23 オイル
「いえ、大したことじゃないんだけど最近、本を触ってると手がカサついちゃって」
ずっと紙に触れているのと空気が乾燥しがちなのか、以前よりも手から潤いが失われている気がして自分の両手をこすれば、ロゼッタは美しい水宝玉色の瞳を軽く見開いた。
「まぁ。それじゃあ、あれを持って来ましょう。少々、お待ち下さいませマリナ様」
「あれ?」
客室の隣にある控えの部屋に行ったプラチナブロンドの侍女は、黄金色の液体が入ったガラスの小瓶を手に戻ってきた。
「お待たせしました。これです。これを少量、手に塗れば保湿できますよ」
「これは何?」
「オリーブオイルです」
「ああ、それなら手に塗っても大丈夫ね。ありがとうロゼッタ」
私は早速、ガラス瓶のフタを開けて少量のオリーブオイルを手の平に落として両手でこすりながら、手全体になじませていく。するとカサついていた手はオリーブオイルによって、しっとりと潤っていった。
「うん。バッチリね」
「お役に立てて良かったですわ」
「でも、オイルを塗った手だとしばらく本を触ることは出来ないわね」
このままオリーブオイルでベタついた手で本に触れれば手に付いた油が本に移り、紙にオイルの染みがついてしまう。そう懸念しているとロゼッタは微笑を浮かべた。
「少し、休憩されては如何でしょうか? マリナ様はずっと勉強をされてますから、たまには息抜きも大切ですよ。今日は天気も良いですし、中庭のバラも見頃だそうです」
「そうなの? じゃあ、ちょっと見に行って息抜きしようかしら」
「私も途中までご一緒いたしますわ」
「途中まで? 折角だから、ロゼッタも中庭へバラを見に行きましょうよ」
このプラチナブロンドの侍女は本当に何かと私を気づかってくれるけれど、あまりにも働き過ぎなんじゃないかと感じる。せっかくだから彼女にも息抜きして欲しいと思って提案してみたのだが、ロゼッタはやんわりと苦笑した。
「私は魔術師の部屋に行ってグラウクス様に、マリナ様が文法まで覚えたことを報告して来ます。あと、女官長の所へも行かないと行けませんので。それが終わったら中庭に行きますわ」
「そう。じゃあ、私もグラウクスさんの所に行こうかな。ちょっと聞きたいこともあるし」
こうして私とプラチナブロンドの侍女は石作りの回廊を歩き、螺旋階段を上がって魔術師の部屋にやって来た。扉をノックして中に入ると黒縁眼鏡の魔術師は何やら執務机の上にある書類を整理していた。
「おやおや、ロゼッタにマリナさんではないですか」
「こんにちはグラウクスさん」
「こちらに足を運んで下さったと言うことは、文字の習得が順調ということですか?」
「はい。あれからロゼッタに教えて貰って、なんとか自力で本が読めるようになりました。まだ完全にという訳ではないですが」
「マリナ様は子供向けの本ならすでに読むことができます。ですから初心者向けの魔法を習得するのは問題ないかと」
プラチナブロンドの侍女が自信を持って、にこやかに述べれば長髪の魔術師は眼鏡の奥で鳶色の瞳を細めた。
「それは素晴らしいですね。さすが『聖女』として召還されただけのことはある」
「グラウクスさん。少し、お伺いしたいんですが」
「何でしょうか? マリナさん」
「聖女ってなんですか? 第一王子は私の働き次第では『妃にする』と言っていましたが『聖女』にはそこまでの価値があるんですか?」




