法を覚えて、聖女として役に立つなら『寵妃』にしてやるつもりだ。愛人や愛妾ならば出自が不明でも大して問題にならぬだろう?」
「寵妃ですか。それを聞いたらマリナさんがどう受け取るか……」
「あの者がどう思おうが関係ない。まぁ、俺に協力してくれるならそれに越したことはないが、どちらにせよ召喚者である俺以外は、あの者を元の世界に戻すことはできないのだ。元の世界に戻りたいあの者にとって、俺は生殺与奪の権利を握っているも同然だ」
第一王子がサラリと告げた言葉に私は唖然とした。召喚者であるディルク王子以外は、私を元の世界に戻すことができないなんて初耳だ。
とにかく第一王子が所持しているという『禁書』と呼ばれる本さえあれば元の世界に帰れると思っていたのに。呆然としながら物陰で聞き耳を立てていると、長髪の魔術師は怪訝そうな表情で目を細めた。
「……ディルク殿下は、マリナさんを元の世界に戻す気はないのですか?」
「役に立つなら元の世界に返す必要はないし、役に立たぬ者のために大量の魔力を消費して異世界に送り返すなどという労力を使いたくはない。まぁ、寵妃にして俺の子供を孕めば元の世界に帰りたいなどという気も霧散するだろう。いっそ寵妃とする前、愛人にして孕ませてやれば望郷の念にかられることもなくなって良いかも知れぬな」
「殿下……。それはいくらなんでも」
「まぁ、俺とて下手に事を運んで余計な恨みを買うことは避けたい。穏便に接してやっているだろう?」
「ええ。確かにそうですが……」
「長期的に見れば無理矢理、言うことをきかせるよりも本人が自主的に俺の手駒として働きたいと思ってくれた方が、何かと有用だからな」
赤色のバラが咲き誇る花壁の影で、気配を消しながら第一王子の本音を聞いた私は愕然とした。




