04 こんなことまで出来ちゃうの?
あれから数日が経った。
いまのわたしはちゃんとしたひとの姿である。
竜になって大猪を撃退したわたしは、自分の変わり果てた姿に気を失った。
ああ……。
異世界に迷い込んだばかりでなく、人間までやめちゃったんだ、わたし……。
そう思うとふっと意識が遠くなったのだ。
目覚めたとき、自分の体が見慣れたいつもの人間の姿に戻っていることに気付いて、心底ほっとした。
……まぁ、素っ裸だったけどね。
ちなみにいまは、素肌にビジネス用のトレンチコートを着込んでいる。
完全痴女仕様である。
とはいえ全裸で森を彷徨うよりは遥かにマシだ。
コートが無事で本当に良かった。
ところでわたしはここしばらく、自分の能力の検証を行っていた。
どうやらわたしは竜に変身できるらしい。
ほんとどうかしてると思うけど、実際に変身できるんだから仕方がない。
変身した私は分厚い竜鱗に覆われた白竜だった。
シルエットは西洋型のドラゴンだ。
基本四足歩行なのだけれども、二本の後ろ足で立ち上がることも出来る。
立ったときの体高は15メートルほど。
とても大きい。
指には強靭な鉤爪が備わっていて、お尻には太い尻尾。
背中には見事な竜翼が生えている。
(なんだか喉が、むずむずするなぁ)
そう思ってくしゃみをしたらブレスが放たれた。
ちゅどーんと遠くに着弾したわたしのくしゃみは、森の一部を消失させた。
(はわぁ!? あわ……。あわわわ……)
取り敢えずそれは見なかったことにした。
「ぐるぉ……(これが、わたしなんだよねえ……)」
沢から続く水溜まりに白竜の姿を映し出して、独りごちる。
数日経ってようやくわたしも、現実が受け入れられるようになってきた。
認めてしまえばあとは早い。
なんだか竜化した自分の姿が、神々しくすら感じられる。
だって純白の白竜だよ?
鱗だって陽の光をきらきらと反射して綺麗だし、第一、意識すれば人間の姿に戻れるのだ。
あんな巨大猪みたいな怪物が棲まうこの森で生き抜くには、むしろこの力はありがたかった。
竜になったわたしの力は凄かった。
鉤爪は軽くひと振りするだけで、大きな岩を熱したバターみたいに引き裂く。
大木だって根っこから引っこ抜けるくらいの力持ちで、空だって飛べた。
「ぐるぅ……(ちょっと飛んでみようかな……)」
翼を羽ばたかせる。
重量のくびきから解放されたように、わたしの巨体がふわりと浮かび上がった。
気付けばあっという間に大空だ。
めちゃくちゃ速い。
ぐんぐんと上昇加速していると、雲の上まで飛べてしまう。
雲を突き抜けると視界がぱぁっと開けた。
「……ぐらぁ!(……うわぁ!)」
眼下に見下ろす雲海が壮大で、言葉もでない。
照り付ける太陽があたり一面を輝かせる。
異世界に迷い込んで、踏んだり蹴ったりだけれども、この光景を見られたことだけはラッキーだったかも。
また数日が経過した。
ところで最近わたしは、部分的に竜化できることに気付いていた。
腕だけ鉤爪を備えた竜の腕に変えたり、翼だけ生やして空を飛ぶことだってできる。
それにひとの姿のまま火だって吹けるのだ。
百円ライターいらずの便利な力である。
「ふんふんふ、ふーん」
今日も快晴。
風もなくお空は爽快だ。
真っ裸にコートを着込んだ20代後半女のわたしは、鼻歌まじりに大空を飛び回る。
少し前を大きな鳥が飛んでいた。
「ふんふーん。……あ。鳥さんこんにちわー! ナイスバード!」
いきなり声をかけられた鳥は、空を舞うわたしの姿を見て、ぎょっとした。
バタバタと翼を揺らして逃げていく。
「んもう! 失礼な鳥さんねー!」
大空を飛ぶ仲間としての礼儀がなってないと思う。
気を取り直して優雅に空を舞う。
上空から森を見下ろした。
この辺りはもう、森林も随分と浅くなっている。
進行方向に視線を移すと、なにかが見えてきた。
「あれ……。なにかしら、あれは?」
遥か先に豆粒のように見えるあれ。
まだ結構距離がある。
「ドラゴンアーイ!」
瞳を竜化した。
瞳孔が縦長に開いて視界の映りかたが変わる。
まるで望遠レンズを覗いているみたい。
「あ、あれは……もしかして、人間!?」
遠くに映った豆粒。
それは人間の暮らす村だった。
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