33 洗浄
説明し終わるとロゼッタの胃に活性炭入りの水が満たされた頃合いでだと判断した。
「ロゼッタ。胃洗浄の処置が全部、終わったからゴムチューブを抜くわね」
そう言って口元から出ているゴムチューブをスルスルと抜いていく。入れるときよりは抵抗もなく、あっという間にオレンジ色のゴムチューブは口からすべて出せた。
最後に口元から出たゴムチューブの先端に唾液なのか胃液なのか分からない、ぬめった液体が糸が引いた。それをロゼッタの顔周辺に置いていた白色のタオルで素早く拭う。
プラチナブロンドの侍女は慣れない胃洗浄で体力を消耗しているようだが、蒼白だった肌には血色が戻り、うつろだった眼差しには生気が戻ってきたようだ。
「これで処置が終わったのか?」
「はい。水での胃洗浄と活性炭の注入が終わりましたので」
「ロゼッタは助かるのか?」
「……ユリ中毒の恐ろしいところは『腎不全』になることです」
「腎不全?」
「摂取したユリ毒が腎臓に達すると『急性腎不全』になります。ユリ毒のせいで猫は『腎臓が壊死』してしまうのです。そして壊死した腎臓が回復することはなく、腎臓の尿細管が損傷してしまったのが原因で『尿毒症』という症状に陥ります。そこまで行くと手を尽くしても余命が一週間ほどになってしまいます……。ですが、ロゼッタの場合はユリ成分を摂取してから発見と胃洗浄の処置が早かったですから、おそらく大丈夫だと思います」
「そうか……!」
「よかったな。ロゼッタ」
金髪碧眼の第二王子と銀髪の騎士がプラチナブロンドの侍女に微笑みかければ、ソファに横たわるロゼッタはゆっくりと頷き、水宝玉色の瞳から涙がこぼれ落ちた。
一般的に猫がユリの花びらや茎、葉をかじったり食べたりしてユリ毒を摂取してしまった場合、一時間以内なら胃洗浄が間にあうと言われている。
ロゼッタの場合はユリ成分を含んだ水を摂取してから発見が非常に早く、ユリ毒が原因だと迅速に把握できたのも良かった。
「ヴィットリオさん、ありがとうございました。匂いでユリ成分が入った水だと断定して頂けて助かりました。それに水やバケツも用意して頂いて……」
「ロゼッタちゃんやマリナちゃんの為なら、お安いご用だぜ!」
赤髪の騎士は陽気な声で応えながらウインクで返してきた。私は苦笑しながら、安堵の息を吐いた。
「驚きましたね。魔法も使わずにユリ毒を摂取した者の命を救うとは……」
「祖父の遺品整理をしていた時に偶然、胃洗浄のセットを箱に入れてたのが幸いでしたね……。あれがなかったら、どうなっていたか……」
私がロゼッタに胃洗浄の処置をしている間、黙って後ろから見守っていた黒縁眼鏡の魔術師が感嘆した様子で呟いたので率直に答える。
実際、ゴムチューブやロートがなかったらお手上げ状態だった。ダンボール箱と一緒に召還されて本当に良かった。




