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全く想像していなかった死亡状況に私は唖然とした。
「どういうことですか? ユリの花を口にして急性ユリ中毒で死亡したと言うことですか? 侍女フィオーレの死因は自殺ということですか? それとも……」
「分からないんだ。ただ侍女フィオーレは昨晩、城内の部屋や建物内では全く姿が見えなかった。客室にユリの花を置いた後、城の建物内で目撃証言がないことからも、行方をくらました時には庭園のユリ花壇にいたと考えられる」
「ロゼッタが倒れていたあの時間、雨が降り始めて暗くなってきたから庭園にあるユリ花壇の中までは捜索がされなかった。そして夜になったから建物内から暗い庭園のユリ花壇に倒れている者がいても気付かなかったのか……。城内で捜索がされていた時には、すでに侍女フィオーレは……」
「ああ。残念だが……」
「アルベルトさん。公爵令嬢リリアンヌは? 侍女フィオーレが死亡する前に公爵令嬢と接触した形跡は?」
「公爵令嬢リリアンヌはレナード殿下と離れた後、図書館大広間に向かってそこで夜まで過ごしていた。複数の司書が証言している。公爵令嬢が死亡直前の侍女フィオーレと顔をあわせていたとは思えない」
苦虫を噛みつぶしたような表情で顔をゆがめる銀髪の騎士アルベルトさんの背後から靴音が近づいてきて、長髪の魔術師が現れた。
「つまり、侍女フィオーレは少なくとも公爵令嬢の手によって直接、殺害されたわけではないということになりますね」
「グラウクスさん」
「まったく、朝から遺体を見るなんて気が滅入ってしまいますね」
黒縁眼鏡をクイと上げながら、ため息を吐いた魔術師の言葉に私は思わず目を見開いた。
「侍女フィオーレの遺体を見てきたんですか?」
「ええ。地下の遺体安置室に移されました……。アルベルトから聞いたと思いますが、侍女フィオーレは口いっぱいにユリの花を詰めて死んでいましたよ」
「私にも、侍女フィオーレの遺体を見せて頂けますか?」
「マリナさん……。あなたが医師として遺体を検分したいという気持ちは分かりますが、あなたはこの城において第一王子の客人という立場であって、正式な医師という立場ではありません」
「でしたら、私の『助手見習い』として立ちあうというのは如何でしょうか?」
「医女ルチア」
黒縁眼鏡の魔術師に、横から意見したのは白髪の医女ルチアだった。
「私は昨晩『胃洗浄』について説明を聞きましたが、マリナ先生のような見識を持った医師には会ったことがありません。マリナ先生が遺体を検分したいなら、見て頂くのがよいと考えます」
「そうですね……。どちらにせよ医師に遺体を検分してもらわないといけないですし、女性の遺体なら医女に任せるのは適任でしょう。ただ、今のところマリナさんは生前の侍女フィオーレと会った最後の人物ということになりますので遺体に直接、触れるといらぬ詮索をされかねません。あくまで立ち会いのみ、つまり見るだけでもよろしいですか?」
「はい。それで結構です」