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51 内心

「包虫症とは何なのだ?」


「『包虫症』というのは名前の通り、身体が『包虫に寄生』されることによって起こる症状です」


「寄生ということは、まさか腹の中に?」


「はい。肝臓に包虫が寄生している可能性が考えられます。私が知る包虫は肝臓に寄生して、肝機能の障害を起こすケースがあります。腹に腹水がたまるという症状もその一環です」


 国王に問われるまま答えれば、侍医たちが怒りで目元をヒクつかせながら私をにらみつけた。


「ば、バカなっ! ジャヴェロット陛下が虫に寄生されているなど、ありえぬっ!」


「陛下の御食事は徹底的に管理されている! 寄生虫が国王陛下の御口に入ることなど無かった筈だぞ!?」


 宮廷医師たちは額に血管を浮かせて、顔を真っ赤にしながら反論する。確かに普通に考えれば、一国の王が虫に寄生されるなど考えにくいだろう。


「包虫に寄生される経路として主なルートは成虫が口から入るのではなく、卵の状態と言われています」


「卵だと?」


「はい……。しかも包虫の卵は髪一本の太さよりも、さらに小さいサイズ。肉眼で気になるような大きさではありません。沢の水を生のまま飲んだり、野生動物に触れた手で自分の口に触れれば、そこから小さな包虫の卵が体内に侵入し肝臓に寄生されるという感染経路が考えられます」


「そんなことが……」


 私が説明した感染経路について、予想だにしていなかったらしい宮廷医師たちは目をむいて絶句した。一見、綺麗に見える湧き水や沢の水。その水を飲んでいるのは野生動物だって一緒だ。周囲に野生動物が生息しているなら水には感染症を引き起こす恐れのある虫卵や細菌、微生物が含まれている危険がある。


 現代の日本なら主に北海道でエキノコックスに感染するリスクがあるため、野生のキツネに近づいたり触れたりしてはいけないと言われているが、原虫や細菌が原因の感染症は日本以外でも世界中にある。


 肉眼では視認できないほど小さな虫卵や細菌、微生物が体内に侵入してしまった場合。異世界でも感染症にかかる可能性というのは当然あるはずだ。そんなことを思考しているとロマンスグレーの国王陛下は、真っすぐに私を見つめていた。


「それで包虫症であった場合は、どのように治療するのだ?」


「包虫症の根治を目指すなら、手術をして外科的に切除するしか方法はありませんが……」


 エキノコックス症のような包虫症は例えるならガン細胞のような物で放置しておけば、どんどん他の部位に転移しながら身体中に広がっていく。実際に手術して、この目で見ないことには断言できないが肝臓だけに寄生しているとか、寄生部位が狭い範囲に限られているなら切除して根治する可能性もある。


 しかし、脳内や骨の中にまで包虫に寄生されていれば……。いや、国王は日常生活に不自由はないと言っていた。まだ重篤な状態ではないということは手術すれば根治の可能性はあるはず。


 しかし、適切な手術を行うため最新の医療器具が無いことなど、問題は山積している。人知れず焦燥していると、宮廷医師たちが地団太を踏んで怒り始めた。


「切除だと!? 国王陛下の腹を切るつもりか!?」


「なんと恐ろしい! ジャヴェロット陛下の御身体を傷つけようなど神をも恐れぬ所業ですぞ!」


「この娘! 医女見習いと称して、陛下の御命を狙うため、他国から送られてきた刺客に違いありません!」


 激しくツバを飛ばしながら私を指さして非難する宮廷医師らに唖然としていると、国王の鋭い瞳が剣呑に光る。


「そなたらは黙っていろ!」


「へ、陛下……」


 怒声を受けて情けなく眉尻を下げる侍医たちには最早、目もくれず国王陛下はこちらに視線を向けた。


「マリナと申したな。そなたの言葉は、そこで喚いている宮廷医師より説得力がある。しかし、そなたが主張するように肝臓が虫に寄生されているとして、腹を開いて虫を切除すれば完全に根治するのか?」


「まず、必要な道具がそろっていないと……。事前の検査もしっかりできないことには……。正直なところ、今の状況では非常に難しいです」


「もし切除しなかった場合、余は死ぬのか?」


「私の知る包虫症の場合。症状が出てからも、何もしなかった時の生存率は……」


 思わず口ごもれば、国王はゆっくりと頷く。


「よい。はっきり言ってくれ」


「個人差がありますが……。五年後の生存率は三割、十年後の生存率は一割以下と言われています」


 余命に関わる具体的な数字を提示されて室内にいる者たち、全員が息を呑むのが分かった。そんな中、ロマンスグレーの国王は淡々とした様子で自身のアゴに手をかけて考え込むような仕草をした。


「ふむ。包虫とやらが肝臓だけでなく、他の部位にも寄生して身体の状態が悪化していくというわけか?」


「その通りです」


「そうか……。では余の症状を根治させるため、準備を整えてくれ。その方らも協力を惜しまぬようにな」


「は、はいっ!」


「かしこまりましたっ!」


 小太りの宮廷医師たちが出っ張った腹をブルンと震わせながら直角に礼をした。国王から視線を向けられた白髪の医女ルチアや黒髪の女官長も無言のままうやうやしく頭を下げ、私やロゼッタもそれにならった。


 しかし、一体どうやって事前の精密検査をやるのか。そして、獣人の外科手術に踏み切ったとして本当に成功させることはできるのか。私は内心、動揺と不安でいっぱいだった。

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