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2 聖女召喚

「何!?」


 傾いた太陽のおかげで部屋の中は暗い。その為、足下で光を放つ謎の文字群がいっそう強く輝いて見える。よく分からないが、何やら良くない予感がする。とにかく、この光る文字と幾何学模様の中から出るべきだろう。そう思って後ずさりした瞬間、後ろ足がズブリと床に吸い込まれた。


「えっ、ウソ! なんで? 床がどうして!?」


 頭の中に『液状化現象』という単語が浮かんだ。地震で地盤が緩んだ土地が文字通り液状になってしまう現象で、ひとたび人間がハマれば抜け出すのが困難な状況になってしまう厄介な現象だ。


「でも、地震なんて起きてないし、大体ここは室内だから液状化現象なんて起こるはずないのに……!」


 そう言っている間にも両脚がズブズブと床に吸い込まれる。そしてあっという間に腰、胸の位置まで吸い込まれた。そして、そこまで吸い込まれながらようやく気付いた。腕で触れる範囲の地面はしっかりとした固い床で、液状化現象なんか起きていないということに……。しかし、それならば何故じぶんは床に吸い込まれているのか?


 混乱したまま考えている間にも、身体は床に沈んでいく。目の前にダンボール箱があるので手を伸ばしてつかまろうとしたが私が触れた途端、ダンボール箱まで床に沈み始めた。


「そんな……!」


 最早、どこにもつかまることはできない。絶望的な状況でズブズブと身体だけが沈み続ける。そして、あっという間に首まで床に吸い込まれていた。このままでは地中で息が出来ず、窒息して死んでしまうのではないかという恐怖が脳裏によぎる。


「ヒッ! 誰か助け……」


 助けを呼ぶ声を最後まで発することが出来ないまま床に吸い込まれ、私は思わず目を閉じた。何ということだろう。はかない人生だった。


 砂漠に暮らしていて流砂に巻き込まれるというなら、そういう事故もありえると納得できるが現代日本に生まれて生活していながら、室内の床で謎の液状化現象に巻き込まれて死んでしまうなんて夢にも思わなかった。


 それにしても、地面に吸い込まれたというのに意外と苦しくない。呼吸が出来ずに死ぬなんてもっと苦しいものだと思っていたけど、すでに死んでいるから痛みも苦しさも感じないのか……。謎の浮遊感すら感じる。死ぬのってこんなにあっけないのね……。そう重いながら「はぁ」と深く息を吐いた。


「あれ、息が吐けるっておかしいような……。っていうか私、普通に呼吸してる!」


 きつく閉じていた、まぶたを開けると周囲はおびただしい光の洪水とでもいうべき光景だった。あまりにも強すぎる白光の渦に目を開けることができない。


「まぶしいっ!」


「成功か?」


「これは……!?」


 複数の声が聞こえてきたので再び、まぶたを開ければ今度は床に魔方陣らしき円や幾何学模様が描かれている石造りの部屋の中にいた。壁に設置されている金属製の燭台や、天井からつり下げられたアンティークっぽいシャンデリアには火がついた複数のロウソクが立っている。


 なぜロウソク? わざわざ本物のロウソクを使うなんて火事や事故の危険が高くなるから、普通はデザイン的にロウソクっぽい照明の電気製品を使うもんじゃないの?


 そんな疑問を感じながら、ポカンと口を開けながら呆然としながら周りにいる人たちを見て、もっと驚いた。中世の王侯貴族や騎士のような格好をした男性が複数人、目の前に駆け寄ってきたからだ。驚いたこと騎士の格好をしている銀髪や赤髪の男性には、髪と同じ色の獣耳が生えている。


 そして男性達の中で一番、豪奢な格好をしていた赤いマントが印象的なダークブロンドの若い男性が手に持っていた本が強い光を放っていたが徐々に輝きが消えていき分厚く、古びた本は完全に輝きを失った。


「どういう事だ? なぜ、この者は『黒髪』なのだ!? 聖女は『金髪』なのだろう?」


「これまで召喚された聖女はほとんどが金髪。まれに銀髪というケースもあったそうですが……」


 いかにも高そうな宝飾品や貴族服を身に纏った赤いマントの男が眉間にシワを寄せれば、銀縁眼鏡の長髪男性が思案顔で答えた。


「では『聖女召喚』は失敗なのか!?」


「いえ、前例は無いですが『黒髪の聖女』なのでしょう」


 指でクイと黒縁眼鏡を上げた男性の言葉を受けて、いかにも偉そうな態度のダークブロンド男は濃いオレンジシトリン色の瞳で私を見すえた。驚いたことに男性の瞳は獣のように瞳孔が縦に細長い。まるで獣のような目だ。


「黒髪の聖女か……」


「あの、ここは一体……? 私はさっきまで祖父の診療所にいたんですが?」


 そう私は何故か床に飲み込まれた筈なのに、次の瞬間にはこの石造りの部屋にいたのだ。この人たちはどうやら事情を知ってるらしいので尋ねれば、ダークブロンドの男性は冷ややかに私を見る。


「おまえはこの国の第一王子である俺が、たった今『聖女召喚』の儀式で異世界から召喚したのだ」


「は? 意味が分からないんですけど?」


 困惑しながら首をかしげれば、ダークブロンドの男性は鷹揚に頷いた。


「分かりやすく説明してやろう。我が金狼国では第一王子である俺、ディルクと第二王子である弟レナードで王位継承争いが起こっている。この国では初代国王が異世界から召喚した『聖女』と結婚して作った国だ。異世界の聖女は魔力が高いのだろう? おまえが使う魔法での活躍次第では、次期国王となる俺の妃にしてやる。どうだ悪い話ではないだろう?」

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