45 懸念
魔法の練習を始めて早、数日。すぐに出来るだろうと思われていたロウソクに火をつけるという初歩魔法すらできない私は今日も魔術の練習部屋でロウソクに向き合いながら、ひたすら自分の手に魔力を集中させていた。
「くっ、ううう……!」
「マリナさん。もう少しですよ! 頑張って下さい!」
「うう……! だ、駄目です」
私が力尽きて息を吐きだすと同時に魔力の光を帯びていた手は普通の状態に戻り、今度こそは成功するんじゃないかと思いながら見守っていた長髪の魔術師グラウクスさんも落胆の色を隠せない。
「おかしいですね。手に魔力を集中させるところまでは出来るのに、肝心の魔法が発動しないなんて。普通はありえないのですが……」
長髪の魔術師は自身の黒縁眼鏡を手でクイと上げながらそう告げた。自ら魔法の指導をしているというのに私が一向に初歩魔法を発動する気配すらないことから困惑気味だが、私だって魔法を使いたいと思って教えてもらった通りにやっているのに出来ないのだから、こればかりは仕方ない。私が肩を落としながらしょぼくれていると黒縁眼鏡の魔術師は溜息を吐いた。
「マリナさんは、魔法を発動するにあたって『迷い』があるのかも知れませんね」
「迷い?」
「ええ。迷いがある内は簡単な初歩魔法とは言え、発動することはできません。なにか懸念があるのではないですか?」
「懸念は……。あります」
「それは何ですか?」
黒縁眼鏡ごしに真っすぐ見つめられた私は、今までのことを思い出しながら自分の手を握りしめた。
「この城に召喚された時、第一王子は私が『聖女として役に立てば、妃にしてやる』と言っていました。私が魔法を使えるようになるということは、聖女として役に立つことの第一歩なのではないですか?」
「マリナさん……」
「かといって魔法が使えなければ第一王子の機嫌を損ねて、元の世界に帰れなくなる可能性があるんですよね?」
「ええ。異世界召喚を行うための禁書が第一王子の手中にありますから。あれがなければマリナさんが元の世界に帰ることはできないでしょう」
「私に迷いがあるとすれば、それです。魔法を使えるようになれば元の世界に帰れなくなるかもしれない。かといって魔法が使えないままでも、元の世界に帰れないかも知れないという不安や迷いを抱えています」
「そういうことでしたか……。分かりました。私の方から改めて第一王子、ディルク殿下にマリナさんの事情を説明いたします」
「大丈夫でしょうか? 第一王子の機嫌を損ねたりは?」
「肝心の魔法発動に関することですし、異世界召喚された者が元の世界に戻りたいと思うのは当然のことです。マリナさんが元の世界に戻りたいのだと分かれば、第一王子とは言え無理強いは出来ないでしょう」
「そうだといいんですが……」




