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異世界で竜になりまして  作者: 猫正宗
第三章 解放国家オイネ
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sideシメイ06 シメイの日常

「……メイ。……シメイってば」


 気がつくとキルケニーのやつが、不満顔で俺を眺めていた。

 どうやら俺は上の空だったらしい。


「あ、ああ、悪い。どうした?」

「……珍しいじゃないか。君が食事中に、そんな風に(ほう)けるなんて」

「……すまんな。少し考え事をしていた」

「ふーん。考え事ねぇ」


 時刻は正午過ぎ。

 俺はくされ縁の友人であるキルケニーと一緒に、騎士寄宿舎の食堂で昼食を摂っていた。


「いったい、なにを考えていたんだい?」


 彼は面白くなさそうに、フォークで腸詰肉を突いている。

 尋ねられて思い出した。

 想いを馳せていたのは、アサヒについてだ。


 彼女は今頃、どうしているだろうか。

 元気にしているだろうか。


 あの森を離れて王都に帰還し、まだそれほど経ってもいないというのに、最近そんなことをよく考える。


「ほらまた。いったいどうしたんだい、シメイ?」

「……お前に言う必要はない」


 こいつのことだ。

 詳しく話したところで揶揄(からか)われるだけだろう。

 ひと言で切って捨て、食事を再開する。

 するとキルケニーのやつは、これ見よがしに深くため息をついてみせた。


「噂なんてアテにならないものだね……まったく。やっぱり、いつものシメイじゃないか」

「……噂? なんの話だ?」

「騎士たちが噂してるんだよ。『シメイ団長は戻ってきてからというもの、少し柔らかくなった』ってね」


 ふむ。

 そんなことを噂されているのか。

 自分では取り立てて自覚はないが……。


 視線をあげるとキルケニーと目があった。

 なにが楽しいのか、こいつはニヤニヤとしている。


「……なんだ、その顔は?」

「ねえ、シメイ。もしかして君……」


 彼がわざとらしく言葉を区切った。

 なにを言うつもりだ?

 といってもどうせまた、ろくなことではないのだろうが。


「……想い人とか、出来ちゃった?」

「――ッ!?」


 思わず言葉に詰まる。

 なぜわかったのだろう。


「……へ、へえ、その反応……」


 目の前で銀髪の優男が、目をぱちくりさせている。

 こいつのこんな顔は珍しい。


「もしかして当たりだったんだ!? 自分で言っておいてなんだけど、これは意外だなぁ……」

「……うるさい。黙って食事にしろ」

「あはは。君がぼうっとしている間に、僕はもう食べちゃったよ」


 たしかに彼の食器は空になっていた。

 こいつが俺より早く食べ終えるとは、珍しいこともあるものだ。


(……いや違うな。俺が遅いだけか)


 俺もさっさと食べてしまおう。

 食事を再開した。


「ねえ、どんな相手なんだい? 行方知れずだった間に出会ったんだろう? ねえ――」


 面倒臭いやつだ。

 溜め息をついて答えない俺を、キルケニーは一向に気にした様子がない。

 愉快げに俺を眺めながら、いつまでもなにかを話し掛けてきていた。




 昼下がり。

 食事を終えた俺は、訓練所で剣を振っていた。


「……ふっ! ……せぃ!」


 振るった剣の軌跡が、流麗な弧を描きだす。

 いつになく調子が良い。

 森から戻ってきてからというもの、どうにも俺の剣は、心なしか鋭さを増しているような気がする。


 普通であれば、怪我からの復帰後しばらくは、どうしても剣は鈍る。

 だが、これは一体どうしたことだろうか。

 調子がよいのはいい事なのだが、不可思議な現象に思わず首を捻ってしまった。




 訓練もひと段落し、俺は執務室で事務仕事を行なっていた。

 しばらく行方知れずとなっていたのだ。

 この類いの仕事は山と積まれてしまっている。


「……ふぅ。やはり事務作業は好かんな」


 書類に目を通し、認可のサインを書いていく。

 だがどうにも、こういう作業は肩が凝る。

 個人的には体を動かしている方が断然楽だ。


 小さな文字の詰まった書類は、どうしても目が滑ってしまう。

 注意して読まないと、内容が頭に入ってこない。

 平たく言えば、集中力がいるのだ。

 とはいえ団長として、流し読みする訳にもいかず、疲れてしまうのである。


「……アサヒは今頃、どうしているだろうか……」


 ふと気付けば、また彼女のことを考えていた。

 こんなことではいかん。

 仕事に集中しなければ……。


 ――トントントン


 気を取り直して執務に掛かったところで、ドアがノックされた。

 誰だろう。

 返事をして入室を促す。


「……失礼する」

「これは、ローデンバッハ伯。ようこそおいで下さいました」


 姿を見せたのは、白髪混じりの初老の聖騎士。

 聖銀騎士団団長、ローデンバッハ伯爵だった。


 普段の伯は、対魔国最前線の城塞都市に詰めていらっしゃるのに、どうされたのだろうか。


「王都にいらしていたのですね」

「少し用があってな。それより無事で良かった……」


 伯は、行方がわからなくなっていた俺のことを、心配してくれていたのだそうだ。

 優しい心遣いに感謝する。


「そういえば、先のそなたの訓練、通り掛かりに眺めていたのだが……」

「ああ、見られていましたか」

「うむ。迷いのない綺麗な太刀筋であった。……どうやら、肩の力は抜けたようじゃの?」


 言われてようやく気が付いた。

 なぜここのところ、あんなに剣の調子が良いのか。


 不思議に思っていたが……そうか。

 今までの俺の太刀筋は、力任せで乱暴だったのだ。


「なんでも行方知れずとなっていた間は、魔の森に身を潜めていたそうじゃが。……そこで、なにかあったか?」

「……はい。……良い、出会いがありました」


 ローデンバッハ伯がフッと笑った。

 悪戯っぽい表情だ。

 伯でもこんな顔を見せるのだな、と意外に思う。


「……おなごか?」

「…………ええ」


 ニヤリと彼に微笑み返す。

 以前までの俺であれば、口を噤んでいるところだ。

 だがなんとなく、こう返したくなったのだ。


 自分でも肩の力が抜けたことを実感する。

 伯は俺の態度に、虚を突かれたように目を丸くしている。


「カカ……。そうか、そうか! カッカッカ……!」


 執務室に楽しげな笑い声が響く。

 それにつられて、俺も愉快な気持ちになった。


1日2回更新中です。

次は18時頃の投稿になります。

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