20 深紅の百合
「え? 調子に乗ってなど……」
公爵令嬢リリアンヌの指摘にロゼッタは困惑の表情を浮かべているが、ストロベリーブロンドの公爵令嬢は目を細める。
「そうかしら? 貴方、いつもレナード殿下に色目を使っているでしょう? 私が気付かないとでも思っていたら大間違いよ!」
「い、色目なんて使った覚えは……」
動揺した様子で視線をさ迷わせて語尾が小さくなったプラチナブロンドの侍女、ロゼッタを見た公爵令嬢リリアンヌは方眉をつり上げた。
「どうかしらね? さっきだって私とレナード殿下が庭園にいるのを見ながら、これみがよしに涙を流していたじゃないの!?」
「あれは……! 目にゴミが入っただけで」
「フン、苦しい言い訳ね。レナード殿下が気付いて下されば、優しく声をかけて頂けるとでも思っていたのでしょう? おあいにくさま! 貴方が泣こうが、わめこうがレナード殿下は私の婚約者なのよ! 貴族の皮をかぶった平民の分際で、ちょろちょろとコバエのようにまとわりついて視界に入るのはやめてちょうだい!」
「そんな……」
ロゼッタは顔色を失い、水宝玉色の瞳からは涙がこぼれそうになっている。そんなプラチナブロンドの侍女を見た公爵令嬢リリアンヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべて、手に持っている赤ユリを私たちに見せつけた。
「ねぇ、この大輪の赤ユリを見てごらんなさい。見事でしょう? 公爵令嬢たる私がこの美しい大輪のユリなら、平民のおまえたちは道ばたの雑草なんだから、身の程もわきまえず王宮にいるなら除草されるべきよね?」
「さすが、リリアンヌ様! おっしゃる通りですわ!」
茶髪の侍女フィオーレが公爵令嬢の言葉に感銘を受けた様子で拍手すると、リリアンヌはストロベリーブロンドの髪を揺らして満足げに頷いた。
「私が王妃になったあかつきには、これみがよしに色目を使うような薄汚い平民は王宮から排除いたしますわ! それが嫌なら、さっさと実家に帰ることね!」
そう言い終わると同時にプラチナブロンドの侍女、ロゼッタの胸元に向かって赤ユリを投げつけた公爵令嬢リリアンヌは豪奢なドレスをひるがえし、ハイヒールの靴音を響かせながら茶髪の侍女と共に客室から出て行った。
二人が立ち去った後、床に落ちた赤ユリを震える手で拾ったロゼッタは、木目細工の床上に落ちた赤ユリの黄色い花粉を白い布巾で拭き取った。しかし、ロゼッタが着ている紺色のドレスは公爵令嬢が赤ユリを投げつけたせいで、黄色い花粉がべったりと付着してしまった。
「ロゼッタ……。あんな人の言うこと、気にすることないわ」
「ありがとうございます。マリナ様……。私、着替えてきます。このままだと汚れが目立ってしまいますので……」




