39 処置
白髪の医女は即答した。城の中で医療行為に携わる者なら、有効な救命処置を一つでも多く把握しておきたいというのは当然の欲求だろう。
猫にとって最も猛毒と言われているのはユリだが、それ以外にもアジサイやツツジだって猫が摂取すると最悪、死亡する危険な植物だし、ユリ科のチューリップだって猫にとっては毒だ。
ほかにもスズランやイチイ、キキョウ、カスミソウなど猫にとって毒になる植物は多い。猫にとって有害な植物は700以上とも言われているのだ。命を失うまでいかなくても、皮膚炎になったり嘔吐や下痢などの症状が出るケースがある。
よく外飼いの猫は交通事故で死亡するリスクがあるから室内飼いが推奨されているが、交通事故ばかりでなく庭やベランダで育てている園芸植物の花を何気なく、かじったり食べることで猫にとっての毒成分を摂取してしまい命を落とすというケースも多い。
外で猫にとっての有毒植物を摂取してしまった場合、飼い主が状況を把握できず嘔吐や体調不良、衰弱の症状が出ているのを発見した時にはすでに手遅れになっているというケースが後を絶たない。そういう危険を回避するためにも猫は室内飼いが推奨されているのだ。
この世界でむやみに獣人が有毒植物を食べるとは思えないが、ロゼッタの身に起きたように自分では知らない内に毒成分を摂取してしまう場合や、子供が興味本位で毒性のある植物を口にしてしまうという可能性はじゅうぶんある。胃洗浄の方法を知っておいて損はないはずだ。
「分かりました。胃洗浄に必要な道具と方法さえ把握しておけば、いざという時に役立つと思いますので……。まず必要な道具は、口から胃に水を流し込むための『管』と水を流し込みやすくするための『ロート』です」
「管?」
「ノドを痛めないように柔軟さがありながら、胃までしっかり届くような丈夫さを持つ『ゴム』のような素材で作られた管が好ましいのですが……。ゴムはこの国で入手可能でしょうか?」
「ゴムとは?」
「この国だとないのかもしれませんね。道具に関しては客室に置いてきましたが、明日以降に実物をお見せします。素材や形状さえ分かれば仮にゴムがなかったとしても代替品を用意できると思いますし……。ただ管を用意できたとしても直接、ノドに挿入しようとするよりも胃への挿入をスムーズにするための潤滑剤が必要です。今回はオリーブオイルを使用したのですが……」
こうして診療室の医女さんや黒髪の女官長さんに胃洗浄の説明を一通りした後、私はロゼッタの横に置かれているベッドに入って眠りについた。




