26 宝石
「リリアンヌ様……」
「こんなところで会うなんて奇遇ですわね。ロゼッタに確か、マリナとか言う名の『平民』でしたわね?」
「ええ。まぁ、そうですが……」
相変わらず、嫌みったらしく『平民』部分を強調してくるストロベリーブロンドの公爵令嬢にウンザリしたが、数本の赤ユリを持った公爵令嬢リリアンヌは意外にも上機嫌のようだった。
「うふふ。私、今日はとってもご機嫌なの。そうだわ、さっき摘んだユリの花を貴方たちに差し上げるわ。香りが良くて私のお気に入りなの。貴方たちも、きっと気に入るわ」
「え? ユリですか?」
「そう、私の気持ちよ。ぜひ受け取ってちょうだい。フィオーレ分かってるわね? 客室にお届けして」
「はい。かしこまりました」
ストロベリーブロンドの公爵令嬢は手に持っていた複数の赤ユリを茶髪の侍女に手渡した。公爵令嬢リリアンヌとレナード王子の婚約を祝って植えられたというユリの花。勝手に摘めば咎められるとロゼッタから聞いていた。つまり、この城では貴重な花ということなのだろう。
取り立ててユリの花が欲しいとは思っていなかったが、この状況で断るのも角が立つ。私は赤ユリの花を持って客室に向かう茶髪の侍女を黙って見送った。
「ああそうだ……。せっかくだから、貴方たちに良い物を見せてあげるわ」
「良い物?」
「これよ」
公爵令嬢リリアンヌは満面の笑みを浮かべながら自身の左手を見せてきた。何ごとかと注目すると公爵令嬢の左手には大粒のピジョンブラッド・ルビーがはめ込まれた美しい指輪が燦然と輝いている。
それをロゼッタの眼前で見せつけるようにかざしながら、ストロベリーブロンドの公爵令嬢リリアンヌは真っ赤な唇を三日月の形にして微笑んだ。
「これは、もしかして……」
「そう。婚約指輪よ。レナード王子から頂いたの。王家に伝わる大切な指輪を頂けたのよ。私にとっても似合っているでしょう?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる公爵令嬢リリアンヌに対して、ロゼッタは無表情で頭を下げた。
「はい。おめでとうございます」
「公爵令嬢たる私がこの美しい宝石なら、おまえたちは何の価値もない道ばたの石ころなんだからレナード王子に近寄るなんて分不相応だとわきまえなさい……!」
頭を垂れるロゼッタの耳元で、私とプラチナブロンドの侍女だけに聞こえる大きさの声を発した公爵令嬢は唖然とする私たちには目もくれず、にこやかな微笑みを浮かべながら東屋にいる金髪碧眼の王子に近寄った。
「リリアンヌ……」
「レナード王子、あちらに参りましょう。今日は薄紅色のユリが見頃でしたのよ」
第二王子は公爵令嬢に腕を組まれ、そのままユリが植えてある庭園に行ってしまった。レナード王子は何か言いたげにロゼッタに視線を向けていたが、終始うつむき気味だったプラチナブロンドの侍女がそれに気付くことはなかった。
「マリナ様……。部屋に戻りましょう。そろそろ陽が傾いて参りましたし……」
「そうね」
ロゼッタの言うとおり太陽が地平線に近くなり、オレンジ色に照らされた東屋の影もずいぶんと長くなっている。プラチナブロンドの侍女に促されるまま私は客室へと戻ったが帰る途中、ロゼッタの頭についてる獣耳が力無くうつむき気味だったことから公爵令嬢リリアンヌの態度や言葉によって落ち込んでいるのが分かってしまった。
何か言葉をかけたいが、レナード王子は立場的に公爵令嬢と結婚しないといけないと知った今、どう声をかけたものか……。考えあぐねている内に客室の前にたどりついてしまった。すると、ちょうど茶髪の侍女フィオーレが木扉を開けて客室の中から出てきた。
「リリアンヌ様のお申し付け通り、赤ユリを客室に生けておきましたので……」
「あ、それはどうも」
私が軽く会釈すると茶髪の侍女はそれ以上、何も言わずに立ち去った。先日さんざん嫌味を言われたので何か、皮肉の一つも言われるかと思っていたが全く何もなかったので少し、拍子抜けした。
なんだか妙な感じがするなぁと小首をかしげながら客室に入ると、猫足の三面鏡ドレッサーの天板上に置かれたクリスタルガラスの花ビンに数本の赤ユリが生けられていた。
「マリナ様。外を歩いてノドが乾いたんじゃないですか?」
「そうね……。そういえば」
「私、お茶を入れますね」
「うん。お願い」
プラチナブロンドの侍女は控えの部屋へ入った。客間の隣にある控えの部屋には、いつでもお茶の用意ができるようポットやティーカップ。水差しなどが置かれている。
布張りのソファに座った私は小さく息を吐いた。何とか、この世界で使われている文字は覚えたが対人関係や、その人物が置かれている状況を把握すればするほど私個人では、どうにもならない状況で如何ともしがたい。
ふと客室の片隅に置かれている茶色いダンボール箱が視界に入った。祖父の遺品が入った箱だが、こちらに来てから一度も開けたことはない。開封したところで、中に入っているのは業務用のマスクや手袋。生活する上で特に役立つ物は入っていないのだから仕方ない。
私、個人の存在もあのダンボール箱のように何の役にも立たない物なのかと一人、肩を落とした時だった。客室のドアが外からノックされた。
「はい。どなたでしょう?」
「じゃじゃーん! 俺様でしたー!」
「……間に合ってます」
赤髪の騎士ヴィットリオさんが現れたと視認した瞬間、私はパタンと扉を閉めようとした。しかし、敵もさるもので即座にドアの隙間に足を挟み込み、閉め出されるのを防いだ。
「ちょ、待って! 間に合ってるって何!?」
「てっきり、押し売りの類かと思ったんですが……」
「違う! 違う! 実は今日、ここに来たのは俺の体調が悪いからなんだ!」
「えっ、体調が?」




