37 否定
「これだけ大きな城だと侍女一人、身を隠されたら隅々まで捜索するのは大変なんでしょうね……」
この城はかなり広い。数えたことはないが、部屋数が数百は下らないだろう。それを全部、探して回るだけでも一苦労に違いない。私と同じことを考えたのだろう。長髪の魔術師グラウクスさんも自身の黒縁眼鏡をクイと上げて、軽く肩をすくめる。
「すでに夜ですからねぇ……。暗がりの部屋で物陰にでも身を隠されていたら、捜索していても見落としもあるやも知れませんし、隠れているのだとすれば今晩は見つからないかも知れませんねぇ……。もっとも生きているなら食事も必要ですし、城内で長く隠れていられるとは思えませんが」
「明日の朝になって明るくなれば捜索もしやすくなるだろう。ひとまず、今晩は医女ルチアの診療室にロゼッタを移動させよう」
「医女とは? 女性のお医者様ですか?」
「ああ。城内で、主に助産師としての役割や女性の病を看る者だ」
「私も一緒に行って良いですか? ロゼッタのそばについていたいんです」
「そうだな。そなたが一緒の方が、何かと良いだろう……」
第二王子はそう言って、私の申し出をあっさりと了承してくれた。一緒の方が何かと良いというのはロゼッタの身体にユリ毒による容態の急変が出た場合、的確に処置できると見込まれたということなのだろう。
そして、皆までは言わなかったがユリ毒を混入させたと思われる茶髪の侍女フィオーレが拘束されていない以上、警備上の問題もあってロゼッタと私が同じ場所にいた方が警備がしやすいという意味もあるのだろう。
とにかく、こうしてロゼッタは気むずかしそうな白髪の医女がいる診療室に運ばれた。石造りの部屋に清潔そうな白いシーツがひかれた複数のベッドが置かれている診療室の片隅にプラチナブロンドの侍女はゆっくりと寝かされた。
「私は、そろそろ自室に戻らねばならぬ……。後のことは頼む」
「分かりました。あのレナード王子」
「なんだ?」
「公爵令嬢リリアンヌは何と言っていたのですか? 公爵令嬢は、侍女フィオーレに指示を出せる立場なんですよね?」
「ああ。もちろん尋ねたが、リリアンヌは『客室にユリを持っていくようにという指示以外はしていない』と主張している」
「そうですか……」
予想できていたことだったが、やはり公爵令嬢リリアンヌはユリ毒混入の指示について否定したかと私は苦々しい思いで自分の唇をかんだ。
公爵令嬢や茶髪の侍女フィオーレは『平民』ということでロゼッタや私を下に見ていたが、レナード王子がロゼッタを憎からず思っていたという事実に気付いていたのだとすれば、第二王子の婚約者である公爵令嬢リリアンヌがロゼッタを目の敵にしていたのも納得できるし、公爵令嬢の侍女であるフィオーレがそれに追従していたのも頷ける。
ロゼッタに対して敵意を向けていたのなら、公爵令嬢リリアンヌが侍女フィオーレに命令してユリ毒を混入させる動機も発生するはずだ。そこまで考えていると長髪の魔術師グラウクスさんが黒縁眼鏡の奥で鳶色の目を細めた。
「こうなると侍女フィオーレの口から直接、真意を聞きたいところですねぇ……。ひとまず、今日のところは私も自室へ戻ります。外には衛兵もおりますし廊下や周囲を巡回している警備兵もおりますが、扉にはカギをかけてくれぐれもお気をつけ下さいマリナさん」
「はい」
「医女ルチア。後は頼む」
「かしこまりました殿下」
白髪の医女が頭を下げるとレナード王子は鷹揚に頷いた。




